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「なんだ?これ……!」
渡慶次が言った瞬間、
ジジッ。
「………!!」
稲光のような光が一瞬教室を照らし、天井から小さな音がした。
「何!?何の音?」
前園が悲鳴のような声を上げる。
本能的に女子の上間や3嶺トリオをかばいながら天井を見上げていると、
「ダメだね。電気もつかない」
前方から声が聞こえた。
そこには立ち上がり、スイッチをカチカチといじっている上間がいた。
「どうなってんの……?これってドッキリ?ねえ?ねえ!?」
平良が涙目になりながらあろうことか比嘉の肩を掴んでいる。
「おいてめえ、離れろよ!」
玉城が後ろから平良を引きはがし、
「うごっ」
その股間に比嘉がキックを入れている。
「暴力はやめろって!」
一番前に座っていた学級委員の|吉瀬《きせ》|冨栄《ふえい》が眼鏡をずり上げながら言う。
「ううう」
床にたたきつけられた平良はこちらに這いながら寄ってきた。
「渡慶次ぃ。どうなってんだよ……?」
――そんなのこっちだってわからない。
ゲームをダウンロードしただけなのに、それ以外は何もしていないのに。
「他のクラスの生徒たちは!?」
新垣が思いついたように立ち上がり、廊下に出る。
何人かがつられて廊下に出た。
しかし、
「………誰もいない」
その声は絶望に変わる。
あんなに騒がしかった朝の喧騒は、渡慶次に手を振ってきた他のクラスの生徒たちは、いったいどこに行ってしまったのか。
「もしかして、誰もいないんじゃなくて」
平良が口を開いた。
「俺たちが、どこかに飛ばされたんじゃね……?」
「――――」
「まさか……」
誰からともなく皆が黒板をもう一度見たそのとき、
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪テイラリラリラリラ~♪
廊下の向こうの方から軽快な曲が聞こえてきた。
「なんだ?この音……」
渡慶次は立ち尽くすクラスメイト達を押しのけて廊下に飛び出した。
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
ジャンッジャジャンッ♪ジャンッジャジャンッ♪
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
アコーディオンだろうか。
曲は単調で、永遠と同じフレーズを繰り返しているその音は、少しずつではあるが確実に近づいてきている。
「何……何が来るの……?」
廊下に出てきた前園が、渡慶次のブレザーの腰あたりを摘まむ。
そのとき、
「トゥルルルルルル、イヤッハー!」
軽快な音楽に混ざって、男の声が確かに聞こえた。
「きゃあっ!!」
あまりの驚きに前園が後ろによろけ、一緒に廊下に出てきていた3嶺たちが支えた。
「――女子は中に入れ」
なぜ自分がそう言ったかはわからない。
だが渡慶次の言葉に皆が従い、女子は中に、そして男子たちは比嘉たちのほか数人を残して廊下に出てきた。
ジャンッジャジャンッ♪ジャンッジャジャンッ♪
「イイ~!ヤッハッハ~♪」
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
「トゥルルルルル~♪ヤッハッハー♪」
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラリラリラ~♪
「なんなんだよ、一体……」
すぐ隣に立っている新垣が言う。
返答は求めていない。
それでも、
「わからん……」
渡慶次は答えた。
会話をしていないと、頭がおかしくなりそうだった。
暗い教室。
消えたスマートフォン。
黒板に現れた文字。
考えられる可能性はただ一つ。
「なあ」
渡慶次は口を開いた。
「これって、テレビじゃね……?」
そのとき、2組と3組の間にある階段から伸びた足が現れた。
「――――!!」
思わず息を吸い込んだ。
黒く長い手足。
帽子の尖った先は左右に長く垂れていて、ポンポンが付いている。
白く大きな丸い襟。胸から腹にかけて、黒と白のダイヤ模様がにぎやかだ。
