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ちょっとだけモブ→💛表現あります
念の為センシティブ
短編なのに7000字超えてしまいました・・・
今日はテレビ局の歌番組の収録日。
華やかな照明と熱気から一転、マネージャーが車を回しに行ってくれて、3人だけになった楽屋は静寂に包まれていた。
本番を終え、ほっと一息つく。
着替えてメイクを落とし、私服に着替える。
たったそれだけのことだけど、私服に着替えるだけで緊張から解放されて、素の自分に戻れるんだから不思議だよね。
「ふぅ・・・・・・やっぱり私服に戻ると落ち着くなぁ」
ソファに座ってボソッとつぶやいた瞬間、着替えを終えたばかりの元貴と若井が、すごい勢いで僕の方へと駆け寄ってきた。
え、何?何でそんな勢いすごいの?僕何か変なこと言ったっけ?
「りょうちゃん、ごめんね。今回の衣装嫌だった?りょうちゃん何着ても似合うから、つい着飾らせたくなっちゃって。次からはりょうちゃんの意見聞くから!」
元貴が焦ったように僕の左隣に座り、顔を覗き込んできたかと思うと
「涼ちゃん、疲れちゃった?ちょっと待ってて」
と今度は若井が部屋を慌てて出て行ってしまう。
ねぇ、何なの、2人とも。ちょっと怖いんだけど。
「あの・・・えっと元貴。衣装のことだけど、僕別にあの衣装嫌じゃないよ?だって、元貴が僕のために考えてくれたものでしょ?衣装着ると、元貴に守られてるみたいで安心するんだよね」
僕のは2人より生地がふんだんに使ってあるフェミニンなのが多いから、結構重くてちょっとだけ疲れることはあるけど。だからって全然嫌ではないし、衣装考えてる時は僕のことだけを思ってくれてるわけだからむしろ嬉しいんだけど。
僕がそういうと元貴は「これだからりょうちゃんは・・・・・・」
とブツブツ言いながら顔を伏せてしまった。
「元貴、ごめ・・・」
「涼ちゃん、おまたせ!」
何か元貴の気に障るようなことを言ってしまったのかと、僕が謝ろうとしたとき、どこかへ消えていた若井が戻ってきた。
その手には僕が最近はまっている炭酸飲料。
「あ、それ・・・」
「この前はまってるって言ってたから。疲れた時には甘いものが一番でしょ。はい、どうぞ」
僕が何気なく話したことを覚えているだけではなく、ボトルのふたまで開けて渡してくれる。
こういうことをさらっとできるからモテるんだろうなぁ。
「ありがとう、若井。うん、おいしい!やっぱりこれ好き」
そう言って若井を見上げると「喜んでもらえてよかった」
と僕の右隣に座って、にこにこしながらこっちを見てくる。
冷たくて甘くて、気持ちが和むなぁ。
若井に見られすぎて若干恥ずかしいけども。
すると、僕の隣で顔を伏せていた元貴が急に立ち上がって僕の背後に回り、自分のバッグから茶色のブランケットを取り出して僕の膝にかけてきた。
「ここ、ちょっと寒くない?俺で少し冷えるくらいだから、りょうちゃん寒いでしょ?」
「あ、うん。少し冷えるかなって思ってたんだ、ありがとう元貴・・・あ、これ僕が好きな肌触りだ!」
子供のころずっと手放せなかった毛布の、柔らかくてフワフワした感触に似ている。
あの毛布がボロボロになって捨てられるとき、僕大泣きしちゃったんだよね。
「でしょ?この肌触り好きそうだなって思って、りょうちゃん用に買っといたんだよ」
元貴もにこにこしながら、また僕の左隣に座る。
よかった、元貴怒ってなかったんだ。
安心してドリンクに口をつけていると
「あ、そうだ。俺たち今日ライブリハで途中参加だったから、帰る前に共演者さんにあいさつしてくる」
若井が急に立ち上がってそう言い出した。
そういえば、彼が司会を務めている番組に出ていた韓国グループの人たちも一緒だったことを思い出す。
「俺もちょっと行ってこようかな」
元貴が行くのは少し前に映画で共演した、アイドルグループの彼のところかな。
