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冬のことを思えば信じられないほど長くなった陽がそれでも少しばかり傾いた頃、仕事を終えたウーヴェはキャレラホワイトの愛車から降り立ち、目の前に広がる光景に呆然と立ちつくす。
どうしてもクリニックを訪れる勇気が持てない患者を安心させるために郊外の邸宅に出向いたのだが、その帰路の今、デートの待ち合わせをしている恋人の顔すら脳裏から消え去るような光景に一瞬にして目を奪われ、蹌踉けるように愛車に寄り掛かる。
彼の目の前では黄色の絨毯を敷き詰めたように、大輪の向日葵が畑一面に咲いていたのだ。
おそらく商売用の向日葵だとは思うが、その咲きっぷりの見事さに圧倒されて言葉を無くした彼は、車に寄り掛かりながらただ呆然と目の前の光景に見惚れてしまう。
ウーヴェのクリニックがあるのは街の中心部で、観光客が多数訪れる観光地であり地元の人達も日々の暮らしで利用する店もあり、人通りはかなり多い地域だった。
それ故、なるべく人目に付きたくないと言う患者にはクリニックが入居しているアパートの裏から入ることができる地下駐車場からエレベーターを使って上がってくれと伝えているが、中にはそれすら出来ない人達もいた。
そんな患者のために家にまで出向く事のあるウーヴェは、本日最後の患者の診察を終えた帰り道を少し走った所で車を停めて携帯をチェックし、クリニックの事務全般を取り仕切ってくれるオルガからのメールと着信の処理をし終えた時、彼の携帯でただ一人を示す映画音楽が軽快に鳴り響いた。
恋人曰く、日頃の行いの良い自分のお陰で早く仕事が終わったから今日は美味いものを食って家でのんびりしようと言い切られ、今はまだ出先でこれから帰って少しだけ仕事をしなければならないと告げると盛大な不満の声を聞かされるが、頼むから待っていてくれとの言葉とキスを一緒に伝えると、小さいながらも明るい声が待っていると返してくれ、先程の態度は本心ではなくちょっと戯けただけだと教えられて内心安堵の溜息を吐いたのだ。
その電話を受けてから慌てる訳ではないが、それでもやはり気持ちが急いてしまうのを抑えられずに愛車の性能をフル活用出来るアウトバーンを走っていた時、斜め前方に見えた黄色い絨毯が気になってアウトバーンを降り、絨毯の麓までやって来た。
そして、今、彼の目の前では今が盛りと言わんばかりに大輪の向日葵がそよ風に揺れているのだ。
目の前の光景にただ呆然としていた彼は、少し離れた場所から呼ばれた気がして顔を向け、両手に抱えきれないほどの向日葵を持った青年が見つめている事に気付いて軽く目礼する。
「・・・ここはあなたの畑ですか?」
立ちつくす青年に目元を和らげながら問いかけたウーヴェは、ぶっきらぼうにそうだがあんたは誰だと問われ、その口調にただ驚いて眼鏡の下の双眸を丸くする。
「失礼しました。私はバルツァーと言います。アウトバーンからここが見えたので、少し気になって立ち寄らせて貰いました」
初対面の人や患者に対して悪印象を絶対に残さない、そんな決まり事を持つ彼の穏やかな声に青年も何かを感じ取ったのか、確かにここは自分の畑で今一段落付いた所だと、これまたぶっきらぼうに言われて今度は別の意味で目を丸くする。
「こんな時間までと言っては失礼かも知れませんが・・・今は収穫の最盛期ですか?」
「そうだな」
「忙しいところを申し訳ありません」
青年の衣服のあちらこちらには泥だの花粉だのが付いていて、彼の仕事の忙しさを表していたため、邪魔をしてしまって申し訳ないと軽く頭を下げると、両手に持った向日葵を足下に置いた青年が首を左右に振る。
