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そして女たちも、ゆらりと1歩前に出た。
「なんでだよ」
部下達の謎の行動に、バルドルは首を傾げる。
すると、男達は真剣な顔で、武器を降ろし、ドルナを囲み、拳を構えた。
「ムームーの服をクンカクンカするのは、この俺だ」
「いや、その役目は僕に譲ってもらおうか」
「ふっ、貴様等にはもったいない。あの服は私のディナーとなるのだよ」
超真面目な顔で、安定の変態思考である。
シーカーの中でも若くて可愛いムームーの服が敵対したという事で、その服を合法的(?)に報酬として手に入れるチャンスが到来したのである。
ドルナに乗っ取られていようと、それを追いだす手段は全員にある。半透明になっている部分を切り離せば、ドルナ本体は離れ、服だけが残るのだ。討伐対象を頂いたところで、どこからも文句は出ない。
「いや出るよ! キモイよ!」
ツインテールを振り乱し、ムームーが抗議する。そんな乙女な姿を見て、男達の顔がちょっと気持ち悪くなった。
「いいねその顔、たまんねぇぜ」
『うわぁ……』
横から見ていたピアーニャとミューゼはドン引きである。
ムームーはさらに抵抗するべく、男達を睨みつけた。
「本当にやめて? だってわたし──」
「だいじょおぉぶ!! 男達にムームーの服を喰わせるわけにはいかないわ!」
ムームーの言葉を遮って、今度は女達がドルナの前に躍り出た。
「ムームーの服は、アタシ達がいただく!」
「なんで!?」
「そんなの、顔を埋めて色々するに決まってるじゃない」
「トーゼンよねー」
「色々って何!?」
「なんできまってるんだよ……」
ムームーの着ぐるみは、男女問わず、ほとんどのシーカーに狙われていた。
その変質者達の鋭い視線に晒され、ドルナも引いている。逆さニンジンが複数の蔓を足にして立っていて、後退りする為にうねうねと動かしている。
「ムームーの触手か……」
「アリだな」
「待ってアレわたしじゃないから! わたし触手無いから!」
真面目な顔で変なことを言い続けるシーカー達に対し、ムームーはひたすら慌てふためいている。ちょっと涙目にもなっている。
ピアーニャはドルナの事が、ミューゼはムームーの事が哀れに思えてきた。
「まぁムームーって可愛いからなぁ……」
「……そうなんだがなぁ」(いまのうちに、ドルナとらえるか……ん?)
「お先に頂くぜ!」
ピアーニャが雲で檻を作ってドルナを捕らえようとした矢先、1人の男が突然飛び出した。狙いはもちろん着ぐるみ捕獲。両手を広げて抱きしめるつもりである。
「やめてええええ!!」
ムームーの、嫌悪感満載な叫びが辺りに響く。
同時に別の者達が動いた。
『させるかーっ!』
「ぐおっ!」
男の突進を止めたのは、別のシーカー達3人の魔法だった。そしてすぐに、一斉にドルナへと向き直る。
ドルナはビクッと体を震わせ、慌てて蔓を伸ばす。身を守るつもりだろう。
「ムームーの服は」
「オレが」
「いただくわ!」
気持ちは1つに、しかし互いは敵に。周りのシーカーへの攻撃を第一に、我先にとドルナに近づいて行く。当然他のシーカーも黙ってはいない。ドルナに攻撃が当たらないように、しかし逃がさないように注意しながら、仲間に危害を加える為に動き出す。
こうして、シーカー達による「ムームーの脱ぎたて着ぐるみ争奪戦」が始まった。
「しごとはいいのかオマエら!」
「何やってるのよ……」
「いきなり大騒ぎリムね」
「ワけの分かラない行動でス」
「おぉ……」(なんで服が勝手に動いてんの? 逆さまだからイカみたいになってるし)
騒がしくなった事に気付いたアリエッタ達が、小屋から顔を出し、その騒ぎを眺めていた。着ぐるみを囲んでの大乱闘は、徐々に激しくなっていく。
「あのドルナ、キョロキョロしてるけど、動けなさそう」
「アレもう完全に逃げ場失ってるのよ。いっそ哀れなのよ。総長はどうするつもりなのよ」
その総長は、呆れ顔で成り行きを見守っている。ドルナが逃げなければ問題は無く、逃げたとしても簡単に追うことが出来ると判断したのである。
「……総長さん、やる気なさそー」
「うーん、あれはすぐには動かないのよ」
「こうなったら、封じられし我の力であの愚か者どもを葬──」
「らなくていいのよ。封じられてるのにどうするのよ」
パフィ達も呆れざるを得ないこの状況。ピアーニャの代わりに、何か打開策でも打てないか、考える事にした。
何をしていいのか分からないラッチは、無駄にポーズを決めつつ、ドルナを見張る事にした。
不思議なポーズで見られ、ドルナが警戒を強める。
パフィに抱擁されたまま様子を見ているアリエッタは、頑張って状況を把握しようとしていた。
(みんな、あの動く着ぐるみをどうしたいんだ? カッコイイところを見せたいのか? 頑張って攻撃が当たらないように暴れてるけど……)
そもそもドルナという存在を理解していないので、正しく把握出来るわけがない。推測だけで動くべきかどうか迷っていると、パフィがバッグからゴソゴソと白い物を取り出した。餅である。
「コレであの服を捕まえるのよー。【フルスタ・ディ・リーゾ】」
