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第16話
あらすじ
若井は 大森に抱いている恋心を悟られないようにと心を凍らせる。
しかし、湯ノ内の命令は徐々にエスカレートしていく…
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大森は友人であって仕事仲間。
これだけでも複雑に考えてしまう大森に、さらに恋心まで押し付けたら
若井は想像しただけで気が滅入った。
だからこそ、この恋心を悟られる訳にはいかない。
若井は心を固めると、ぐっと拳を握りしめた。
そっと息を吐くと、大森を見る。
大森もこちらの様子を伺っていた様で、目が合う。
しかし、目線がぶつかると大森は瞳を逸らしてしまった。
その様子に、若井も戸惑って目を泳がせる。
一方、大森は誰もいない所を見つめながら葛藤を続けていた。
湯ノ内の指示に従った方がいいと言う事は理解している。
だが、これをする事で若井との関係性が変わらないか不安だ。
流石に嫌われることは無いだろうが、気まづくなる可能性は十分有り得る。
それでも、大森はやはりミセスを守るべきだと考えた。
ミセスは言ってしまえば、概念のような物で柔軟性があるものではない。
対して、若井は人間だ。
ある軽度なら融通が効く。
その分、許してくれる可能性も高い。
それなら、守るべきはミセスで正しいはずだ。
…本当に?
大森の危機感が囁く。
人間の方が生きているのだから、簡単に修復は望めない。
下手したら、壊れてしまえばそれまで
もちろん、変わりの効くものでもない。
大森は思考の渦の中でぐるぐると廻る。
だったらミセスを壊すのか?
お前にそれが出来るのか
大森はゆっくりと一歩若井に近づいた。
俯いていた若井は目線を上げて様子を見る。
すると、大森も一瞬だけ目を合わせた。
そして、再び視線を逸らすと小さい声で言う。
「…ごめん」
若井は首を振ると言葉を返す。
「…ううん」
大森は瞬きを二回すると、若井の上着を掴んで引っ張った。
もう少し寄って欲しいのだろう。
しかし、若井は動けない。
今、自分から寄ってしまったら何かが爆発しそうだった。
すると、代わりに大森が一歩寄ってきた。
若井はつい眉を寄せて瞳を閉じた。
これはこれで、何か湧き上がる物がある。
若井は息を吐いて、それをどうにか抑えた。
大森が顔を寄せてくるのが気配で分かる。
若井は大森の目を見ないように、足元を見ていた。
すると、大森が踵をぐっと浮かせた。
若井と唇を合わせるには、身長が足りないのだろう。
あ、かわいい
そう思った瞬間、大森の舌が唇を舐めた。
若井は微かに息を吐いた。
てっきり、さっきのように唇が触れてからの舌の感触が来ると思っていた。
なので小さなサプライズに、背骨がぞわっとなる。
唇に触れている大森の舌がぬるっと動く。
そして舌先ではなく、それよりも深い場所で唇を舐めた。
若井は腰が動くのを、抑えられなかった。
むず痒いような快感が下に集まっていく。
やばい、立ちそう
若井は焦った。
今、そうなったらまずい。
対して、大森は不安な気持ちになりながら若井の様子を伺う。
しかし若井は大森に目線を向けずに、そっぽを向いている。
なので単純に羞恥心を抱いているのか、それとも嫌悪感が湧いているのか
正直、掴めない。
さらに、よく観察すると若井の呼吸が少し早い気がした。
大森は、その若井の反応に違和感を感じた。
しかし、湯ノ内の発言で意識がそちらに向く。
「さて、次のステップに進もうか」
若井と大森は、ほぼ同時に湯ノ内を見つめた。
「…次?」
若井が聞き返す。
湯ノ内は若井を見ると話す。
「今のがキスだとすれば、次はなんだと思う?」
若井は困ったように眉間に皺を寄せながら湯ノ内の言葉の続きを待った。
湯ノ内はソファーに座りながら足を組み直すと口を開く。
「君に聞いているんだよ、若井くん」
「え!?」
本当に予想外だったのだろう。
目を見開くと、大森と湯ノ内を表情を交互に観察する。
模範的な解答が何なのか探っているように見える。
しかし、探り切れなかったのか困ったように笑うと言った。
「…すみません、分かんないです
なんですか?」
しかし、湯ノ内も逃がすつもりは無いようだ。
さらに追い詰める。
「なぜ私の顔色を伺う?