「今日はもう終わりだから構わない。向日葵畑が珍しいか?」
「そうですね・・・こんなにも沢山の向日葵を見たのは初めてです」
こんなにも沢山の向日葵を見ていると、いずれバルコニーの一角に向日葵を植えてみたくなると苦笑すると、その時初めて青年の顔に小さいながらも笑みが浮かび上がる。
「随分と向日葵が好きみたいだな」
「そう・・・・・・ですね」
二人肩を並べてゆっくりと暮れゆく空の下、咲き誇る大輪の向日葵畑を見ているが、青年の表情は僅かに弛んだ程度で相変わらずぶっきらぼうな口調には変化はなく、ウーヴェもそれを気にするでもなくただ静かに目の前に広がる一面の黄色の絨毯を見つめている。
何故こんなにも向日葵という花に惹かれるのかをぼんやりと思案しだした時、不意に耳の奥に先程電話越しに聞いた明るい声が甦る。
くすんだ金髪を伸ばし、いつも首筋の後ろで一纏めにしているが、ファッションと言うよりは無精の結果髪が伸びたと言う方が相応しく感じたウーヴェが控え目に髪を切ればどうだと提案する事もあるのだが、面倒くさいの一言で片付けられてしまう事が多々あった。
そんな声が甦ると同時に、恋人の人となりを表現するのに最も的確かつ簡潔なものは何だと問われると、十人中十人がこれだと答えるだろう、子供のような満面の笑みが思い出される。
何度か聞いた話によれば本人曰く幼い頃は全く笑わない子供だったそうだが、小学校に入ると同時に笑顔を覚えて所謂彼なりの処世術を会得したらしい。
今ではすっかり笑顔が板に付いてしまい、それ以外の表情を浮かべていると熱でもあるのか腹でも痛いのか、はたまた真夏に雪が降るんじゃないのかと周囲から妙な心配をされてしまうようになってしまったらしい。
俺もたまには真面目な顔ぐらいするってぇのと、口を尖らせて頬を膨らませる恋人の顔や声を想像してしまってつい吹き出してしまうと、隣の青年がちらりと視線を投げ掛けてきたことに気付いて僅かに目元を赤らめて咳払いをする。
「・・・あんたの恋人は向日葵が好きなのか?」
「え?」
唐突な問いかけに咄嗟に反応できなかったウーヴェは、失礼と相手の横顔を見つめれば、あんたが向日葵を好きなのか、それとも恋人か家族か誰かが向日葵を好きなのかと遠くを見ているような声で問われ、同じく視線を向日葵の上に投げ掛ける。
「向日葵を見ているとつい思い出してしまいます」
周囲からは向日葵のような人だとか、この大輪の花が相応しいと言われるような恋人ではないが、何故だか彼同様にこの花から目が離せなくなってしまう。
ゆっくりと日が暮れてゆく青とオレンジが混ざり始めた、何とも表現しがたいほど美しい空を見つめて目を細め、花を見ているのに何故か思い浮かぶ恋人の笑顔につい唇の両端を持ち上げる。
「そうか」
「ええ。何故なのかは分からないのですが」
自分でも何故そう思うのか理解できないと肩を竦め、視界の半分を黄色に、上半分をオレンジの混ざった青で占めていると、ポケットから映画音楽が流れ出す。
「─────Ja」
『オーヴェ、まだ仕事か?』
「ああ、いや・・・どうした?」
まさかいつかのように今夜のデートをキャンセルするつもりかと、多少の意地悪を込めて囁けば、明らかに拗ねている事を示すブーイングが返ってくる。
『んなことねぇっての!』
「冗談だ。・・・後30分ほどで帰れると思うがどうしたんだ?」
『リアに今日は往診に行ったって聞いたからさぁ。もう戻ったかなーって』
「クリニックにいるのか?」
『うん』
素直な言葉に悪かったと返事をし、ちらりと隣の気配を窺えばこちらのことなど気にしていない空気が伝わってくる。
内心で安堵の溜息を吐きつつ会話を続けていると、クリニックで待っていて良いかと問われて苦笑する。
