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モブ(お菊と同じ電車に乗ってる女子校のお嬢様、名前なし)視点。モブ→キク未満匂わせあり
プシューッと音を立てて電車が止まる。ドアが開き、独特の匂いが鼻をくすぐった。ゆるく巻いた甘栗色のロングヘアを揺らしながら彼女は車内へ足を踏み入れる。いつもと同じ時間、同じ車両、同じ席。いつものルーティンをきっちりと辿ってお馴染みの席へ腰を下ろした。車内アナウンスが鳴り、ゆっくりと動き出した電車を合図にスクールバッグから本を取り出す。もうすっかり上がりきった真夏の太陽がギリギリ当たらない、最高のポジション。よく磨かれた傷1つないローファーが、微かに落ちる陽の光を反射してぴかぴかと輝いた。
もう何度目かのページをめくり栞を挟みかけたところで、電車は止まった。顔を上げ、何気ない素振りでドアへ目線をずらす。何かを期待しているわけでも、願う訳でもない。ただ、ひたすらにルーティンをこなすだけ……。
「……あ」
…やっぱりいらっしゃった。塩素で色落ちしてしまった私の髪とは全く違う、艶やかな黒髪。頬の辺りまで伸びたそれが、時折彼の横顔を淡く隠すのがお気に入りだった。伏せられて顔に影を落としていた彼のまつ毛がくい、と引き上げられる。車内を軽く見渡して……その過程で目が合った。でもそれは運命でもなんでもない。目が合って両者が息を飲むわけでも、その後2人とも顔を逸らすわけでもなかった。ただ、仄かに安堵の色を浮かべた彼の深い瞳が揺れるだけだ。軽く会釈をして、彼はいつもの席へと腰を下ろす。そして少しだけ身じろぎ、スマホを立ち上げた…ところで、駅の方からなにか足音が聞こえてくる。ドタ、ドタと騒がしい音。もしかして遅刻寸前なのだろうか。少し顔をしかめて、ドアに向けていた視線を座った彼の方へ向けた。以前電車が急停止をしたところでなんの反応もなかったクールな彼のことだ、特段気にしてもないのだろうと思っていたが予想とは違った。ドアの方を目を見開き凝視してスマホをぎゅうっと握りしめる。着々とこちらに進んでくる一つ…いや、”二つ”の足音に彼はなにか祈るように目を閉じ、スマホを座席へふせた。変だ、と思ってドアの方へ視線を戻せばそこには大きな影があった。
「菊!」
ドクンッと心臓が1度大きく鳴る。
「どこ行くんだ、俺も連れてけよ」
そして世界から音が消えた。しかし、これは恋ではない、愛でもない。これはなにか…
……世界一の芸術品でもみたときのような感動だ。
まるで光の束を集めたような美しい金髪に、清々しく透き通る海のようなエメラルドグリーンの瞳。顔見知りの彼に負けず劣らずの長いまつ毛は白い肌に影を落としていた。
そんなおとぎ話のような王子様は席に座っている夜のような彼を、所謂壁ドンの状態で囲い込む。まるで恋人に甘えるような声色で彼は囁いた。顔見知りの彼と、私。人のほとんど居ない車内にはその2人にしか聞こえなかっただろう。ドロドロに煮詰めたジャムのような甘い声、それと響き。微かにそれが耳を揺らすだけで胸がぐったりと重くなった。
「…彼もいます?」
少しまつ毛を震わせて、彼は蚊の鳴くような声で呟く。”彼”とは誰のことを話しているんだろう…
「…あぁ、まあ……
俺は止めたんだ、けどアイツが勝手に着いてきたんだよ。ごめんな、アイツがきたら迷惑だろ」
「………あなたがきても戸惑いますけどね」
「ん?」
「なんでもないですよ」
