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死のうと思っていた。


この天国のような穏やかな日に、暖かい陽射しに眠らされてしまうような

そんな、穏やかで何の変哲もないこの日に。


両手に抱えきれないほどのアイを捨てて、抱えきれないほどの醜さを抱えて。


「 死なないで 」


君は私にそう言った。


『 どうして? 』


私は君にそう言った。


心底、意味がわからなかったのだ。

君が私を死なせてくれない理由が、逝かせてくれない理由が。


「 …どうして、 」


君はそこで黙りこくってしまった。


終始入り乱れ外へ吐き出されてゆく秋風、陽射しがあると言えどまだ少し冷たさを感じる。

窓から見た桜の木は、もう葉が殆ど無く、花壇に植えられた向日葵も茎から下の寂しさが目に付く。


一方教室は 適当に消された黒板のチョークの跡が程よく沢山の色と調和して、緑のキャンバスの上にピンクと青、黄色と白…と沢山の花を咲かせている。

並べられた全ての机の上には何も無く、それがまた黒板の美しさを引き立てる。


『 んふ、わかんないでしょ。私もわかんないんだもん。君にわかるわけがないよ 』


「 君は何がわかんないの 」


『 君が私を生かす理由、かな 』


「 僕は 」


そこで一度静寂が訪れる。


その隙に秋風の吹き込む窓へ向かい、窓枠へ腰をかけた。

未だ今は、窓枠に手をかけて。


『 私ね、頭悪いんだ。 』


「 知ってる 」


『 でも、その分記憶力が物凄く長けてるの 』


「 それで? 」


『 君と出会ったの、今日が初めてじゃない 』


そこまで言って、自分でも忘れてしまっていたことに気がつく。

私と君は、一応初対面だったんだと。


『 …やっぱり覚えてないか。じゃあ_ 』


「 覚えてる。ちゃんと、覚えてるから 」


君は優しく私に微笑みかけた。あの時と同じく、目で少し弧を描いて、口角を上げる。その瞬間現れる少し浅い笑窪と首をかしげる癖。

全てがあの時のままだった。


あの時と全く変わらない──身長や体重、顔の大人っぽさは段違いに変わったが──君を見て、あの時の君と重ねて、危うく後ろに倒れてしまうところだった。


『 嘘つき 』


思わず、そう言葉がこぼれた。


「 あの改札の道外れで泣いてたの、やっぱり君だったんだね。人違いだと思ってたから 」


君はそこまで言って言葉を区切った。


「 …凄く、可愛くなってるから 」


初めて見た顔だった。

顔の色こそ変わらないものの、視線が泳ぎ声が小さくなっている。耳が真っ赤で手元が少し強ばってるようにも見える。


あ、と思った時には遅かった。


「 どうして君を死なせないのか、だったっけ。 」


君は今までとは打って変わった顔をして


「 君が、好きなんだ 」


そう呟いた。


「 あの改札で泣く君を見て、助けるより先に脳裏に浮かんだのはそれだった。単なる僕の一目惚れだ 」


「 …あずささん、僕は君が好きだ 」


そう、それだ。

その顔が見たかったんだ。


優等生の君が作る笑顔は全て嘘に見えてしまって浅い笑窪が思ったより深かったことに気付く。


『 …そうだ、私の生きてた理由を話そうか 』


君の、その顔が


嘘じゃない笑顔が


『 見たかったんだぁ 』


多分私も微笑んだような気がする。だって、表情筋が動いてたから。


ねぇ、はるかくん。君の声が聞こえないよ


ねぇ、ずっと叶えたかった夢があるの。聞いてくれる?

私ね、そら、飛んでみたかったんだあ。


でもね、だめだった。

ニュートンの言ってたことは本当だったみたい。りんごが落ちる、って本当だったみたい。


飛べなかったよ。落ちちゃったみたい。

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