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通常業務と展示会関係の仕事で毎日残業続きプライベートの時間が少なく、雪斗と一緒に過ごす時間が激減してた。
でも、お互いのスケジュールが把握出来ているから、不安にはならない。社内恋愛って仕事とプライベートが曖昧になりそうで敬遠していたけど、結構便利な面も有る。
いろいろ相談できるのいいところ。仕事中はあまり関わらないのに、雪斗は私の仕事をちゃんと把握していてアドバイスしてくれる。
そのおかげか、有賀さんに褒められる事も増えて来た。
「今度の契約取れそうだよ」
午後七時。有賀さんが残業中の私の席にやって来て言った。
「本当ですか?」
彼が熱心に営業活動をしている新規製品とサービスの提案は、私も資料を作ったり試作品を用意したりと自分なりに頑張った案件なので嬉しかった。
「良かったです」
笑顔で言うと、有賀さんも嬉しそうに頷く。
「お祝いに飲みに行こうか」
「え?」
「奢るよ。秋野さんにはたくさん協力して貰ったから」
「そんな、気を遣わないで下さい。私にとっても仕事ですし……」
有賀さんが善意で言ってくれてるのは分かってるけど、ふたりで飲みに行くのはやっぱりまずいと言うか……。
有賀さんに変な気持ちが無いのは良く分かってるけど、雪斗が知ったら嫌がると思う。
でも同僚のお誘いを頑なに断るのも、一社会人としてどうなのか。
そんなことを悩んでいると、有賀さんがハッとした様子で言った。
「あっ、ごめん。二人で飲みはまずいよな、藤原が怒るだろうし」
「え、そんなことは……」
有るんだけど、はいとも言い辛い。
「藤原嫉妬深そうだもんな」
有賀さんが苦笑する。意外と雪斗を見ているようだ。
「ちょっと聞きたいことも有ったんだけど無理強い出来ないしね」
「聞きたいこと?」
一体何だろう。わざわざ飲みに行くからにはプライベートに近い内容だろうけど。
もしかして水原さんの話なのかな。
私の警戒心を察したのか、有賀さんが気まずそうな顔になる。
「水原さんに聞いたんだけど、彼女がうちの担当外されたのって秋野さんと揉めたからなんだって?」
やっぱり水原さんの件だった。
「彼女がそう言っていたんですか?」
「ああ、俺が強引に聞きだしたんだけどね。どうしても出入り禁止ってのが腑に落ちなくて」
確かに気になるとは思う。普通はそんなことにならないし。
水原さんは、湊のことも有賀さんに話したのかな。
普通なら言い辛いと思うけど、彼女の場合は分からないから。
「秋野さんと揉めてそれで藤原が怒って処罰されたって聞いたよ」
処罰って……他に言い方は無かったのかな。
「理由は聞いてますか?」
「ああ。秋野さんの前の恋人とちょっとトラブルになったって」
ちょっと?
トラブル?
その程度の認識だって言うの?
私は人生が変わる気がする程ショックを受けたっていうのに。
怒りが込み上げる。でも直ぐにそれを抑えた。
この前、いつまでも気にしないって決めたばかりだ。
いつまでも捕らわれないって、冷静になろうって。
「秋野さん?」
「有賀さんはそのトラブルの内容を聞いてますか?」
「いや、詳しくは」
「……有賀さんは水原さんと付き合ってる訳じゃないんですよね?」
余計なことは言うつもりはなかったけれど、真実を知った方がいいかもしれない。
付き合った後に彼女のトラブルが、恋愛問題だって知ったら有賀さんもショックだろうし。
「ついこの前から付き合い始めたんだ」
えっ? 付き合い始めたって……でも、つい先日水原さんが特定の相手は居ないと言っていたのに。
あれは嘘だったの?
有賀さんと付き合い始めたから湊に関われなくなったから、私に会いに来たの?
