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第15話 秘密
あらすじ
湯ノ内の組み立てる盤上から抜け出せない大森。
味方であったはずの若井の様子にも徐々に翳りが見えて…
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ライブ終わりのような開放感と倦怠感が身体を包む。
大森は 湯ノ内に寄りかかると、荒い呼吸を繰り返した。
自分の身体が汗ばんでいて、気持ちが悪い。
絶頂の反動なのか、浮いていた心が急激に落ちていく。
同時に絵の具が溶ける様に、心に虚しさが広がった。
今まで、信じていた愛情も
本当は性欲に操られていただけという落ちだったらどうしよう。
大森は突然、泣きたい様な気持ちになった。
愛する人からの刺激ではなく 湯ノ内からの刺激で、初めて絶頂を覚えた。
その事実が大森の自尊心を、どろどろと溶かしていく。
俺って屑だな
心の中で、ひっそりと傷ついた。
じわっと滲んだ涙で視界が滲むと、湯ノ内が大森の顔を覗き込んだ。
大森は、つい顔を顰めると唇を噛む。
湯ノ内は微笑むと、猫なで声で話しながら大森の頭を撫でた。
「ちゃんとイけたじゃないか、いい子だ」
大森の中にむせ返るほどの嫌悪感が湧き上がった。
腕を強く引いて、若井の拘束から逃れると湯ノ内の腕を払い除けた。
腕同士がぶつかり、乾いた音が鳴る。
大森は殺意を込めた瞳で、湯ノ内を睨みつけた。
湯ノ内が初めてだという事実を、自分でも認めたくなかった。
もちろん、湯ノ内にも悟られたくない。
大森は口を開くと呆れたようなに吐き捨てる。
「こんなんで愛の証明になんの?
手軽でいいね」
大森の言葉に湯ノ内が眉を上げると、頷いて言う。
「その通り、これでは不十分だ
私も満足はしていないよ」
大森は眉を寄せて、舌打ちをする。
まだ何かやらないといけないのか。
口を開くと、ぶっきらぼうに言った。
「めんどくさ、もう帰して」
大森がちょうど言い終わるタイミングで、湯ノ内は首輪を真上に引っ張りあげた。
大森の喉が締まると、喉から勝手に呻き声が出る。
「う゛、ぅ…」
大森は反射的に喉元の首輪を掴む。
自分の爪で喉元を引っ掻いてしまい、 掠り傷がついた。
湯ノ内が薄ら笑いを浮かべて、話す。
「君はまだ自分の立場を弁えてないのかい?」
湯ノ内は 首輪を緩めてから、ぴんと引っ張る
その動作を何度か繰り返した。
突発的に何度も喉が締まるので、その度に大森は呻き声を上げる。
湯ノ内が淡々と話を続けた。
「さっきまで犬のように喘いでいたじゃないか」
首輪が引っ張られる反動で、頭ががくがくと揺れる。
生理的な涙が瞳に滲んだ。
湯ノ内の動きが止まると、囁くように言う。
「私が満足するまで、奉仕するべきじゃないか? そう言いなさい」
しかし、大森は湯ノ内には目線を向けず、ただ空を見つめた。
もう帰りたい、限界だ
そう心が叫んでいるのに “満足するまで奉仕します” などと言えるはずがない。
逃げ場を見失った思考は現実逃避を始めていて、少しも動かない。
抜け殻のような雰囲気で項垂れていると、湯ノ内が突然立ち上がった。
湯ノ内の膝の上に座っていた大森は、滑るように落ちる。
同時に湯ノ内は、首輪を真上に引っ張りあげた。
一時的に息を忘れるほど、強く喉が締めつけられる。
大森は慌てて床に足をついて立ち上がった。
しかし身長160弱の大森に対して、湯ノ内の身長は180を超えている。
湯ノ内が腕を上に伸ばしてしまえば、大森がどれほど背伸びをしても太刀打ちできない。
大森は苦しさに身を捩りながら、湯ノ内に縋った。
湯ノ内は縋ることを許しながら、首輪は決して緩めない。
大森の立場を、じっくりと覚え込ませた。