「すぐ戻るから、りょうちゃんはここでゆっくりしててね」
元貴はそう言いながらドアへと向かう。若井もそれに続き、ドアを閉める前に静かに付け加える。
「涼ちゃん、俺たちかマネージャー以外は絶対にドアを開けないでね。あと、俺が出たらすぐ鍵閉めて」
「わ、わかった・・・・・・!」
『僕男だし、子供じゃないんだから大丈夫』
と言いかけたけど、若井の真剣な表情を見てその言葉を飲み込みうなずく。
「ん、よし!」
と満足そうにニカッとまぶしい笑顔を残して彼が出ていくのを見送って鍵をかける。
2人はなぜか、さっきみたいにいつも僕を甘やかしたがる。僕もう32歳のいい大人なんだけどなぁ。
「ねぇ、ちょっと僕に過保護過ぎない?」
って前に聞いてみたことがあるけど、2人の答えは
「涼ちゃんは俺たちの大事なお姫様なんだから、俺たちに守られて甘やかされてればいいんだよ」だった。
お姫様なんてよく分からないことを言われて、気恥ずかしいやら嬉しいやら複雑な気持ちになったよね。
なんて、静かになった楽屋で思い出しながら2人を待つ。
急に1人になってちょっとさみしいけど、すぐ戻ってくるって言ってたし・・・・・・。
そう思っていた直後だった。
「すみません、プロデューサーの川中です」
コンコン、とノックの音と共に聞いたことのある声がした。
川中さんは、時々音楽番組の特番でお世話になってるプロデューサーだ。でも、今日は川中さんの番組ではなかったけど・・・・・・。
一瞬疑問に思うもいつもお世話になっている方だし、これからも番組に呼んでもらう機会もあるだろう。
若井から「マネージャーか、俺たち以外は絶対にドアを開けないで」と言われたけれど、今後のことを考えると無視はできないよね。
そう判断して鍵を開ける。
それと同時に「失礼しますよ」と川中さんが楽屋へ入ってくる。
「川中さん、お疲れ様です。あ、あの・・・大森と若井は今ちょっと席を外していますが、すぐ戻ってくると思いますので」
元貴たちのこと探してるのか、楽屋に入ってすぐ周りを見回してる川中さんを見て、慌てて説明する。
「そのようですね、今楽屋を出て行かれるのを見かけましたよ」
「え・・・・・・?」
僕たちにわざわざあいさつに来てくださったのと思ったけど、どうやらそうではないらしい。じゃあ、何しにきたの?何となく嫌な感じがする。鍵、開けなきゃよかったかも。
「本日は収録お疲れさまでした。少しだけ、お話よろしいでしょうか?」
「あっ、ありがとうございます・・・はい、大丈夫です」
言葉だけは丁寧だけど、川中さんからは有無を言わせない圧を感じる。
「くつろいでいるところすみませんね、どうぞゆっくりなさってください」
若井がくれた飲みかけのドリンクと、元貴がかけてくれたブランケットにチラリと目をやり、川中さんはソファに座るように促してくる。
断るわけにもいかず再び腰かけると、川中さんはなぜか僕の向かいではなく隣に座った。
え?・・・なぜ隣・・・?
ますます嫌な予感が強くなってくる。元貴たち、早く帰って来ないかなかな。
「今日の演奏、本当に素晴らしかったですよ。ソロパート、心が震えました。それと・・・今日の衣装、よくお似合いでした。藤澤さんのかわいらしい雰囲気にぴったりで」
「あ・・・ありがとうございます。そう言っていただけて光栄です」
表情は取り繕いながらも、心の奥にひんやりしたものが広がっていく。
そして・・・・・・隣に座った川辺さんが、唐突に僕の太ももに手を置いてきた。
「…っ」
思わず声が出そうになるのを、必死にこらえる。
動揺しているのがバレないように、できるだけ平静を装う。
しかし、川中さんの手は太ももをゆっくりと撫で始めた。
笑顔のまま、平然とした顔で。
「この後、何かご予定は?もし差し支えなければ、この後食事でもご一緒させていただけませんか?一度、藤澤さんと個人的にゆっくりお話ししたかったんですよ」
もしかして、元貴たちが出て行ったのを見て、僕が1人でいるかもと思ってきたってこと?