にこやかに”菊”の右手をすり、と撫でて彼の左側へ腰を下ろす。有り余った長い足を軽く組み、彼の肩へ顔を傾ける。そうして唐突に車内に漂った甘ったるい雰囲気に思わず目を細めた。
「…なあ、どこ行くんだ?」
「学校です」
「今日休みだろ」
「部活ですよ。… ていうかなんで知ってるんですか!」
「ふ、なんでだろうな?」
彼の言葉にはっと息をのんだあと背筋をぴんと伸ばして、菊と呼ばれた彼は顔を動かす。それに合わせて金色の彼も顔を寄せたことで、鼻先が触れ合うほどの距離に2人の顔はあった。大きく開かれた黒曜石のような瞳と、愉快そうに細められたエメラルド。そのふたつが数秒、交わった。
「……かわいい、きく」
「…っうるさいです。もう、ついてこないで。
ギルベルト君にもよくお伝えしてください」
近付いてきた彼の顔に手を押し当てて、自身の顔も背ける。その振動でさらりと黒髪は揺れ、羨ましいかぎりに元通りに戻った。絡まりなんて言葉とは無縁そうなその髪は、端麗な彼の鼻筋を隠した。耳を赤く染めながら、彼は席を立ち対面へと腰を下ろす。そうして対にいる彼へ目線を向けたあと、まだ開いているドアへ目線を移し「早く出ていけ」と目で促した。しかし、彼は未だ余裕そうに足を組み、頬杖をついて口を好奇に歪めている。
「照れてるのか? ……アジアンはいい、頬が染まるとまるでバターが溶けたみたいにじんわり薄いオレンジが広がるだろ?すごくかわいいよ」
「…」
「そんなに怯えなくたって、取って食ったりしねえよ」
そう言ってにこやかな顔で立ち上がり、菊の方へ彼が1歩踏み出したところでふと顔を上げ首を少しかたむけて口を開いた。
「……ギルベルト君、その人連れて行ってください」
「おう」
「は?」
ギルベルトと呼ばれた、またジャンルの違うイケメンがドアから現れた。太陽のような金髪とは相反した、月の光のような冷たく美しい白銀。踏み出した足を止めた彼の襟首を乱暴に掴み、じろりと顔を覗き込む。
「……フ、馬鹿だなお前」
「あ”?…Führerにそんな口の利き方でいいのか?」
「今だけはちげえ。今俺に命令したのは菊だ、分かるよな?
ってことで、こいつは回収してくぜ〜」
冷たく吐き捨てた言葉とは裏腹に、そう言って大口で笑いながら手の横で空いた方の手を彼は振る。それに反抗するように金色の彼も体をよじるが、何故か一向に動かない。先程の甘い吐息の欠片もない、彼は失望ばかりが含まれたため息をふとつく。諦めたのか、飽きたのか。
「ええ、お願いしますね。……ではまた夕方」
こちらもこちらで、ほっとため息をついてから嬉しそうに頬を弛めて彼はそう言った。ニカッと人聞きのいい笑いを浮かべながら2人は車内から消えていく。やっとのことで扉が閉まったのを確認して、彼もいつもの席へと戻って行った。嵐のような出来事を私は未だ飲み込めないまま、ドアを見続けてしまう。しかし、ふと聞こえてきたため息に目線を動かす。どうやら彼がついたものらしい。疲れ、からだろうかと思った。が、どうやら違うようだ。顎から垂れかけた汗を手の甲で軽く拭ってから、彼は顔をパタパタと手で仰ぎ始めた。それは暑さからじゃなかった。珍しく今日の気温はそれほど高くない。それに車内は空調がよく効いている。そして……
可哀想なくらい真っ赤に染まった彼の頬と耳がそれを確実に裏付ける、だろう
4人出すのが難しすぎました。減らします……あと投稿頻度上げます、おそらく。
モブ出すの割と好きなので彼女がレギュラーになる可能性は若干ありますが、人数が1人増えるだけでも結構キツいので登場回数多くは無いと思います