すると、それまで唸っていた大森が少しづつ静かになっていく。
湯ノ内の服を掴んでいた指が、固まるように動きが止まった。
そして突然短く呻くと、両手で自分の喉を抑えた。
その指先も顔も真っ青だ。
誰の目から見ても、そろそろ不味いというのが分かる。
若井は弾かれたように湯ノ内に駆け寄ると腕を掴んだ。
涙を瞳に溜めながら、勢いよく頭を振って湯ノ内に懇願する。
「も、もうやめて…ください!!」
湯ノ内は冷めた視線を若井に向けた。
若井には興味が無いと言うが、嫌でも伝わる目つきだ。
湯ノ内が口を開くと、若井に言う。
「そう言われても困るね
ゲームを放棄した君達に発言権はないよ 」
湯ノ内がそういう間にも、刻一刻と時間が過ぎていく。
ついに大森の力が抜けると、首元を掴んでいた手が落ちた。
同時に湯ノ内も首輪から手を離す。
ぐらっと後ろ向きに倒れる大森の身体を、若井が受け止めた。
「元貴!!」
若井は名前を呼びながら大森の様子を観察する。
大森はまるで眠っている様で、力を抜いたまま瞳を閉じて項垂れている。
若井は大森の頬に触れながら、もう一度名前を呼ぶ。
「元貴…」
それでも反応しないので大森の頬を強めに叩く。
しかし、反応は返ってこない。
「…え、え?」
若井が瞳を泳がせながら、単語を繰り返す。
このまま目を覚まさないんじゃないかと、恐怖が膨れ上がった時
大森のまつ毛が揺れる。
若井は息を飲んで、大森の表情を観察した。
すると、大森が小さく唸る。
「ん、ぅ…」
そして、眠りから覚めるように薄く瞳を開けた。
若井は大森の肩をぐっと掴むと、確かめるように名前を呼ぶ。
「元貴…」
大森がぼんやりとした瞳で若井の方を見る。
「…ん」
大森が寝起きの様な声を出す。
若井はそれでも心配が治まらず、さらに声をかけた。
「…大丈夫?」
大森はこくっと頷くと、遠くを見つめた。
「なんか夢…みてたかも」
若井はオウムのように聞き返した。
「…夢?」
大森が二、三回 瞬きをする。
ぼんやりとした瞳の輪郭がはっきりしてくると若井を見つめた。
「今…俺どうなってた?」
若井は、つい肩を強く握って答える。
「たぶん…気絶してた」
大森は頷くとあっさりという
「そっか」
そう言うと立ち上がろうとするので若井は肩を強く掴んで、それを止めさせる。
大森は瞳だけを動かして若井を見た。
若井は、見つめ返すと懇願するように言った。
「もう帰ろうよ」
大森が小さく顔を振ると、小声で呟く。
「ごめん」
そう言うと若井から目線を外して、身体を起こす。
若井は説得する言葉を必死で探したが、思い付かない。
何を言っても、湯ノ内が不都合な動画を持っている事実は変わらない。
あの動画が流出すれば、ミセスも大森自身も大きな傷を負うことになる。
その事実が動かない限り、大森に対する説得は無意味だ。
大森は若井に支えられながら、立ち上がると湯ノ内の方に身体を向ける。
一歩踏み出すと、支えている若井の腕を振り払った。
若井はつい、驚いて呟く。
「え…」
大森はそんな若井の様子など気にもせず、一人で湯ノ内に向かっていく。
そして、おもむろに自分で首輪の紐を掴むと、それをぐっと引っ張った。
大森はじっとりと絡むような目付きで、湯ノ内を見ると顔を寄せる。
「はい、どうぞ」
大森は、その紐を湯ノ内に握らせる。
湯ノ内は目を細めると首を傾けて、大森の意図を探った。
大森は薄ら笑いを浮かべた後、肩を竦めながら口を開く。
「なんか、1回経験したら…怖くなくなっちゃった」
大森はあっけらかんとした様子だ。
しかし湯ノ内は、これが簡単に克服出来る恐怖ではない事を知っている。
恐らく、少しでも湯ノ内よりも優位に経つために強がっているのだろう。
湯ノ内は口角を片方だけ上げると、口を開く。
「あぁ、物足りなかったのかな?