湊の様子がおかしいのは彼女に振られたからで……頭の中が疑問でいっぱいになる。
本当に湊も水原さんもいつまで私を悩ますんだろう。
「……水原さんとは確かに個人的にトラブルが有りました。今後は関わりたくないんです」
既に水原さんと付き合ている有賀さんには本当のことは言えない。
「え……」
「有賀さんにこんなこと言うのは悪いと思いますけど」
「いや、俺の方こそごめん。余計な事を聞いて」
「いえ」
有賀さんは私の態度に驚いた様子だったけど、空気を読んでくれたのかそれ以上追求せず、さりげなく話題を変えた。
彼女との事で私への態度を変える気は無いようだった。
できた人だと思う。それだけに有賀さんが心配だった。
水原さんは有賀さんと真剣に付き合っているのだろうか。この先有賀さんが傷付くことが無いといいけれど。
そういえば……彼女が雪斗を訪ねたのは、どうしてだろう。
私に会いたいだけなら、この前みたいに乗り込んでくれば良かったのに。
なんだかモヤモヤとした不快感が胸に残った。
いろいろと気になることは有りながらも、特別なことは起きず時間は過ぎ、展示会の開催日を迎えた。
私はかなり緊張しながら会場入りした。
こういったイベントに参加するのは初めてだし、上手く動けるか心配になる。
そして……一番気になるのは雪斗の元奥さんに会うかもしれないってこと。
仕事中にプライベートを気にしてる場合じゃないと分かっているけど、正直何より気になっていた。
元奥さんを見たいような見たくないような。
知りたいけど、知りたくない矛盾した気持ち。
雪斗は私がこんなに考えてるって気付いてるのかな。
鋭い人だから察してるのかもしれないけど、今のところ何も言って来ない。
何となくだけど、雪斗は奥さんの事を話したくないとんじゃないかな。
自分からは絶対話さない。聞けば軽い調子で答えるけれど、本当は人に話したくない、傷付いた過去なのかな。
そういえば、雪斗の結婚観を聞くのをすっかり忘れてた。
一番重要なことだったのに。
「秋野さん、この製品のカタログはもっと用意しておいて」
最終チェックをしていた有賀さんが、私を振り返り言った。
「は、はい」
慌てて奥のスペースに取りに行く。
途中、雪斗の姿を見つけた。
海外からのお客様と何か話し込んでいる。
少し会話が聞こえて来たけど、早すぎる英語で私には聞き取れない。
ふと思ったけど……雪斗の奥さんって日本人だよね?
まさかの国際結婚?
雪斗なら国籍なんて気にしなそうだ。言葉にも困らないし。
そんな事を考えながら、カタログの束を抱えて有賀さんの下に戻る。
「ありがとう」
有賀さんに指示された通り、カタログをカウンターに並べた。
「この製品は、今回かなり注目されると思うよ」
有賀さんがカタログをペラペラ捲りながら言う。
「そうなんですか?」
今回のメインの製品では無いから意外だけれど、有賀さんが言うなら間違いないだろう。
「会場時間になったらかなり混むよ。秋野さんは始めてだから驚くと思う」
「はい。規模の大きさだけでも驚いていますよ」
電子機器の展示会なんて大して人が来ないと思っていたのに、実際はすごい熱気だ。
「同業者も沢山来るからね」
「そうですね」
雪斗の元奥さんもうちの展示ブースに来るのかな。何だかドキドキする。
「そろそろだよ」
有賀さんが言って少しの間の後、沢山の人が入場して来た。
人の集団は想像以上にエネルギーが有る。
あらゆる所から聞こえて来る話し声と流れる音楽と。
それらを聞きながら、立ち寄ってくれた人にカタログを配ったり商談ブースに案内したり。
細々動いている内に、気が付けば割り当てられた休憩時間になっていた。
迎えに来た雪斗と、二人で来場者に混じり会場を回る。
食事休憩も含んでいるから、わりとゆっくり見学できる。
「疲れただろ?」
雪斗は楽しそうな顔をして言う。
「ちょっとだけ。雪斗も疲れたでしょ、ずっと接客していたもんね」
「疲れてないけど腹減ったな」
「じゃあ先に何か食べる?」
会場内には食事スペースが幾つか有るし、買って控え室で食べることも可能だ。
どちらにしようか聞こうとした時、聞き覚えの無い声が割り込んで来た。
「雪?」
その親しみを感じる声を聞いた瞬間、心臓がドキリと跳ねた。
振り向くより前に、私は相手が誰か予想していた。