元貴がソロデビューの準備で忙しくなり、ダンスのレッスンは俺と涼ちゃん、2人で受けることが多くなった。
自らフリを覚えるのが苦手と公言している彼は、レッスンが終わった後も自主練をすることが多い。これまでは邪魔かと自室に戻っていたけど、1人で抱えこまないようにと約束したあの日以降、俺も一緒に居残りをするようになった。
「涼ちゃんは真面目だからさ、いきなり細かい動きまで全部やろうとしてるんじゃない?俺は最初のうちは結構雑に、大きい動きだけ覚えてるよ」
「あ〜〜そうかも。若井はさ、ポイントになる動きをちゃんと見極める力があってすごいよねぇ」
何かといちいち褒めてくれるから照れるんだけど、あーだこーだと話しながらフリを練習すると結構記憶に残りやすいらしい。俺も彼が覚えていた細かい動きを教えてもらったり、お互いに補い合うことで2人とも上達が早くなったように思う。
「あーダメだ、腰痛い。涼ちゃん、ここに湿布貼って〜」
「大丈夫?若井も練習量増えてるもんね、毎日おれに付き合ってくれてありがとね」
Tシャツをめくって背中を突き出す俺にペリペリと湿布のフィルムを剥がしながら労ってくれる涼ちゃん。前よりも遠慮が無くなって、すぐに謝ったりしなくなったのが嬉しい。
先生達が帰ってから2人で過ごすこの時間が俺は気に入っているし、自然とレッスンの時以外にもリビングにいることが多くなった。
前はお互いレッスンが終わったら自室に戻っていたから、俺達も仲良くなったよなぁなんてコッソリ思ってはくすぐったい気持ちになる。
そんなある日の夜。 寝るにはまだ少し早いな、とリビングのソファに座ってゆっくりしていた俺に、元貴から『ソロ曲のMVが出来たから観て』と動画が送られてきた。
同時に届いたその連絡を見たのであろう、隣に座っていた涼ちゃんが俺の方を見る。
「…涼ちゃん、一緒に観よ?」
決して忘れることはないけど、お互いに敢えて話題にはしないこの事実を急に突きつけられ、彼が不安になっていないか心配だった。
「………うん。観よっか」
神妙な顔で頷いた彼は少し緊張して見えたけど、同意してくれた事にホッとする。
スマホの画面だと小さいかとは思ったけど、勢いがあるうちに見てしまいたい。スマホをテーブルに立て、彼のすぐ隣に腰を下ろして再生ボタンを押した。
部屋に1人、白い息を吐きながら踊る元貴。
神聖で荘厳とも言える雰囲気に息を飲む。
ちらと隣の涼ちゃんに視線を向ける。膝の上で手を組んで前のめりになり、真剣な面持ちで画面を見ている。
胃がギュッと掴まれたような不快感を覚えた。 自分で誘っておきながら、そんな画面なんて見ていないでこっちを向いて笑って欲しい、と思ってしまう。
動画が終わると彼は静かに瞼を伏せた。それからゆっくりと身を起こしてこちらを見る。
「なんか……引き込まれちゃった。…元貴、こういう表現がしたかったんだね…」
少し眉を下げ、困ったように微笑んで静かにソファから立ち上がる。
「さて、もう寝よっかな。おやすみ、若井」
いつも通りに挨拶をしてリビングを出ようとする背中に声をかける。
「涼ちゃん、寝られそう?」
少しの間があって、彼が振り返る。さっきより更に眉が下がって、唇はきゅっと結ばれている。
「………無理かも。どうしよう、若井」
「…いい子。」
“1人で抱えこまない“を守った彼に、自分の目尻が下がるのを感じる。俺が聞かなかったら隠してたな、っていうのはこの際忘れてあげよう。
俺もソファから立ち上がって彼に歩み寄り、ハイ。と手を差し出す。躊躇いがちに重ねられた彼の手を握り、ドアを開けて廊下に出る。
「涼ちゃんが眠くなるまでお話しでもしよっか。それとも子守唄がいい?」
「若井は…平気そうだね…?」