なら次は強めのを体験してみようか」
次もあると言うことを示唆するように言葉を選んだ。
これで少しは怖気付くだろう
大森は湯ノ内をじっと見ると呟く。
「…強め?」
大森が聞き返してくるが、湯ノ内は答えない。
腕を組むと、大森の次の行動を待つ。
大森の口の端がうずうずと動くと、耐えられなかった様子で吹き出した。
「っく…あはは!!」
この場にいる者、全員が困惑した顔付きで大森を見た。
もちろん湯ノ内だけではなく、藤澤や若井もなぜ笑ったのか意味が分からない。
大森はひとしきり笑ってから、息をゆっくりと吐く。
そして、足元を見ながら首を振った。
「いいよ、そんなこと言わなくて」
大森は顔を上げると、真っ黒な瞳で湯ノ内の顔を覗き込む。
「湯ノ内さん…さっき殺さないように手加減してたでしょ」
大森が首を傾げると、口角をあげる。
黒い眼光と対照的に童顔に見える顔の造形が、異様な雰囲気を生み出した。
「僕ね、これじゃ死なないって分かっちゃった」
そう言うと、大森は湯ノ内の手を握った。
顔を寄せると、甘い声で囁く。
「次とか言うなら、ちゃんと殺して」
大森は、湯ノ内の手を握りながら腕を頭の上にあげた。
相対的に首輪の紐も引っ張られる。
続けて大森は、ねっとりとした口調で話した。
「ほら、人の恐怖が好きなら出来るでしょ?」
湯ノ内は、外見上は冷静を装った。
口角を上げて、時間稼ぎの言葉を発する。
「君が自殺志願者だったとは、意外だね」
しかし、内面では渦のように思考が乱れていた。
これは、湯ノ内を牽制する為のブラフか。
それとも、湯ノ内も地獄に連れていこうと一線を超えさせる為の誘惑なのか。
どちらにしろ、大森を殺しても湯ノ内に得はない。
しかし湯ノ内は試しに、紐を強く上に引っ張った。
これで大森の瞳に、微かでも恐怖が滲むようならブラフだろうと考えたからだ。
大森は引っ張られた反動で、がくっと頭が動いた。
だが、瞳は揺れること無く湯ノ内を見据えたままだ。
代わりに恐怖ではない別の感情が、大森の瞳の奥でチラついた。
まさか、本当に殺されても良いと思っているのか。
大森の意図が掴めない。
すると大森がそっと囁く。
「…迷ってるの?」
湯ノ内はその言葉で瞳が揺れた。
大森は何故か愛しそうな顔をすると、湯ノ内の頬を撫でる。
「怖いの?」
湯ノ内は頭の中で、これまでの会話の流れを頭に描き起こした。
なぜ突然、大森は捨て身な行動を取り始めたのか。
それほど追い込まれていると言う事なのか。
湯ノ内は目の前の大森を観察する。
大森の瞳には強い正気が漂っている。
表情も、とても 追い込まれている人間には見えない。
大森は続けて話す。
「僕がいいって言ってんだからいいんだよ、ほらやってごらん」
湯ノ内は大森を見下ろすように見ると、冷たいトーンで話した。
「残念だけど、君を殺そうとまでは思わないね」
すると、大森は少し口を尖らせて質問をした。
「へー、なんで?」
湯ノ内は、胸の前で腕を広げるとあっさりと言った。
「単純な理由だ
君にそこまでの魅力はない」
大森の目付きが少し変わった。
湯ノ内を抉るように見つめると口を開く。
「…人、殺そうって思った事あんの?」
湯ノ内は答えずに意図的に沈黙を作った。
大森も表情を変えずに、冷たいトーンで話を続けた。
「湯ノ内さん、正直ないでしょ
自分が1番可愛いもんね?」
湯ノ内は目を細めると大森を観察する。
「何が言いたのかな?」
湯ノ内がそう言うと大森は一瞬、笑いを堪えるような顔をした。
そして、それを隠すように口元を手で抑える。
「いや、なんか…
湯ノ内さん意外と普通の人だなって」
湯ノ内は意識的に口角を上げた。
大森がブラフを仕掛けているかどうか
その答えを導き出さなくとも、この言葉が挑発の意図を含んでいることは分かる。
「たった数時間で私を理解したつもりか 」
大森は被せるように言う。
「似た者同士だからじゃないですか」
湯ノ内はつい眉を顰めた。
「私と君がか?」
湯ノ内は呆れたように笑うと、首を振る。
「いいや、私は君のように夢見がちではないよ」
湯ノ内がそう返すと、大森は首輪を掴んで揺らした。
金属同士がぶつかると、チャラっと音が鳴る。
「じゃあ、湯ノ内さんが求めてたのってこれ?」
大森が首を傾げると不思議そうに言う。
「こんな分かりやすい支配でいいんだ?