少しでも早く会いたいと思っていることが伝わってくる口調に目を細め、なるべく早く帰るから待っていてくれとも告げると小さなキスが返ってくる。
『30分な。それ以上遅れたら・・・』
「何だ?」
『そうだな。5分遅れるごとにキス一つで手を打とうか、うん』
「・・・じゃあ30分かからなければどうする?」
『その時は頑張りましたでしょうのキスってのはどうだ?』
どうあってもキスが欲しい事を伝えてくる恋人にただ苦笑し、なるべく30分で帰ると告げると、少しぐらい遅くなっても問題ないと魂胆が見え隠れする言葉を告げて通話が終わる。
「あんたの恋人はなかなか我が儘みたいだな」
「・・・そうですね」
通話を終えた携帯をポケットに戻して気恥ずかしさを目元に浮かべると、会話から何かを察した青年が微苦笑混じりに問いかけてくるが、曖昧に返事をすると青年が少しだけ待っていてくれと言い残して離れた場所にある小屋に向かって歩き出してしまう。
待っていろと言われたために動くことが出来なかったウーヴェだが、先程は30分ちょうどで戻ってやると恋人に告げたが、実際は30分を過ぎようが早かろうがどちらでも良いと思っていた。
言葉に出すことも表情に出すこともないが、恋人とのキスは彼もまた好きで望んでいるものだったのだ。
5分遅れるごとにキスを一つと宣言されたが、自身も恋人と一つでも多くキスがしたいと心も身体も望んでいる事を良く理解しており、それを口実にゆっくりと帰っても良いとさえ思っていたが、クリニックに戻って少しだけ仕事をしなければならない事を思い出し、珍しく舌打ちをして残念さを表現してしまう。
「・・・待たせて悪かった」
「いえ、お気になさらずに」
戻ってきた青年は先程は抱えきれないほどの向日葵を両手に持っていたが、今度は一抱えほどの向日葵を無造作に新聞で包み、作業用の紐で縛っただけの花束を抱えていた。
「─────これを持って帰ってくれ」
「え?」
「あんたの恋人が向日葵を好きかどうかは分からないが・・・」
花を見て嫌な顔をする人間はそういないだろうと、口調だけはぶっきらぼうに、だが目元に柔らかさを増しながら差し出され、断ることも出来ずに受け取ると、初めて青年の顔に笑みが浮かび上がる。
「あんたは向日葵が似合うな」
「え?」
生まれて初めて向日葵が似合うと言われた戸惑いを表情に出してしまうと、似合うと言うよりは相応しいとも言われて更に戸惑ってしまう。
今までその様な事を言われたことがなく、自分ではなく恋人に進呈したい言葉だと苦笑すれば、青年がゆっくりと首を左右に振る。
「あんたにはこれぐらいの明るい花が良い」
本当に似合う、またはあんたを連想させるような花はもっと他にあるだろうが、あんたが最も引き立つものはこの花だろうと自信に満ちた顔で青年が告げ、眼鏡の下の双眸を大きく見開いてしまう。
いつも笑顔と陽気さで周囲を明るくする、まるで太陽のような存在の恋人と、どちらかと言えば表だった行動はあまり好きではなく、穏やかな静かな時間が好きな自分は、趣味や趣向で言えば正反対だった。
その違いから小さな衝突を繰り返したりするが、それでも今二人で傍にいて笑い合うことが出来ている。
二人で笑いあえる、それがどれ程大切で愛しい事なのか、幾度か経験した危機で改めて感じていたが、偶然立ち寄った先で知り合った人にも認めて貰えたようでじわりと胸の奥が暖かくなってくる。
「ありがとうございます。この向日葵の種をバルコニーに植えます」
もし上手く花が咲いたら写真を送りますと、青年が差し出してくれた花束を抱え直して顔を寄せて笑みを浮かべれば、青年が僅かに目を瞠るが、照れくさそうな顔で小さく頷かれる。