「うーん、そだね。こないだみたいなショックは無かったかな」
なんでだろうな〜と呟きながら、彼の手を引いて階段を登る。
「お邪魔しまーす」
この前一度入ったし、1回も2回も同じだろう、と我が物顔でドアを開けて涼ちゃんの部屋に入る。ものが沢山あって賑やかで、あったかい感じがする部屋だ。ベッドサイドに見つけたナイトライトをつけると、室内が柔らかなオレンジ色に包まれた。
「ハイ、寝て寝て。」
涼ちゃんをベッドに寝るよう促す。えぇ…?と戸惑いながらも素直に従う彼に毛布をかけると、俺は床に腰を下ろした。 涼ちゃんの顔の近くに片肘をつく。
「俺があんまりショック受けなかったのはね〜、多分、確かにあの曲には俺はいらんなって思ったからかな?ミセスであの曲はできないからソロにしたんだなーって純粋に納得した」
「………強いなぁ、若井は…」
そう?と笑って彼の頭を撫でる。
「涼ちゃんはどう思った?」
「おれは……」
少し言い淀み、ちらっと俺を見てから目を伏せた彼がポツリポツリと話し始める。
「正直ちょっとね、これまで…おれ、元貴のこと支えられてるんじゃないかって自惚れてたんだよね。元貴が寂しい時とか、おれを呼んでくれてたから。でもあの曲きいて…元貴はもう自分の孤独とちゃんと向き合えてるんだなって思った。楽曲としてもね、…これまで俺達のために、バンドっていう形のために制約があってできないことも多かったんだなって分かったし。 もう元貴の世界にはおれは要らないのかなーって思っちゃった。…おれはもともと演奏の技術とかで元貴に求められてた訳じゃないから」
自嘲気味に話す彼の頭を撫で続ける。
「いつもだったらこのままずんって落ち込んでいくんだけど。……不思議なんだけど、若井が居てくれるからさ、なんか、…大丈夫になってきたかも」
視線を俺に向けて、少し恥ずかしそうに笑う。
なんだ、めちゃくちゃ嬉しいな。
「…よかった」
それ以上なにも言えなくて、誤魔化すように少し大きな声を出す。
「よーし、じゃあ子守唄うたっちゃうかー?今ならリクエストも受け付けちゃうよッ!」
「子守唄歌うテンションじゃないね、それ」
ふふ、と笑った彼があ、という顔をする。
「どこかで日は昇る、がいい」
「え?!ちょっとそれ、難しっ!キー高いし…出るかな?…ってか寝られる?あの歌?」
予想外のリクエストに動揺する俺におかしそうに笑う。
「あの曲好きなんだよね、俺」
だめ?と首を傾げられると断れなくなってしまう。ンン!と喉の調子を整えて、声出なくても許してよ、と断ってから歌い始める。
イントロを歌ったら笛の音色はハミングで。AメロBメロは子守唄っぽさあるな。高いキーがあまりうるさくならないように、なんて考えながら1サビまでなんとか歌う。
パチパチパチ、と拍手してくれる彼に、少しホッとする。俺も元貴みたいに上手く歌えたら良かったのにな、なんて我ながら珍しいことを思う。
「すごく良かった、胸があったかくなった」
嬉しそうな涼ちゃんに、俺も頰が緩む。
「この曲大好きなんだけどさ、たまにおれには明日なんか来ないんじゃないかって、明日がくるのがこわいなーなんて思う日もあるんだよね。でもさ、……若井ってほんと太陽みたいだよね。明るくて、眩しくて、あったかい。若井が居てくれたら、おれにもちゃんと日が昇る気がする………」
ふわ、とあくびをしてへにょっと笑った彼は、そのまま瞼を閉じて小さな寝息を立て始めた。
彼の言葉に射抜かれた俺は、動悸がする胸を押さえ、ただただその寝顔を見詰めていた。
コメント
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めっちゃ感動します😭✨✨✨✨✨本当にありがとうございます🥹🥹🙇♀️🙇♀️🙇♀️🙇♀️