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城プル
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ゆ
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FORSAKENの神殿において、「中間管理職」という実に不名誉な肩書を背負っている男がいた。
その名は、アズール。
元植物学者。
高度な魔導を操るウィザード。
背中には4本もの便利な触手。
肩書だけを並べれば、誰もが「さぞかし優雅で知的な生活を送っているのだろう」と思うに違いない。
現実は――
「……今日も床が汚れてる……」
ズルズルズル……。
4本の触手を雑巾代わりに使い、神殿の廊下を這うように掃除していた。
「……なんで僕、こんなことしてるんだろう……」
答えは簡単。
支配者スペクター様の思いつきに、誰かが対応しなければならないからである。
そして本日。
アズールの胃は、過去最高レベルの危機を迎えていた。
「……へぇ。ここが新しい狩り場かよ」
低く荒々しい声が響く。
アズールが恐る恐る顔を上げる。
そこに立っていたのは――
新入りキラー、Gatito。
漆黒の毛並み。
血のように赤い瞳。
目元には怪しげな緑色のドミノクラウン。
魚の骨が大胆に描かれた黒いパーカー。
首と腕にはトゲ付きのアクセサリー。
そして両手には、どう考えても日常生活には必要のないサイズの巨大な緑色の爪。
「おい、そこの触手野郎」
「……はい?」
「俺を退屈させんなよ」
Gatitoがニヤリと笑う。
「そのウネウネした触手、暇ならキャットタワーの紐にしてやっからよ」
「……僕の触手はキャットタワーの材料じゃない……」
アズールは震える手で手帳を開いた。
そして書く。
『Gatito:極めて好戦的』
『触手への攻撃性あり』
『絶対に怒らせない』
『できれば距離を取る』
「……よし」
「何メモってんだコラ」
「うっ!?」
アズールの胃がキュッと縮んだ。
その時だった。
「やあ、アズール! Gatito!」
カツ、カツ、カツ。
赤いシルクハットを深く被ったスペクター様が、実にご機嫌な足取りで現れた。
そして、その腕には――
「……Mowl殿」
いつものようにMowlが抱えられていた。
「…………」
Mowlは無言だった。
なぜならスペクター様が、彼の黒ハチワレ頭を「ミシミシミシ……」と怪力で撫で回していたからである。
「今日もモフモフだねぇ!」
「……主上。頭蓋骨が少々悲鳴を上げております」
「そう?」
「はい……」
「じゃあ、もう少し優しくするね!」
「それでございます……」
スペクター様はニコニコ。
Mowlは遠い目。
アズールは胃を押さえた。
「スペクター様……ちょうど良かったです。この新入りが僕を——」
「あ? なんだこの細っこい帽子頭」
Gatitoがスペクターを見る。
「俺に命令しようってんなら、その爪の錆にしてやるぜ」
ジャキィィン!
巨大な緑色の爪が展開された。
「…………」
アズールの顔から血の気が引いた。
(終わった)
(神殿が終わった)
(僕の胃も終わった)
しかし――
スペクターは笑っていた。
「あはは! 元気だねぇ!」
「……え?」
「いいじゃないか! 活気があって!」
「…………」
Gatitoも一瞬、困惑した。
「……変な奴だな、お前」
「ありがとう!」
「褒めてねえよ」
「あ、そうだ」
スペクターの目がキラリと輝いた。
アズールはその瞬間、嫌な予感がした。
この人が「あ、そうだ」と言った時は、大抵ろくなことが起きない。
「ねえアズール」
「……はい」
「猫カフェを開こう!」
「…………はい?」
「猫カフェ!」
スペクターは両腕を広げた。
「その名も…」
「『猫カフェ NYAN SAKEN(ニャン・サケン)』!」
「…………」
アズールの時間が止まった。
「FORSAKENに猫ちゃんが増えたんだから。生存者やキラーたちが猫ちゃんと触れ合える、癒やしの空間を作ろう!」
「…………」
「看板猫はMowlとGatito!」
「…………」
「そして店長はアズール!」
「…………」
アズールの脳内に、未来予知が発生した。
『NYAN SAKEN 開店初日』
「触るんじゃねえ!!」
Gatitoが客の手を払いのける。
「お客様、お客様、落ち着いて!」
「うるせえ触手野郎!」
「僕は店長です!」
「じゃあ店長らしく肉持ってこい!」
『二時間後』
ガリガリガリガリ!!
「Gatito殿! そこはテーブルです! 爪研ぎではありません!」
「細けぇこと言うなよ!」
ガリガリガリ!!
