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リビングでは
暖炉の薪が静かに燃え続け
弾ける音が時折小さく響いていた。
にもかかわらず
その部屋には奇妙な静寂が満ちていた。
4人が
ほとんど声を発していないからだ。
時也とアリアが並んでソファに座り
テーブルを挟んだ向かい側には
エリスとルナリアが並んでいる。
全員が
穏やかな表情を浮かべながら
まるで静寂そのものを
楽しむかのように
ほとんど動くこともなく座っていた。
だが、その沈黙は
決して気まずいものではなかった。
時折
誰かがふっと口元を緩め
微笑む瞬間がある。
それは
まるで何かしらの
会話が進んでいるかのようだった。
時也と双子が
心の中で会話をしているのだろう。
時也の読心術は
アリアの無言の声を
誰よりも正確に読み取る。
そして
エリスとルナリアもまた
その能力を受け継いでいた。
互いに声を発さずとも
時也と双子の間には
言葉以上に正確な
意思疎通が行われていた。
「まぁ!母様ったら、心配症ですね!」
エリスが突然
くすくすと笑いながら言葉を発した。
まるで
それまでの沈黙が嘘だったかのように
明るく、温かな声だった。
「母様、ありがとうございます。
勿論、大丈夫ですよ!」
今度はルナリアが、静かに続ける。
彼女の声は
感情の起伏こそ控えめだったが
その響きにはしっかりとした意志が
感じられた。
レイチェルは
4人を温かく見つめながら思った。
(アリアさん⋯⋯
もしかして、心の中では
意外とお喋りなのかも)
沈黙の中でも
家族としての絆が
確かに存在していた。
時也の穏やかな微笑み
エリスの無邪気な笑顔
ルナリアの静かな視線——
そして
無言のままの
アリアの目の奥に揺れる、小さな光。
それは、4人にしかわからない
特別なやり取りの証だった。
「レイチェル様、ソーレン。
私達は二階へ参りましょうか」
突然、青龍が声をかけた。
その声は静かだが
どこか空気を整えるような
重みがあった。
「⋯⋯ん、そうだな。
ここに居ると凍えちまうし」
ソーレンが、頷きながら立ち上がる。
「家族水入らず!ね!」
レイチェルが
どこか名残惜しそうに言った。
3人が二階へ上がろうとした
その時だった。
「行ってしまうのです?青龍」
ルナリアの声が
ふいに青龍を呼び止めた。
青龍は足を止め、振り返る。
「はい。
お嬢様方にはどうか
一家団欒の時を
ごゆるりとお過ごしいただきたく」
「だったら、青龍も家族でしょ?」
エリスがふわりと
笑いながら言った。
「「ねぇ、とと?」」
双子は声を揃えて、青龍に呼びかけた。
その言葉が、青龍の動きを一瞬止める。
「まったく⋯⋯
その呼び方はお止めなされ⋯⋯
貴女方の父君は、時也様です」
青龍がそう言って顔を背けたのは
赤くなった耳を
見られたくなかったからだろう。
(⋯⋯とと? どんな意味だろ?)
階段を登りかけたレイチェルは
その響きに首を傾げた。
「では、時也様。
何かあれば、念話にて⋯⋯」
「ありがとうございます、青龍。
お前も、ゆっくりしなさい」
「⋯⋯は!」
青龍は静かに頭を下げ
ソーレン、レイチェルと共に
階段を上がっていく。
「ねぇ、青龍!」
レイチェルが小声で話しかける。
「皆で私の部屋に集まらない?