そして腰のフリルから伸びる長い脚。膝から下はまたダイヤ模様が施されている。
つま先が長く上がった靴についた真っ黒なポンポンが歩くたびに揺れる。
アコーディオンを広げたり縮めたりしながら近づいてくる男は、誰がどこから見てもピエロだった。
白く塗った顔に黒いアイライン。右頬にはハートマーク。左頬にはスペード。
唇は真っ赤に染められている。
ピエロは貼りついたような笑顔で、楽しそうにこちらに近づいてきた。
「うわ、こっちくる!!」
逃げ出そうとしたのは、クラスの中で一番体が大きな大城だった。
比嘉の取り巻き、照屋や玉城もそれなりに背は高いのだが、大城は横にもデカい。
渡慶次は逃げ出そうとする大城の首根っこを掴んだ。
「おいおい、逃げんなよ!」
大城は今にも泣きだしそうな顔をしながら、渡慶次を見つめた。
「だって……!」
「あれはどう見てもこれの関係者だろ」
渡慶次は頭一つ分も大きな大城を見上げた。
「外が暗くなったとか、スマホがないとか、そういう種とか仕掛けはわかんないけど、これは明らかに誰かが作り出した状況だろ?そのドールズナイトとかいうゲームの運営とかさ」
渡慶次は自分の言葉にいちいち納得しつつ言った。
「ええ?」
「鈍いな。脳みそまで脂肪でいっぱいかよ」
思わず素の口の悪さが続きそうになるのを必死で飲み込む。
「だから、ゲームの主催者側だよ。ここまで手の込んだことやってんだ。素人じゃなくてテレビ番組かもしれないじゃん?」
渡慶次が続けると、
「じゃあこれは演出ってことか!」
吉瀬が隣で頷く。
「……たぶん、な?」
渡慶次は言いながら視線をピエロに戻した。
――そうだ。そうにきまってる。
テレビであれ動画サイトのYouTuveであれ、あのピエロはきっと自分たちに今のこのわけのわからない状況を説明してくれる。
それはおそらく納得のいくもので、
それはきっと安堵できるもので、
数分後の自分たちは、
「マジでビビったー!」とか、
「驚かせんなよ~」とか言いながら、
笑いあってるはずなんだ。
渡慶次は、玉城や照屋や、それに大城よりもはるかに大きなピエロを見上げた。
ティ~ラリラリ♪ラリラリラリラ~♪
テイラリラッ………。
ピエロの不自然に長い指が鍵盤から離れると、当然だが音楽は唐突に止まった。
その真っ黒なネイルで染まった爪が、比嘉のそれみたいだなんてアホらしいことを考えながら渡慶次はピエロを見上げ、彼が言葉を発するのを待った。
「―――――」
上下の瞼に沿って綺麗に引かれた黒いアイライン。
カラコンでも入れているのだろうか。その真ん中で光る青い瞳が、渡慶次でも大城でもなく遥か高い場所を見たまま静止している。
「あのう……」
平良が口を開くと、青い瞳はギョロンと平良を見下ろした。
「うっ」
これには、平良ばかりではなくその横にいたクラスではあまり目立たない囲碁部の佐藤も、将棋部の山崎も、少し離れた場所にいた渡慶次でさえ一歩後退った。
ピエロはぐっと屈んで視線の高さを合わせると、平良をのぞき込んだ。
男性にも女性にも聞こえる不思議なしゃがれ声を発したピエロに、
「――え」
平良が言葉に詰まる。
渡慶次も目を見開いた。
――フーセン?
フーセンって、風船?
「えっと……?謎解きかなんかすかね?」
平良は頭を掻いた。
「風船すか。ええと、まあ……好きっすね。好きっす!」
その言葉に新垣が吹き出した。
他の男子も何人か笑う。
ピエロは瞬き一つせずに平良を見ていたが、赤い唇をニイーッと左右に開くと、笑顔と呼ぶには不気味すぎる顔で言った。
『そうか。よかった!』
そう言うとピエロは平良の両肩を掴んで軽々と持ち上げた。
「はあっ!?痛い痛い痛い痛い!!!」
平良が苦痛の表情を浮かべながら足をバタつかせる。
「はは……」
周りの男子が、まだこれが演出だと思っているのか、顔を引きつらせながら笑った。
しかし、
ゴキッ。
「アああ゛ッ!!!」
掴まれた肩から、聞こえてはいけない音がした。
――なんだよこれ……。
渡慶次は身体を硬直させたまま信じられない光景を眺めていた。
――これ、冗談だろ?ゲームだろ?ドッキリなんじゃないのかよ……!!