「ああ、そうだ」
「何だ?」
「私は市内でクリニックを経営する医者です」
本来ならば不必要でしょうが、もし何かの時にはこちらに連絡を下さいと、仕事でのやり取り以外では滅多に相手に渡さない名刺を青年に差し出すと、肩書きと氏名、クリニックの連絡先が書かれたそれを矯めつ眇めつするが、素っ気なく頷いて作業着のポケットにそっと仕舞う。
「医者だったんだな、あんた」
「ええ。今日は往診に行った帰りです」
向日葵のお礼ではないが、何かあれば連絡を下さいともう一度告げて一礼する。
「花をありがとうございます。あいつもきっと喜びます」
「そうか」
あいつが誰を示しているのかを察した青年が素っ気ないながらもしっかりと頷き、嬉しそうに目を細めるウーヴェにあんたの恋人に宜しく伝えてくれと残すと、足下に置いてあった荷物などを抱え上げて背中を向ける。
「今度は一緒にお邪魔します」
「・・・ああ」
いただいた向日葵にも負けない明るい笑顔を持つ恋人と一緒に来ますと告げ、短い返事を貰った時に漸く気付いて立ち去ろうとする背中を呼び止める。
「私はウーヴェ・F・バルツァーと言います。今更ですが、あなたは?」
「まだ言ってなかったな。俺はハーロルト・シュナーベルだ」
「ヘル・シュナーベル」
この花の種が根付き、再びきれいに咲き誇った暁にはぜひ写真で良いので見て欲しいと告げると、青年が短く刈った髪をがりがりと掻きむしりながら顔を背け、思わず目を丸くしてしまう。
「ヘル・シュナーベル?」
「ヘルなんて言われると尻がムズムズする。ハーロルトで良い」
全くの初対面からファーストネームで呼んでくれと言われて絶句すると、俺はあんたに対して丁寧な話し方はしていないと肩を竦められる。
「ありがとう、ハーロルト。近いうちに必ずあいつと一緒に来る」
「ああ。気を付けて帰れ」
「ありがとう」
向日葵を両手に抱えて止めてあった愛車の傍に戻ると、助手席にそっと花束を置いて窓ではなく幌を全開にする。
オレンジ色が一際強くなるが濃紺が取って代わろうとしてきた空を見上げ、名残惜しそうに黄色の絨毯を見つめた後、愛車のエンジンを掛けてメガネの代わりにサングラスを掛ける。
「じゃあな」
静かに車を出発させたウーヴェに青年、ハーロルトが手を挙げて声を掛けた為にバックミラーでその姿を確認し、短くクラクションを鳴らして返事の代わりにすると、ハーロルトの向日葵畑からアウトバーンへと進み、真っ先にこの花束を見せたい恋人の元へ安全に気を配りつつ最大速度で愛車を走らせるのだった。
クリニックの駐車場に愛車で滑り込んだ時、恋人と約束していた時間を既に20分以上オーバーしていた。
慌てることなく荷物を持ってエレベーターに乗り込んでフロアに上がると、いつもはきちんと閉まっているはずの重厚な両開きのドアが細く開いていて、中で待ち詫びている人物がいることを教えてくれる。
その光景にくすりと笑みを零した後、咳払いをして何食わぬ顔でドアを開けると、予想に違わず本棚の前のカウチソファで顔の上に雑誌を載せて眠っている恋人を発見する。
「リオン」
待たせて悪かったと謝罪しつつ荷物をオルガのデスクに置き、カウチソファの背もたれから覗き込むように身を乗り出すと、雑誌がするするとずれて拗ねたような蒼い目が上目遣いに見つめてくる。
「・・・・・・29分遅刻」
「悪かった」
「後1分遅ければ一回多くキスが出来たのになー」
残念だと、拗ねている理由が帰ってくるのが遅かったからではなく、一回分のキスを逃してしまったことだと証明したリオンに苦笑し、軽く顔を寄せると意図を察した恋人が肘を突いて上体を起こしてくれる。
「ダンケ」