双子ちゃんのお話も聞きたいし!」
「⋯⋯ふむ。良いでしょう」
青龍は静かに頷いた。
「俺も暇だし、お前らと居るかな」
ソーレンがそう言うと
ふとリビングの方に目を向ける。
「⋯⋯あ、その前に
薪を足しといてやんねぇとな」
ソーレンは再びリビングに戻り
暖炉に薪を足した。
火が勢いよく燃え上がり
温かな光が部屋を照らす。
「⋯⋯っと。これで大丈夫だろ」
満足そうに呟きながら
ソーレンは小走りで
レイチェル達の元へと戻っていった。
レイチェルの自室は
彼女らしい温かさと
少しの雑然さが混ざった
落ち着いた空間だった。
ベッドの上には
ふかふかのクッションが
無造作に置かれ
壁にはお気に入りのポスターが
貼られている。
小型の冷蔵庫が隅にあり
上にはちょっとした小物が並んでいた。
「はい、どうぞ!」
レイチェルは
小型冷蔵庫から取り出した
3本の飲み物を
テーブルの上に置くと
ベッドに腰掛けた。
「飲み物⋯⋯
こんなのしか無いけど
好きに選んで!」
「お、サンキュー。
さすがに
もう下には取りに行きにくいしな」
ソーレンは
デスクの椅子から手を伸ばし
無造作に炭酸飲料を掴みあげる。
「ほぉ?
貴様にも、配慮というものが
やっと身に付いたか」
青龍が軽く眉を上げ
静かに正座を正した。
「あははっ!」
レイチェルは
そのやり取りに思わず吹き出した。
「お前ら⋯⋯
俺をなんだと思ってんだよ」
ソーレンが
拗ねたように眉間に皺を寄せ
ペットボトルを軽く浮かせる。
ふわりと宙に浮かんだ
ペットボトルの蓋が
彼の指の動きに合わせて
プシュッと音を立て
軽やかに開いた。
「にしても!驚いちゃった!」
レイチェルが身を乗り出して言った。
「時也さん達に
お子さんが居たなんて!
あの二人⋯⋯
手を繋ぐだけで
子供が産まれそうなくらい
何だか神聖な雰囲気あるし!」
「は?」
ソーレンが間抜けな声を漏らし
きょとんとレイチェルを見る。
「子供って⋯⋯
手を繋いでる内にできるんだろ?」
「⋯⋯え?」
レイチェルは一瞬
ソーレンの首を傾げた表情に
冗談なのか本気なのか判断できず
口をぱくぱくさせた。
「⋯⋯うーん?」
言葉を濁しつつも
ソーレンの生い立ちを知る彼女は
その可能性が
ゼロではないと思い始める。
「⋯⋯ソーレン⋯マジ?」
「はぁ⋯⋯。
俺の名誉の為に言っておくが
冗談に決まってるだろ!バカか!」
ソーレンは頬を僅かに赤らめ
口元を覆うようにペットボトルを傾けた。
「⋯⋯馬鹿に名誉があるか」
青龍がさらりと吐き捨てる。
「青龍、ほんと辛辣!
⋯⋯あ。
そういえばさっき
双子ちゃんが言ってた
〝とと〟って⋯⋯どういう意味なの?」
「⋯⋯⋯⋯」
青龍の表情が、僅かに揺れた。
「⋯⋯父親⋯⋯に、ございます」
「ん?お父さんは時也さんでしょ?」
レイチェルが首を傾げる。
「お嬢様方を育てたのは
この私でしたので⋯⋯」
青龍の声には
微かな寂しさが滲んでいた。
「俺も
軽くしか話を聞いてねぇからな。
教えてくれよ、とと?」
一瞬、青龍の眉がピクリと跳ね上がる。
「貴様の事も確かに育てはしたが
こんな口の悪い
愚息を持った心算は無いぞ。小童!」
そう吐き捨てた青龍の言葉には
怒りというよりも
何処か温かさが滲んでいた。
「⋯⋯ふふっ。
仲良し師弟ねぇ?」
レイチェルが静かに笑った。
青龍は
遠くを見るように目を細めると
手元のジュースを静かに口に運んだ。
冷たい甘さが喉を滑り
胸の奥に
ほのかに苦味と共に広がっていく。
彼の視線は
どこか遠い過去を
思い返しているようだった。