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レイチェルの驚愕した声が
静まりかけた玄関に響いた。
「お父様っ!?⋯⋯え、えっ!?
時也さんの⋯⋯娘さんなの!?」
目を丸くしたまま
レイチェルは時也を見つめる。
時也は
まるで忘れていた事を
思い出したかのように
僅かに目を見開いた。
「あぁ⋯⋯
レイチェルさんは、初めてでしたね?」
時也は静かに微笑み
双子に視線を向ける。
「ほら、お前達⋯⋯
レイチェルさんです。
ご挨拶なさい?」
「「初めまして、レイチェルさん」」
二人の声が、見事に揃った。
白い着物を纏った子が
にこりと朗らかな笑顔を浮かべ
元気よく名乗る。
「私は、エリスです!」
一方
黒い着物を纏った子は
落ち着いた表情のまま深く一礼し
静かな声で名乗った。
「ルナリアと申します。
以後、お見知り置きを」
「あ! はい、はじめまして!
レイチェルです⋯⋯って⋯」
レイチェルは
自分の言葉に追いつけないまま
双子の姿をじっと見つめた。
(⋯⋯可愛い⋯⋯っ!!)
双子は
まるで光と影が並んだように
対照的だった。
エリスの金髪は
陽の光のように柔らかく波打ち
愛らしい笑顔が
人懐こさを漂わせている。
その表情には
どこか時也に似た温かさがあった。
一方 ルナリアは
黒褐色の髪が静かに肩に落ち
エリスとは鏡合わせになる
深紅と鳶色のオッドアイが
冷たく静かに光を放っていた。
彼女の落ち着いた表情は
まるでアリアの鏡写しのようで
同じ年頃の少女とは思えないほど
大人びた空気を纏っていた。
「こ、こんな可愛い娘さんが⋯⋯
いたなんてっ!」
レイチェルは
堪えきれずに
双子をいっぺんに抱き締めた。
「時也さん
なんで教えてくれなかったんですかぁ!!」
がばっと
双子の小さな身体が
腕の中に包まれる。
その瞬間——
「ひゃ⋯⋯っ!つ、冷たっ!?!」
レイチェルは反射的に双子を離した。
思わず両手を見つめる。
指先が
まるで氷に触れたかのように
じんじんと痺れていた。
「⋯⋯すみません。
僕も、言いそびれていまして」
時也が静かに口を開く。
「レイチェルさん⋯⋯
先ずは暖かい服を着てくるのを
おすすめします」
時也が促すと
双子は静かにリビングへと
歩いていった。
エリスは
相変わらずの朗らかな笑顔で
ルナリアは
落ち着いた表情のまま
足音一つ立てずに歩いていく。
「可愛い双子ちゃんですね!」
レイチェルは
リビングに向かう双子を
時也の背中越しに覗きながら言った。
「時也さんも双子でしたよね?
遺伝かしら!
まだ小さいのに
しっかりしてますね!」
時也は少し歩みを止め
ゆっくりと肩を竦める。
「⋯⋯小さい⋯いえ⋯⋯」
その声は、どこか苦しそうだった。
「⋯⋯不死鳥の⋯嫌がらせですよ」
潰えるように
ぽつりと漏れた言葉は
僅かに湿り気を帯びていた。
レイチェルは驚きに目を瞬かせる。
(え⋯⋯嫌がらせ?)
時也の背中に
娘達が来た喜びと
深い哀愁が混じっているのが
感じられた。
彼の羽織の裾が揺れ
肩が微かに沈んで見えるのは
気のせいではなかった。
「⋯⋯あの⋯⋯時也さん?」
レイチェルが声を掛けると
時也は肩越しに笑顔を返した。
「大丈夫です。
今日は⋯⋯穏やかな一日になりますね」
その笑顔は、どこか儚く
それでも
誰よりも優しさを湛えていた。
リビングには
暖炉の薪がパチパチと音を立て
弾ける火の粉が
小さく舞い上がっていた。
それでも
どこか肌寒さが残る⋯⋯。
薪が
しっかりと
くべられているにも拘わらず
冷えが空気の隙間に漂っていた。
「「お母様!
お会いしとうございました!」」
双子の声が
リビングに澄んで響いた。
ルナリアは整った姿勢のまま
静かに深く一礼し
エリスは柔らかな笑顔を浮かべながら
同じく頭を下げる。
どちらも
まるで貴族の礼儀作法のような
完璧な動作だった。
ブランケットに包まれたアリアは
ソファーに静かに座っていた。
深紅の瞳は虚ろで
何処を見ているのか分からない。
それでも
双子の声が聞こえているのだろう。
静かに、ほんの僅かに
彼女のまつ毛が揺れた。
青龍が整えていたのだろう
アリアを真ん中にして
双子が左右に挟むように席についた。
ルナリアが右に、エリスが左に座る。
まるで護衛のように
しっかりとした位置取りだった。
(わー⋯
並ぶと、娘さん達だって
良く解るわね。
時也さんとアリアさんの
良い所だけ遺伝したみたいな!)
レイチェルは
青龍からブランケットを受け取り
羽織りながら
並ぶ母娘を見つめる。
「ふふっ!」
エリスがくすっと笑い
愛らしく頬を緩めた。
「お母様ったら
まだ私達を子供扱いなさるんですか?」
「ご心配には及びません、お母様」
ルナリアは
淡々とした口調で
静かに言葉を紡ぐ。
「私達も、もう200を越え
父様のような陰陽師になれるよう
日々精進しております」
(ん?200って⋯⋯?なんの数字かしら)
その言葉に
レイチェルは
ぽつりと心で呟いた。
ふと
隣のソーレンの袖を小さく引っ張る。
「ねぇねぇ?」
声を潜めながら、レイチェルが尋ねる。
「双子ちゃんとアリアさん
会話が成立してるように
見えるけど⋯⋯?」
「あぁ」
ソーレンは、ぼそりと答えた。
「アイツらも
時也の読心術を遺伝してんだよ」
(⋯⋯あの辛い能力を)
レイチェルは
思わず胸が締め付けられた。
あの声が止まらない
頭の中が混乱し
息が詰まるような——
時也のあの苦しみが
双子にも宿っているのかと思うと
息が詰まる思いだった。
「ご心配いただき
ありがとうございます。レイチェルさん」
突然、ルナリアが
レイチェルの方に顔を向けた。
表情は落ち着いたまま
その瞳はレイチェルの思考を
しっかりと読み取っていた。
「⋯⋯えっ?」
「私達は
お母様の声が聞ける
有り難い能力だと思ってますよ!」
エリスが
明るく微笑みながら言葉を継いだ。
その笑顔には
確かに時也の面影があった。
朗らかで
何処か人の心を
ほっとさせるような優しい笑み——
「私達にとって
この能力はとても大切なものなんです」
エリスが無邪気に言うその言葉が
どこか切なく響いた。
「お母様は
私達に言葉をかけてくれます。
心の中に
お母様の気持ちがちゃんと届くんです」
「⋯⋯お母様は、優しい方ですから」
ルナリアの声が、ふっと和らぐ。
その言葉には
確かに母を慕う娘の愛情が感じられた。
ブランケットに包まれたアリアは
依然として無表情のままだったが
彼女の瞳の奥にほんの僅か
かすかな揺らぎが見える。
それは
誰にも見えない程に小さな
けれど確かな愛の波紋だった。
薪が弾ける音が
再び静かなリビングに響いた。
それでも
その音が消えた後には
どこか穏やかで温かい空気が
冷気を包むように漂っていた。