君の意見を聞いているんだ」
大森はつい眉を顰めた。
若井はこういう言い方をされると、途端に自信を無くしてしまう。
案の定、若井は困ったように笑うと俯いてしまった。
若井は基本的に自分の考えを主張する事が苦手だ。
本人は考えが浅くて薄いからと嘆くが、大森はそうじゃない事を知っている。
会話は自分だけの考えを押し付けるものでは無いと理解しているからだ。
だからこそ、若井は相手の気持ちを引き出す事に長けている。
しかし、湯ノ内は人の弱みしか見えていないのだろう。
しかもタチの悪い事に、そこを集中的に攻撃してくる。
大森は、湯ノ内から若井を隠すように立ち塞がると口を開いた。
「湯ノ内さん
人に質問するなら、まず自分の意見言ったらどうですか?」
すると、湯ノ内はわざとらしく頷いた。
「確かにそうだ
私の意見を言っていなかったね」
大森はその言葉や行動に演技じみた雰囲気を感じて、眉を顰める。
対して、湯ノ内は指で顎を撫でると考える仕草をした。
「…私ならね、大森くんの服を脱がせて」
そう言いながら若井の様子を舐めるように観察した。
後ろに立っている若井の呼吸が速くなる。
湯ノ内は目を細めると、囁くように言った。
「到底、叶わないと思っていた夢を叶えるね」
若井が後ろで息を飲んだのが、分かった。
同時に、大森はその言葉だけで全てを理解した。
今のは若井に向けた言葉だった。
到底、叶わない夢
湯ノ内が大森に触れる事をこう表現する訳がない。
一方、後ろで息を飲んだ若井には緊張感が漂っていた。
自分の想いが湯ノ内に透けている事が分かったのだろう。
つまり、図星を突かれて息を飲んだという事だ。
大森は後ろを振り向けなかった。
どんな顔をいいのか分からない。
服を脱がせたいと思われているんだろうか。
到底叶わない夢って
それを想像した大森は、身体が一気に熱くなった。
その熱が顔に上がっていく。
大森は耐えられず、自分の口元を覆った。
若井の声が後ろからする。
「え、え… あ、
湯ノ内さんはそうなんです、ね」
大森はつい、ぎゅっと目を瞑った。
いつもよりも明るく感じる声のトーン、独特な息の使い方。
若井が核心を突かれて、これ以上触れてほしくないと思っている時の反応だ。
あぁ、本気で俺が好きなんだ。
確信を持った大森は、一番初めにどうしようもない申し訳なさが押し寄せた。
それならさっき、どんな気持ちで大森の行為を受けたんだろう。
好きな相手から、形だけのキスをされて
それだってミセスを守るためのエゴで
大森は顔を上げられず、微かに震えた。
取り返しの付かない事をしてしまった。
ほら、だから言ったのに
過去の自分が脳裏で囁く。
俯いていると湯ノ内の声が聞こえる。
「まずは、大森くんの服を脱がせないと始まらないんじゃないか」
今回の湯ノ内の言葉は質問ではなく、指示だ。
二人ともそれを感じ取っていた。
しかし、どちらも固まった様に動かない。
大森は服を脱ぐどころか、若井の方すら見れなかった。
一方、若井は大森がここまでリードしてくれた事に申し訳ない気持ちがあった。
なので、自分からも動きたいとは思っている。
しかし好意を抱いている分、大森から浅ましいと思われないか。
それが、不安だった。
もちろん若井は 大森に勘づかれている事に、まだ気がついていない。
それでも、大森から悪く思われるんじゃないかと怖気付いていた。
それぞれの想いの重さ故に、お互い一つの行動すら取れない。
ただ沈黙が流れた。
若井が、後ろでそっと息を吐く。
大森は肩を強ばらせた。