小さな礼を言った後、不満に尖っていた唇にそっと口付けると、満足そうな吐息がこぼれ落ちるが、白っぽい髪に手を差し入れられて顔を引き寄せられてしまい、逆らわないことを示す様に目を閉じると、そっと上がったもう一つの手が眼鏡を奪い取る。
「────ん・・・」
「オーヴェ・・・もっと」
もう一度重なった唇が離れたのを感じて瞼を上げると、蒼い眼に情と欲と多少の意地悪を浮かべた恋人が睨むように見つめてきた為にどきりと鼓動を跳ね上げる。
「罰ゲーム分か?」
「それも良いけど・・・・・・」
ゲームなんてそっちのけでお前の本気のキスが欲しいと囁かれ、何をするのか楽しみだというように目を細めるリオンに笑みを見せ、カウチを回り込んでその場に膝を着く。
己の動きに合わせて視線で追ってくるリオンに目を細め、そっと顔を寄せると期待に胸を膨らませる子供のような顔で目を閉じられ、そんな表情すら愛おしくなるが、不意にハーロルトの言葉が脳裏を過ぎる。
自分には向日葵のような明るい花が良いと頷いた彼だが、ウーヴェの脳内では向日葵は今目を閉じている恋人を象徴する花だったのだ。
その花が自分には相応しいと言われた事は、今こうしているリオンとのこれからをも認められたような錯覚を抱きそうになり、小さく苦笑する事でその言葉を脳裏から胸の奥深くへと移動させる。
「・・・・・・オーヴェ」
「ああ」
片目を開けて早くと素直に強請る恋人が可愛くて、悪かったと謝罪の気持ちを込めて鼻の頭にキスをすると、リオンが望みまた自分自身も望んでいるキスをする為に唇をそっと重ねれば、持ち上がった腕が首筋の後ろで交差して軽く引き寄せられる。
「・・・・・・ん・・・、・・・っ」
「────っは・・・」
長く甘いキスを交わした後銀の糸を引いて唇を離すが、どちらからともなく再度唇を重ね、まるで貪るようにキスをする。
息が上がりそうな頃に離れた二人だったが、リオンの顔の横にしっかりと手をついて己の身体を支えたウーヴェは、二人の唾液で濡れた唇をゆっくりと舐めた後、同じようにリオンのそれも舐め、驚く蒼い眼に満足げに目を細めてリオンの身体を引き起こす。
「満足したか?」
「最高」
「そうか」
引き起こすと同時にハグされて背中をぽんと叩き、一先ずは満足したのならばあと少しだけ待っていてくれと申し出る。
「オーヴェ?」
「明日の診察の確認をしたい」
だからあと少しだけ待っていて欲しい事を再度告げ、リオンが了解の合図に手を離して束縛から解き放つ。
「ダンケ、リーオ」
「オーヴェの家で晩飯食いたい」
「家で良いのか?」
お前の好きな店に行っても良いぞと、診察室のドアを開けながら振り返ったウーヴェは、再度カウチソファに寝転がり、さっきは顔に載せていた雑誌を読み出したリオンの言葉に目を丸くする。
「オーヴェの料理が食いたい」
「分かった」
適当なものになるが何とかしようと頷き、なるべく早くしてくれないと仕事中のオーヴェを襲っちゃうぞーと返されて絶句し、いつになく素早く仕事に取りかかり、あっという間に終えてしまうのだった。
望み通りにウーヴェの手料理を彼の自宅で心ゆくまで満喫したリオンは、車に積んでいた花束に気付いていたが、特に自らそれについて口を挟むことはなく、ウーヴェの言葉を待つように沈黙していた。
それに気付いたウーヴェがバケツに入れた花束から何本か向日葵を抜き取ってリオンの手に預け、自らは風呂上がりに取っておいたビールを飲む。
「オーヴェ?」
「・・・・・・この花を見ていた時、お前を思い出した」