さっきは見回してたのは、楽屋内に誰もいないのを確認してたんだろう。
抵抗したいけど、相手は力を持ったプロデューサーだ。僕のせいで今後ミセスがこの局に呼んでもらえない、なんてことになったら・・・・・・。
笑顔を貼り付けたまま、僕の思考はフリーズする。
もう頭の中は真っ白だった。
川中さんの手が、さらに上へと動き、僕のズボンのベルトへと手をかけようとする。嫌悪感がこみ上げて、ぶるっと体が震えた。吐き気がする。
「前からずっと藤澤くんに近づきたかったんだけど、あの2人がいつもぴったりくっついてるからね。やっとチャンスがきたよ」
言葉遣いが変わった。どうしよう、怖い・・・・・・。
「や・・・・・・やめて、くだ・・・さい…」
何とか声を絞り出し拒否するけれど、川中さんは僕の言葉を無視してベルトを外しながら顔を近づけてくる。
キスされる?やめて、やめて・・・・・やだ・・・・・・!
「・・・っ、はッ・・・・・・」
呼吸がうまくできなくなる。押しのけたいのに、体が動かない。少しでも逃れたくて、うまく動かない体をわずかに横にずらした瞬間、僕の手にブランケットが触れた。
元貴、若井・・・・・・。
「・・・・・・やめてくださいっ! 誰か、助けてっ!」
2人の顔が頭に浮かんだ瞬間、凍え切った声帯が声を取り戻した。助けを求めて何とか声をあげる。
その瞬間
ガチャッ、とドアが乱暴に開かれる音。
「りょうちゃんッ!!」
ドアの外から飛び込んできたのは、元貴と若井だった。
僕たちの状況を見た若井はポケットからスマホを取り出して、突然のことに呆然として動けずにいる川中さんと僕にカメラを向け連射する。そしてすぐにスマホをしまいながら僕に駆け寄ってきた。
「涼ちゃん、大丈夫・・・・・・!?」
「ん・・・・・・」
大丈夫、と言いたかったけれど、上手く声を出せなくてうなずくことしかできなかった。
若井は震える僕の手を握り、僕の体を包むように抱き寄せながら、川中さんから物理的に引き離してくれる。
元貴は僕と目が合うと「もう大丈夫」というように優しく微笑み、ゆっくりとソファとテーブルを挟んで川中さんの正面に立った。
無言のまま、ただ立つ。
その姿は一切の感情を排しているように見える。だけど、そこから放たれる冷気のような圧力は、空気を震わせた。
元貴の無言の圧力に、川中さんが小さく肩を震わせる。
「い、いや、これは…その・・・・・・誤解だよ。ちょっと話を」
言い訳を口にしようとしたその瞬間
「何をなさっていたんですか?」
元貴の声が、静かに、けれど深く空気を断ち切った。
川中さんは黙り込んで下を向く。
「もう一度伺います。今、うちの藤澤に何をなさっていたんですか?“ちょっと話”で、体に手を触れる理由はどこにありますか?」
「涼ちゃんに手を出そうとしてたんだろ?ふざけんなよ」
若井が、静かに言葉を重ねる。静かだけれど、そこには確かに隠し切れない怒りがこもっている。
「そういうのを、世間では“セクハラ”と言います。ああ、違うな。今のは、それ以上のようにも見えましたが?」
川中さんは何も言えず、口を開けたまま目を泳がせていた。
元貴が、鋭く低い声で言い放つ。
「もう二度とりょうちゃんに、俺たちの大切な宝物に近づかないでください。いえ、俺たちが近づかせません。あなたがやったことの証拠は、若井のスマホに残っています。今後どうなるか、覚悟しておいてください」
そう元貴が宣言した瞬間、川中さんの顔から血の気が引いた。
「・・・・・・くそっ、お前ら・・・・・・覚えてろよ」
そう言い捨てた川中さんは、フラつきながら、逃げるように楽屋を出て行った。
マネージャーから降りてきてください、と連絡がきたのは、あの出来事の直後だった。
エレベーターの中、僕を守るように前に立った元貴は無言だった。
若井は隣に立ち、背中に手を添えそっとさすってくれていた。
「あの・・・・・・元貴、若井。迷惑かけてごめんね。助けてくれて、ありがとう」
まだお礼を言えてなかったことを思い出して、今更ながら2人に謝罪とお礼を言う。
「涼ちゃん、あの時どうして鍵開けたの?」
「あっ・・・それは、っごめんなさい・・・・・・」
そうだよね。若井から開けないように言われてたのに。約束破ったからこうなったんだ。
自業自得だし怒られて当たり前だけど、若井から嫌われちゃったかな?