若井の緊張した声が後ろからする。
「元貴…」
大森が微かに頭を捻って振り返る。
若井は、その行動でさらに緊張が高まった。
大森が相手の瞳を見ないのは珍しい。
相当、嫌なのかもしれない。
若井は乾いた唇を舐めると、そっと問いかける。
「服…脱がせても、いい?」
意外と大森はすぐに、こくっと頷いた。
おずおずとした様子で動くと、振り返って若井の方に身体を向ける。
これからする事を考えると、心臓がはち切れそうに高なった。
自分を落ち着かせるために、ちらっと大森の様子を見た。
何故か、こんな状況でも大森は澄ました顔をしているだろうと思っていた。
しかし若井は顔を見たことを、 すぐに後悔した。
想像と違って、大森の瞳はうるうると潤んでいて目の縁が少し濡れている。
さらに、何かを抑え込むように唇を噛み締めていた。
そりゃ嫌だよな、服脱ぐなんて
若井は代わってやりたい気持ちが溢れ出した。
でも、それは出来ないだろう。
湯ノ内の標的は誰がどう見ても大森だ。
若井は、それでも安心して欲しくて大森の肩に触れた。
すると大森の肩が、びくっと跳ねた。
瞳も怯えるように泳ぐ。
若井は、触れている手を再び遠ざけた。
肩に触れながら “大丈夫” などと言おうとした自分が浅ましく感じた。
どうしたらいいのか分からず、手を身体の前で泳がせる。
すると、大森のまつ毛が震えて下を向いた。
涙で一杯になった瞳から雫が一筋、零れる。
若井は息を飲んで、気がついたら大森の頬に手を伸ばしていた。
しかし、大森は激しく顔を振ると一歩下がった。
そして、顔を手で覆うと座り込んでしまう。
若井は安易な言葉もかけられず、名前も呼べず
ただ、激しく痛む心を抱えながら大森を見つめた。
大森が震える声で言う。
「…ごめん」
若井は、なぜ大森が謝るのか分からない。
むしろ自分の方が謝る必要がある気がした。
若井も同じ言葉を返す。
「俺も…ごめん」
大森が顔を上げる。
どうしてか、いつもより大森が子供ぽく見えた。
その表情を見た若井は胸騒ぎがした。
ほんの少しだけ、既に大森は若井の感情を察しているんじゃないかと思ったからだ。
大森が立ち上がると、若井の胸に飛び込んできた。
若井は驚いて声をあげる。
大森の腕が若井を、ぎゅっと抱きしめる。
若井も大森の背中に腕を伸ばす。
すると、大森が耳元で呟いた。
「俺の事、恨んでいいから」
若井は大森の目を見つめる。
急いで首を振った。
「なんで?恨まないよ 」
そう言うと、大森が寂しそうな顔をした。
大森は無意識に若井の服を引っ張った。
「ううん、違う」
大森の眉毛が下がると、湿った声で話す。
「ごめん、全部分かってる」
若井は身体を強ばらせた。
分かってるって、どこからどこまで
若井は汲み取れず、大森の意図を探った。
すると、大森の瞳の奥がじりっと光る。
「その恋心、捨てて」
若井の瞳が揺れる。
大森は言葉を続けた。
「どうせ叶わないんだから」
若井は、頭が鈍器で殴られた様に激しく揺れた。
たった今、自分は振られたという事でいいんだろうか。
最悪の振られ方だ。
まだ告白すらしてないのに
対して大森は軋む様に痛む心を必死で隠しながら、言葉を続ける。
「今からする行為は何の意味もないから
だから恨んでいいよ、なの
分かった?」
若井の心は渦のようにぐるぐると混ざった。
その気持ちが顔にも出てしまう。
若井は眉を寄せて大森を見つめた。
何年、一緒にいると思っているんだろうか。
若井は、大森の冷たい言葉の中に隠れた優しさに気づいてしまった。
