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ひとまず食材の買い出しへ向かおうと二人で玄関までやって来ると、突然鍵が開いてドアが開く。
「あら?」
入って来たのはグレーのパンツスーツスタイルに、長めの茶色い髪を右サイドで一つに束ねた小柄で細身な女の人。
そんな彼女は私と由季くんを交互に見ていると、
「雫さん」
「由季くん。それじゃあ、こちらが今回の依頼人の璃々子さんね?」
由季くんと女の人が互いの名前を呼び合った事で、この女性が啓介さんの奥さんの『雫さん』である事を知る。
「貴方たち、どこへ行くの?」
「啓介さんに夕食を作るよう言われてるから食材を買いに行こうと思って」
「二人で近くのスーパーへ? 仲が良いのはいい事だけど……駄目よ、そんな同棲してるカップルみたいな事してちゃ。今の貴方たちはあくまでも依頼主と調査員よ? 仲良く近所のスーパーになんか行って、璃々子さんの相手の方が色々調べてたら不利になるわ。男の影があるって。それに買い物ならして来たわよ。家に来い、夕飯は家で一緒に食うぞ……なんて言ってたけど、啓介の事だからどうせ冷蔵庫の中なんて空っぽだろうからね」
雫さんの言葉に、私たちの行動が浅はかだったと思い直す。
確かにそうだ。さっき日用品を買う時はあくまでも私の新たな住まいの準備として男手が必要な事もあって由季くんと一緒に買い物をして来たけれど、流石に一緒にスーパーはちょっとまずいかもしれない。
「そうだよな、俺、なんか駄目駄目だな……ごめんね璃々子さん」
「ううん、私の方こそ、考え無しでごめんね」
「まあまあ、次から気を付ければ大丈夫よ。考え過ぎかもしれないけどね、なるべく言い訳が成り立たない二人きりでの行動は避けた方がいいわ。そうでないと、貴方たちの関係を変に疑われて、離婚の時に相手から取れる物も取れなくなっちゃうからね」
雫さんは落ち込む私たちのフォローをしながらリビングへやって来ると、キッチンに立って買ってきた食材を袋から取り出していく。
「あ、私も手伝います」
「あらそう? ありがとう」
私は雫さんと共に食材を片付け、彼女が料理を作ると言うので私も手伝わせて貰う事になった。
「俺も何か手伝おうか?」
料理を始めてから暫く、手持ち無沙汰の由季くんがソファーから降りてキッチンへとやって来る。
「人手は足りてるからいいわ。由季くんは啓介と違って本当、気が利くわよね」
「いや、そんな事は」
「啓介は『手伝おうか』なんて言った事一度も無いわよ」
「男の人は、そういうものですよね。由季くんが特別なのかもしれないです」
「まあ、そうね。キッチンに男が立つなんておかしい、料理は女の仕事だ、なんて言う人はまだまだ多いわよね。弁護士やってると、そういう旦那が多いんだってよく分かるわ、本当。璃々子さんの旦那もそういうタイプなのね」
「はい。お義母さんは家事が完璧に出来る方なので余計なんです」
「あーそういうタイプかぁ。母親が完璧だと、子供はそれが普通だと錯覚する子が多いのよね。結婚前にはそういうところも見極め無いと、苦労するわよねぇ。まあでも啓介の場合そうじゃなくて、ただ単に亭主関白なところがあるだけなのよ」
「そうなんですか?」
「そうなの。だってお義母さんはバリバリのキャリアウーマンで家事は手抜き上等って考えの人だもん」
「そういう考え、良いですね」
「でしょ? 私もお義母さんを見習ってやらないでいたら啓介、それが面白くないのか愚痴愚痴煩くてねぇ。嫌なところばっかり目についちゃってストレス溜まる一方だったから、子供も独立したし、二人で住むのは苦痛だったから別居してるの」
私と共に雫さんの話を聞いていた由季くんは若干困った表情を浮かべていた。
彼女の話だけを聞くと、啓介さんは結構自分勝手な人なのかなと思うけど、由季くんの表情から察するに、啓介さんは啓介さんなりの言い分があるのかなと思った。
「由季くんから聞いたけど、璃々子さんの旦那もなかなかの最低男よね。これまで色々な弁護をしてきたけど、モラハラDV不倫男はなかなか強烈ね……」
「そう、ですよね」
「寧ろ、よく今まで我慢出来たわね。取れるものは全て搾り取って、必ず別れさせてあげるから、頑張りましょうね」
「はい、ありがとうございます。本当に、心強いです」
雫さんの言葉に胸を打たれて感謝をした私は、すぐ横で話を聞いていた由季くんに微笑みかけながら、楽しい気持ちで料理を進めていった。