訝るリオンの横に座りながらクリニックに戻る前に見つけた、誇らしげに咲く大輪の向日葵とコントラストが美しかった青とオレンジの空の話をすると、残念ながら俺は花というガラじゃないと肩を竦められるが、ウーヴェの視界の片隅で一本の向日葵の花が根元の茎を少しだけ残して些か乱暴にちぎられたかと思うと、白とも銀ともつかない髪に差し込まれて目を瞠る。
「うん。オーヴェの方が似合うな」
初めて出逢ったときはバラか何かが似合うと思っていたが、こうしてみれば向日葵も決して悪くない。
己の発見が余程嬉しかったのか、ウーヴェに抱きつくように腕を回してくすくす笑うリオンに呆然としているが、そんなに似合うのかと問い掛けてその通りと断言されてしまえば何も言い返す気力も無くなってしまう。
「オーヴェはさ、色が白に近いだろ?だからどんな色でも似合うんだよ」
どのような色でも似合うのならば、自分の持つカラーに似通っている向日葵が似合って欲しい。
恋する男の本音を混ぜ込んだ言葉に開きかけた口を閉ざしたウーヴェは、初対面のハーロルトにも似たようなことを言われたが、その時に感じた嬉しさがちっぽけに思える様な、胸の奥底から一気に身体を温めるような言葉をそっと閉じ込め、抱きついてくるリオンの背中に腕を回してしっかりと抱きしめる。
「オーヴェ?」
「リーオ。────俺の太陽」
この花のように真っ直ぐに空を見上げ、何があろうとも頭を垂れることのない、いつもいつまでも輝いている太陽と耳に口を寄せて囁けば、腕の中の大きな身体がふるりと震えてついくすりと笑みを零してしまう。
「な、オーヴェ」
「何だ?」
「太陽は好きか?」
問われた意味の本心を理解出来ないウーヴェではない為に小さく笑みを浮かべると、じっと見つめてくる愛してやまない蒼い眼を見つめながら頬を両手で挟んで額に口付ける。
「無ければどうなるだろうなぁ?」
「・・・・・・そっか」
「ああ」
婉曲的に事実を告げながらもしっかりとその目で本心のみを伝えたウーヴェの前、もう一度リオンが身体を震わせたかと思うと、壊れ物を扱うような手つきで背中に腕を回してくる。
「オーヴェ、大好きだ」
「ああ」
リオンの告白に小さく頷いたウーヴェが髪に挿していた花を取ろうとするが、今日は自然に落ちるまでこれを付けている事と言われ、さすがに二人きりの家でもこれは恥ずかしいと目元を赤くする。
「似合ってるから平気だって」
「俺は平気じゃない」
口ではイヤだと言いながらも本当にイヤならばあっという間に外せるそれを取らずにいるウーヴェにリオンが内心笑みを浮かべ、ふいと顔を背けられて頬にキスをする。
そのキスからも頭に挿した花からも逃れずに受け止めたウーヴェは、片手を挙げてリオンの頭を抱き寄せてこの後の濃密な時間を楽しみにしている事を秘かに告げると、一瞬の後に鼻息荒く立ち上がったリオンにきょとんとしてしまうが、次いでくすくすと笑い、頬を膨らませかける恋人に早くシャワーを浴びてこいと苦笑するのだった。
今日は付けていろと言われた向日葵の花は、ベッドに縺れながら寝転がり、ウーヴェの最高級のシルクのパジャマをリオンが脱がしたとき、その振動で髪から外れて床の上で纏まっているパジャマの上にパサリと落ちる。
落ちたそれを気遣う余裕などウーヴェには無く、ただ与え合い満たし合う快感に熱の籠もった甘い声を挙げる事しか出来なかった。
そして訪れた白熱の瞬間、目の前の広い肩に咄嗟に手を伸ばしてしがみつき、息を詰めてその瞬間をやり過ごしたウーヴェは、ほぼ同時にぐったりともたれ掛かってくるリオンの身体をしっかりと受け止め、二人荒い呼吸を繰り返しながら互いの背中に手を宛がい、汗ばむ身体を抱きしめ合うのだった。
そんな二人のすぐ傍の床には、脱ぎ捨てたウーヴェのパジャマと、その上で大輪の花を咲かせる向日葵が、サイドテーブルの照明を微かに受けているのだった。