餅を伸ばして、ドルナを捕まえる事にしたようだ。粘着性のある餅は、捕縛にはピッタリである。
しかし、餅はドルナに当たる直前、魔法の水をかけられて粘着性を失い、回転する刃でみじん切りにされ、鈍器によって散らされた。
「……あいつら邪魔なのよ」
妨害したのは、もちろん周囲で暴れているシーカー達である。これまで互いを牽制し合っていたというのに、ドルナに対する攻撃だけは確実に止めにかかってきた。そして再びにらみ合う。
その一連の流れを見ていたアリエッタは、真面目な顔つきになって、パフィの手を握る。
「! うふふ、アリエッタったら♡ 怖いのよー? 守ってあげるのよー」
突然手を握られたパフィは、だらしない顔になってドルナに対する行動を諦めた。屈んでアリエッタを抱きしめ、頭に顔を埋めて香りを堪能し始める。
頭の感触に少し力が抜けるアリエッタだったが、先程のパフィの行動を継ぐ為、筆を握った。
(つまり、あの人達をどうにかやっつけて、着ぐるみを動けなくすればいいんだな)
色々と間違っている。捕縛はともかく、何故やっつけるという発想になったのか。
こうしてやるべき事を決め、小屋の壁に絵を描き始めた。
パフィとラッチは、そんな行動を不思議そうに眺めている。そして、徐々に驚愕の顔になっていく。
「パフィはあきらめたのか?」
「……んー?」
遠くからパフィ達の様子を見ているピアーニャとミューゼ。餅が伸びてきた時はありがたいと思ったが、続いて動く気配が無い。まぁ下手な事をして、トチ狂ったシーカーがアリエッタに向かっていかないとも限らないので、慎重なのは良い事である。
パフィからの手助けは、あればラッキーという事にして、今は少しシーカー達が疲れるのを待つ事にした。
一緒に様子を伺っているバルドルが、感心したように呟いた。
「こいつら、こんなに根性あったのか……」
「いや、コンジョウじゃなくて、ヨクボウだろ」
「確かに。どんな苦境に立たされても、例え力尽きても、最後に自身を奮い立たせるのは心だった」
バルドルは胸を指差し、真っ直ぐな目で、全力で暴れる部下達を見つめる。
ピアーニャとミューゼは、「何言ってんだコイツ……」と言いたげな目で、バルドルを見つめる。
「人の想いには限界が無いのかもしれないな。こんな事に、支部長になってから気付かされるとは、俺もまだまだ未熟だという事か」
「そーゆーマジメなコトは、シリアスなときにいえよ」
「最初から全部台無しですよ」
「……ちょっと黙っててくれねぇか?」
結局ドライなツッコミに負け、男は現実逃避から戻り、そっぽを向いた。
そんなやり取りをしている間も、シーカー達はムームーと着ぐるみをいやらしい目でチラ見しながら、他者を脱落させる為に攻撃をエスカレートさせていく。既に何人か倒れ、乱闘の外側に追い出されている。
「ふむ、先に脱落した奴らは今度特訓してやるか。えーっと、ゼナとクシュラと…お、ヤドリーも落ちたか、後はー……」
(うぅむ、キノドクだが、わるいコトではないな)
バルドルが、負けた者から順に名前をメモしていく。ファナリアに帰った後の過酷な運命が決まってしまったようだ。
そんな事をしていると、なんとか絶望から立ち直ったムームーが、ピアーニャの元へとやってきた。
「アレ止めてくださいよ。なんならあの服壊してもいいですから」
「……諦めたら?」
「いやいやいやいや! 終わったらわたしの服の匂い嗅がれるんだよ!? 気持ち悪いでしょ!」
「そ、そうねー……」
(コイツ、アリエッタのフクのにおいとか、やっちまってるな?)
ミューゼは目を泳がせ、動かないというアピールを……しようとしたところで、それを見つけてしまった。
「え、何……」
「どうした……は?」
ミューゼを睨んでいたピアーニャも、ミューゼの視線を追い、それを見た。
「ミューゼオラ? ナニかしたか?」
「いえ? 魔法なんて使ってないですけど」
「じゃあアレは?」
2人が見たものは、小屋の方からウネウネと伸びている、太く長い数本の蔓だった。
「あたしの魔法と同じモノですね?」
ミューゼの植物魔法【縫い蔓】は、植物の蔓を自由に伸ばし、操る魔法である。
植物魔法はファナリア人の中でミューゼしか使えない…という事は無いが、高度かつ自由に使いこなせるのは今はミューゼとその家族しかいない。他の者が同じ魔法を使っても、長さは頑張っても人の身長くらい、太さは細腕にも満たない。それも1本が限界である。
ネフテリアがミューゼをお触りしながら植物魔法を分析したところ、分類的には『命』の魔法だが、極めると『命』と『水』の合成魔法という高度な魔法になるという事が判明した。ミューゼと同じくらいまで極めるには、物質を魔力だけで操作する程の魔力操作技術に加え、植物の詳しい知識も必要で、かなり難しいという。それこそミューゼのように、他の魔法属性が上手く扱えなくなるまで特化する事になる程である。
そんな魔法の蔓が、別の所から伸びているのだ。キュロゼーラも驚いている様子なので、ネマーチェオンは関係無い様子。
「……アリエッタ?」
(あ、これもうダメなやつだ……)
蔓の根元を見ると、小さな少女がやる気に満ちた顔で立っているのを見つけた。
もうその時点で、ピアーニャは嫌な予感しかしないのだった。