大森は若井の恋心だけは荒せなかったのだろう。
付き合う未来を捨てさせて、その上でここから先は全て大森の責任だと
それは、同時に若井は悪くないよと
恨むなら僕をと言う想いがあるのだろう。
どうして元貴はこんな素直なんだろう
若井はその素直さを眩しく思う反面。
恨めしくも思った。
何も言わず、曖昧なままにしてもいいのに
わざわざ、自分から可能性を捨てて
その上、一番辛い役回りまで大森が務めてしまったら、 若井は何も言えない。
文句ぐらい言わせてくれ
せめて、失恋くらいさせてくれ
痛む心を抱えながらも、 若井は頷く。
そして口を開いた。
「分かった、捨てる」
大森が少しだけ寂しそうな顔をした。
若井は、懸命にそれに気が付かない振りをする。
「その代わり…友達ではいてくれるかな」
そう言うと、大森の瞳が泣きそうに揺れた。
大森は口を薄く開くが、再び閉じる。
耐えきれなかった様子で俯くと呟いた。
「それもあんま…良くないんじゃない」
今度は若井が唇を噛み締めた。
友人関係でもだめ?
なら残された役はミセスのギターリストの席のみという事か?
若井の胸に焼けるような感情が広がる。
そんなの嫌だ。
友人関係の今だって、本当はもっと欲しいし、足りないのに
しかしどっちにしろ、もう前みたいな関係には戻れない。
これから大森は若井に期待をさせるような行動は取らないだろう。
もちろんボディタッチも無くなるだろうし
同級生エピソードを話す事すら控えるかもしれない。
下手したら藤澤にも冷たく接する可能性もある。
平衡性を測るためにミセスで友人という特別枠自体を壊すかもしれない。
それほど彼は誠実だ。
でもそしたら大森は、さらに孤独になってしまう。
それでも、大森ならやってしまいそうなのが何よりも嫌だった。
若井は、この感情が露呈してしまったことを深く後悔した。
すると突然、大森が上に着ているニットを脱ぎ始めた。
若井は目を見張ると慌てて、脱いでいる途中の大森の腕を掴む。
若井の口から無意味な言葉が漏れる。
「ど、急に…」
そう言いながら、脱ぎかけているニットを元に戻す。
大森は少しだけ恥ずかしそうに瞬きをする。
「い、いやさっさと終わらせようかなって」
若井の心がズキっと痛む。
この時間が終わったら、大森との関係はどうなるんだろうか。
それでも若井はとりあえず頷いた。
「あ…そうなんだ、ね
でも、 まって」
そう言うと若井も上着を脱ぐ。
今度は大森が驚いて目を見張った。
そんな大森に若井が言う。
「こういうのってお互いが脱ぐもんでしょ」
大森の眉がぐっと下がると愛しそうに若井を見つめた。
若井が目を合わせると、すっと逸らさせる。
少し傷ついていると、大森が 小声で呟く。
「俺だけでいいって言ってんのに」
若井も小声で返事をする。
「そうだっけ?ま、いいじゃん」
やっと大森が若井の目を見ると、少しだけ笑って言う。
「…ばか」
コメント
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切ない...🥲 続き楽しみです!!
最後『ばか』って言うところ暖かい友情あるなぁぁって思いましたよ…もー崩れて欲しくない😭 ここから元貴くんがどんな反応をしていくか気になる所です…!どんどん崩れていく未来を感じてしまうけれど😭ぴりさんの作品は最高なので待つのみです!あと!更新ありがとうございます💕✨️ほんと応援してますっっバグがある中更新感謝です!長文失礼しました✍
恋心がぁああああついに😭 次回も楽しみにしてます!!頑張ってください🥹