なんか誰でも思い付きそうだけど」
湯ノ内は背筋をぐっと伸ばすと首輪の紐を掴んで、上に引っ張った。
大森は喉がぐっと締まったので、小さく呻き声を上げた。
湯ノ内が珍しく、怒りを込めたトーンで呟いた。
「君の為に分かりやすくしてあげてるんじゃないか」
大森は首輪を引っ張られながらも、湯ノ内から視線を外さない。
大森が唇だけを動かして話を続ける。
「…本当は?」
湯ノ内の瞳に苛立ちの色が広がった。
大森の肩に手を置いて ぐっと握ると、ゆっくりと低い声で諭す。
「どう足掻いても君の立場は変わらない
いいか、大森くん?
君の運命を 握っているのは誰なのか
もう一度、よく考えなさい」
そういうと湯ノ内は、大森の頬にかかっている髪の毛を甲斐甲斐しく整えた。
大森は眉間に皺を寄せる。
すると、湯ノ内が 命令口調で言った。
「跪きなさい」
大森が驚いて目を見張る。
湯ノ内は瞳を逸らさずに、大森を見下ろした。
大森は目線を床に落とすと、まつ毛が揺れる。
しばらくの葛藤の末、ゆっくりと脚を折って床に膝をつけた。
大森は悔しさを抑えるように、下唇を強く噛む。
湯ノ内は大森の注意を引きつけるように、首輪を引っ張った。
床に座り込んだ大森が顔を上げると、湯ノ内はその表情を 舐めるように見渡した。
大森の悔しそうな表情に、目を細めると口を開く。
「君の飼い主は私だ」
湯ノ内はネクタイを整えながら、大森を見下ろす。
「君が違うと言うのは自由だ
しかし、それなら私も君を守る義理はない 」
湯ノ内はソファーに腰を下ろすと、余裕を示すように腕を広げた。
「君は頭がいい
そうなれば、どんな事が起こるか分かるだろ? 」
そう言うと、足を上げて大森の顔の前に靴の裏を持っていく。
「舐めなさい」
床に座り込んでいる大森の眼光が燃えるように光る。
対して湯ノ内は腕を組むと、見下すように大森をみた。
大森は奥歯を噛み締めると、湯ノ内の靴の裏を凝視する。
耐えきれずに息を吐くと、誰もいないはずの床を睨みつけた。
数秒の葛藤の後に顔を上げると、靴の裏に顔を近づける。
唇を薄く開くが、これがどれほど汚いのかを想像してしまい躊躇する。
大森の身体がふらふらと揺れると、真っ黒な瞳がじわっと潤む 。
今すぐ、泣き出してもおかしくないような雰囲気が漂った。
湯ノ内はその様子を注意深く観察した。
やはり、こうして見ると普通の子に見える。
しかし、彼が時折見せる異常性は一体なんなのだろうか。
湯ノ内の頭の中に、この疑問がやたらと残った。
あれの根源を探りたい。
一方、大森は湯ノ内の命令を実行しようと靴の裏に顔を寄せた。
顔を傾けると、少しだけ舌を出す。
そして、出来るだけ舌が汚れないように舌先で少しだけ触れる。
顔は靴を舐めているように動かしたが、舌はほとんど触れていない。
湯ノ内は、その微かな抵抗を見逃さなかった。
上半身を前に倒すと、大森に指示をする。
「もっと舌を出しなさい」
大森の眉が下がると、湯ノ内を見つめた。
懇願するような瞳の温度に、湯ノ内の内面で支配欲が湧き上がる。
「今更そんな顔をしても遅い」
湯ノ内はそういうと、大森の唇を指でなぞった。
大森のまつ毛が揺れると薄く空いた唇から、そろりと舌を覗かせる。
湯ノ内は、その舌の端を指で撫でた。
大森は、びくっと肩を跳ねさせると舌をしまった。
湯ノ内はもう一度、指示をする。
「舌を出しなさい」
大森は恥ずかしそうすると唇を噛んだ。
そして身体を微かに震わせながら、もう一度舌を出す。
湯ノ内は、その舌の形をなぞるように親指で撫でた。
大森がくぐもった声をあげる。
湯ノ内の瞳の奥が光ると、口の中に親指を入れ込んだ。
指の先で上顎を撫でると大森が艶のある声を上げる。
「んん゛…ぅ」
その時、湯ノ内が低い声で笑った。
大森は自分が笑われたのかと思って目線を湯ノ内に投げた。
しかし、湯ノ内は若井の方を見ていた。
大森も釣られるように、若井を見る。
若井は、湯ノ内と目線がぶつかる直前に目を逸らした。
拳を握ると、ソファーの上で身体を小さくして縮こませた。
湯ノ内が口を開くと若井に向かって言う。
「もう少し隠したらどうだ?