その上履きが一つ脱げて渡慶次の足元に転がった。
『風船が好きなら一つあげようカ!?』
ピエロは平良の身体を引き付けると、その唇に真っ赤な自分の唇を押し付けた。
「――んんんん!!!!」
唖然としている男子たちに見つめられながら、平良の脚がバタバタと宙を蹴る。
「……え」
一番初めに気づいたのは新垣だった。
「体……デカくなってね……?」
渡慶次は平良の背中に目を凝らした。
確かにガリガリに痩せていた平良の背中が膨らんできている気がする。
「……まさか」
吉瀬が口を開く。
「口から空気を入れられてるんじゃ……!?」
「グウウウウウウッ!!」
平良は唇を押し付けられたまま苦しそうに涙を流している。
「……なにしてんだよ、てめえ!!」
渡慶次は踏み切って飛び上がり、平良のブレザーの襟首をつかみながらバタつかせる足の間からピエロの下腹部と股間を両足で蹴った。
その衝撃でピエロの手が緩み、平良に下敷きにされる形で渡慶次は後ろに倒れ込んだ。
「どうなってんだよおおお!!」
新垣がパニックになりながら、それでも二人を助けようと渡慶次と平良を引きずりピエロから離す。
『……??』
ピエロはこちらを見たまままた動きを止め首を傾げた。
「う……うわああああああ!!」
隣りにいた佐藤が叫んだ瞬間、ピエロは今度は太った彼を軽々と持ち上げた。
そして平良にしたのと同じく唇を付けると、今度はさっきよりも勢いよく息を吹き込んだ。
「……山崎!ボケッとしてんな!助けろアホ!!」
渡慶次は苦しそうに顔を歪めている平良をよけながら、隣でただ口をあんぐり開いている山崎に叫んだ。
「あ……あ………」
山崎は立ったままブルブルと膝を震わせている。
プンと鼻をつく臭いが周囲に充満する。
空気を口から強制的に入れられているのであろう佐藤の浮いた足の下に、黄色い水たまりが出来ていく。
「んんん゛……グウウッ……」
佐藤の血走った眼球が突き出してくる。
手足がピンと硬直し動きをなくしていく中で、ただ腹だけが風船の用に膨れていく。
「早く!早ぐううう!!!」
新垣が奇声とも悲鳴とも言えない叫び声を発しながら、渡慶次と平良を教室に引きずり込んだ。
なだれ込むように他の男子も中に入ってくる。
窓際に集まっていた女子の大半と、後ろの黒板のところに固まっていた比嘉たちが、驚いてこちらを振り返った。
「閉めろ!!誰かドアを閉めろよ!!」
渡慶次が叫ぶと、今しがた入ってきた吉瀬をはじめとする男子たちがドアを閉めた。
「なんなんだ、あれ……テレビとかゲームとかじゃねえぞ!」
新垣が叫ぶと、
「お……ゴボオオッ!うおエエエエ!」
平良が身体を横に向け、腹にたまった空気を大量に吐き出した。
共に出てきた吐瀉物に、
「ばっちーな、ゲロ野郎」
まだ事の重大さを理解していない比嘉が笑う。
しかし構っている暇はない。
「扉を押えろ!絶対に入ってこれないように!!」
渡慶次は立ち上がると、後ろ側のドアを抑えた。
前側は吉瀬と数名が抑えている。
「………ッ!」
渡慶次は抑えながら細長いドアガラス越しに見えるピエロを睨んだ。
まだ佐藤の身体に空気を抽入している。
――いや、違う。佐藤じゃない。
佐藤はもっと大柄だったはずだ。
腹はともかく、腕も足も太かったはずだ。
渡慶次は視線を下げた。
そこには、腹が裂けた佐藤が転がっていた。
あんなの演技じゃない。
こんなの作り物じゃない。
「……落ち着いて聞けよ?」
渡慶次はドアを抑えたまま女子と比嘉たちを振り返った。
「今、廊下で佐藤が死んでて、山崎が殺されようとしてる」
「……え……!?」
女子たちが口を押えた。
「あのピエロに捕まったら、キスされて口の中から空気を強制的に入れられて殺される」
渡慶次はみんなを諭すことで自分を何とか落ち着かせようと、できるだけ低い声を出した。
「よく聞け。前か後ろかわからない。とにかくあいつがドアを開けて入ってきたら、もう一つのドアから抜け出して、ダッシュで逃げるんだ。同じ方向じゃなくて東と西にできるだけ散るんだぞ。
それで階段を下りて1階に行ったら、あとはどこの窓からでもいい。外に逃げろ。いいな?」
女子たちが涙目になりながらも頷く。
「はあ?誰がそんなの信じ―――」
鼻で笑った比嘉が止まった。
「!!」
渡慶次が振り返ると、ドアガラスの向こうにピエロの白い顔があった。