「Mowl殿も! なぜ厨房のカウンターで爪を研いでおられるのですか!」
「……木材の質が、なかなか好みにございまして」
『三時間後』
「店長」
「はい……」
「私めのちゅ〜るが少々ぬるいようですが」
「すぐ温め直します!」
『四時間後』
「アズール! シフト表まだ!?」
「Gatito殿が出勤拒否です!」
「俺は気分が乗らねえ!」
「Mowl殿は?」
「接客は下々の仕事にございます」
「なんで看板猫二人とも働かないの!?」
そして最後に――
『アズールの胃』
ブチッ。
「…………」
現実へ戻る。
アズールは腹を押さえた。
「ウググググ……」
「アズール?」
「……スペクター様」
冷や汗をダラダラ流しながら、アズールは立ち上がった。
ここで「嫌です」と言えば、たぶん終わる。
ならば――
魔導士として。
知性ある者として。
そして何より、中間管理職として。
最も平和的な解決策を導き出すしかない。
「……素晴らしいご提案でございます」
「本当!?」
「はい。ですが、一点だけ重大な問題がございます」
「問題?」
「もし猫カフェを開店してしまいますと……」
アズールは一度、Mowlを見る。
次にGatitoを見る。
そして、最後にスペクターを見る。
「Mowl殿もGatitoも、お客様への接客で大変お忙しくなってしまいます」
「うん」
「つまり――」
アズールは、ここぞとばかりに真剣な顔を作った。
「スペクター様が、お二人と個人的に遊んだり、抱っこしたり、撫でたりするお時間が……大幅に減少する可能性がございます」
「…………」
スペクターの笑顔が消えた。
「…………」
静寂。
スペクターは腕の中のMowlを見る。
Mowlはモノクルの奥から静かに見返す。
次にGatitoを見る。
Gatitoは「俺を撫でる……?」と少し困惑している。
そして――
スペクターが小さく呟いた。
「……それは困るなぁ」
「……!」
アズールの胃が一瞬だけ軽くなった。
「僕、Mowlを抱っこしたいし」
「…………」
Mowlの猫耳がピクッと動く。
「Gatitoの頭もわしゃわしゃしたいし」
「……俺、別に撫でられたくねえぞ」
「えー」
「嫌だって」
「じゃあ、もっと撫でるよ」
「話聞け!」
スペクターは楽しそうに笑った。
「うん。やっぱり猫カフェはやめようか」
「…………」
「僕がみんなと遊べなくなるのは困るからね!」
「…………」
「ね、アズール!」
「…………」
アズールは俯いた。
そして――
「……勝った……」
小さく拳を握った。
「勝ったぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
心の中で、壮大な勝利のファンファーレが鳴り響いた。
胃が。
胃が守られた。
触手も守られた。
神殿もたぶん守られた。
「なんだよ、店開かねえのかよ」
Gatitoが不満そうに舌打ちする。
「せっかく暴れられると思ったのによ」
「それは猫カフェの趣旨と違います……」
「知らねえよ」
一方、Mowlはモノクルをスッと直した。
「……私めも、不特定多数の愚民に毛並みを触られるなど、御免被ります」
「ですよね……」
「アズール殿」
「はい?」
「ナイスフォローにございます」
「…………」
その一言だけで、アズールは少し救われた気がした。
スペクターはMowlを抱っこしたまま、満足そうに歩き去っていく。
「じゃあ僕の私室でお茶にしようか、Mowl!」
「……ハッ。承知いたしました」
「今日はブラッシングもしよう!」
「……力加減をお願いいたしますぞ」
「もちろん!」
二人の姿が廊下の向こうへ消えていく。
「…………」
アズールはその場にへたり込んだ。
「よかった……」
深い溜め息。
「本当によかった……」
その時。
ジャラッ。
背後からトゲ付き腕輪の音がした。
「おい、触手野郎」
「…………」
嫌な予感。
「腹減った」
「…………はい」
「肉持ってこい」
「…………はい」
「遅かったら、そのウィザードハットを細切れにすっからな」
「……ただいまお持ちいたします」
Gatitoが去っていく。
アズールは無言で空を見上げた。
「…………」
「僕の胃……」
4本の触手も、力なく垂れ下がっている。
「……いつになったら休めるんだろう……」
そして翌日。
アズールの机の上には、新しい業務予定表が置かれていた。
【本日の予定】
・神殿清掃
・キラーの喧嘩仲裁
・Gatitoの食事管理
・Mowlのブラッシング予約管理
・スペクター様の突発イベント対応
・猫カフェ構想(※中止)
最後の項目を見つめたアズールは、そっと二重線を引いた。
「……二度と復活させないからな」
しかしその直後。
遠くからスペクターの声が響いた。
「アズールー! 今度は犬カフェを思いついたんだけど!」
「…………」
アズールの胃が――
キュッ。
「…………嫌な予感しかしない」