そんなに表情に出したら誰でも分かる」
大森はきょとんとすると、若井を見つめた。
対して、若井は顔を上げると笑顔で言う。
「…え、なんですか?」
湯ノ内が目を細めると、若井に指示する。
「こっちに来なさい」
若井の顔が強ばった。
戸惑いながらも一旦立ち上がるが、何故かもう一度座る。
そして再び立ち上がると、ゆっくりと湯ノ内の元へ歩いていく。
大森は不安を隠しきれない顔で湯ノ内と若井を交互に観察した。
湯ノ内は大森に視線を移すと、言う。
「よく考えてみれば 靴裏を舐めさせるのは少しやりすぎだ
うん、可哀想だね」
大森は、つい眉を顰めた。
湯ノ内が、そんな単純な優しさを持っているはずが無いからだ。
何か余計な事を言う前兆だと察知して身体が強ばる。
湯ノ内が口を開くと大森に指示する。
「代わりに彼の唇を舐めなさい」
大森はつい肩を竦めた。
意味は伝わっていたが、大森は聞き返す。
「…彼?」
湯ノ内の口角がぐっと上がる。
「若井くんの事だ」
大森は耐えられず俯いた。
身体中から血の気が引いていく。
唇を舐めろってなんだ?
大森はそれだけでは終わらない気がした。
その先に進めと言われたらと想像すると、どうしようもない不安が湧き上がった。
湯ノ内の声が上からする。
「どうしても嫌だと言うなら、仕方ない
しかし、飼い主の指示には従った方が良いと思うけどね」
そう言うと湯ノ内は口角を上げて若井を見た。
「若井くんもそう思うだろ?」
若井は笑顔を浮かべたが、対称的に瞳はふらふらと揺れた。
湯ノ内の視線で口角の端が引き攣ると、泣きそうな顔をした。
その頃、大森はもう心を固めていた。
顔を上げると、立ち上がる。
若井は、ぐっと上着に引っ張られたので大森の方を見た。
不意をつくように大森は、若井の唇の端に唇を寄せた。
大森の柔らかい唇がふわっと当たった瞬間、それよりも柔らかい物が口の端に当たる。
若井が息を飲んでいる間に、大森は舌の先でぺろっと口の端を舐めた。
ほんの一瞬だったが、若井はその感覚を覚えてしまった。
濡れていた舌先、そこから伝わる大森の微かな躊躇、それが生み出す淡い快感。
それだけで、若井の下腹部が焼けるように疼いた事。
若井は全てを忘れたかった。
大森が離れると罪悪感に潰されるように、足元を見つめた。
色んな感情が混ざって、大森の顔を見れない。
しかし、残酷にも湯ノ内は咎めるように言う。
「なんだそれは?
ただのキスにしか見えなかったね
私は舐めろと言ったはずだ」
大森は、眉を顰めながら拳を握ると若井をちらりと見た。
しかし、若井は俯いていて大森の視線に気づかない。
湯ノ内が口角を上げると囁く。
「もう一度やりなさい」
若井の鼓動が速くなる。
もう一度、体験出来る嬉しさが身体中を駆け巡る。
しかし、もう一人の自分は頭を抱えていた。
大森は友人だ。
いや、それ以上にミセスのフロントマンだ。
友人であって仕事仲間。
これだけでも複雑に考えてしまう大森に、さらに恋心まで押し付けたら
若井は想像しただけで気が滅入った。
だからこそ、この恋心を悟られる訳にはいかない。
若井は心を固めると、ぐっと拳を握りしめた。
コメント
28件
ぴりちゃ続きありがとう✨ めちゃ展開面白いよ~😭まじで続き気になる
続き出るまで毎日確認してずっと待ってました ほんとこの作品大好きすぎるので、続きがでるの楽しみにしてます!
待ってました!✨続きも楽しみに待ってます🥰