じわっと目に涙が浮かぶ。
「っちがう、違うから!怒ってるんじゃないからね?涼ちゃんが理由もなく約束破るわけないから、何でかなって思っただけ」
背中をさすってくれていた手で、今度は僕の頭を優しくなでてくれる。
嫌われなくてよかった。今度は安どの涙が浮かんでくる。
「りょうちゃんのことだから、あいつのこと無視でもしたら番組に呼んでもらえないかも、とか思ったんでしょ?ミセスのこと、大事に思ってくれてるのはわかってるしすごく嬉しいよ。でもね、それでりょうちゃんに何かあったら意味ないの。もしりょうちゃんが傷つけられるようなことがあったら、守れなかった俺たちは自分を一生許せない。わかってくれる?」
「うん・・・わかった。これからは、ちゃんと気を付ける」
あんな経験は二度としたくないし、何よりも僕のせいで2人が苦しむのは嫌だから。
元貴が満足そうに笑ってまた僕に背中を向ける。
到着の合図が鳴って、エレベーターのドアが開く。
その瞬間に元貴が何か呟いた気がしたけれど、僕には聞き取れないままだった。
「お疲れ様です!順番に自宅へお送りしますね」
何も知らない様子で明るく声をかけてくれるマネージャーに、僕たちはただ曖昧に笑って頷いた。
乗り込むときに元貴と若井が、僕を両脇でそっと支えてくれる。
車に乗り込み、後部座席に3人で並んで座る。
僕は真ん中。右に元貴、左に若井。
運転席にはマネージャー。
車が走り出して数分。
局が見えなくなった途端に、抑えていた感情が限界を超えた。
ぶわっと涙が溢れ出す。
「・・・・・・っ、うぅ・・・・・・」
車に乗って元貴がかけてくれた膝の上のブランケットを握りしめながら、僕は声を上げて泣き始めていた。
張り詰めていた糸が、一気に切れてしまった。
「涼ちゃん・・・・・・怖かったよね。ひとりにしてごめんね、もう離れたりしないから」
若井がそっと肩に腕を回す。
元貴は無言で、そっと僕の手を握る。2人の温もりが、僕を優しく包み込んでくれるようだった。
マネージャーは、運転席からバックミラー越しに様子を確認していたが、やがて信号で停まった時、僕たちを振り返った。
ずっと気になってただろうに、僕が落ち着くまで待っててくれたんだよね。
ごめんね、ありがとう。
「何があったのか、話してもらえますか?」
僕は震える声で、楽屋で起きたことをひとつひとつ説明した。
川中プロデューサーが突然訪ねてきたこと。向かいのソファが空いているのに、隣に座ってきたこと。太ももを撫でられて、キスされそうになったこと。
ベルトを外されそうになったことは言わなかった。思い出すだけでも、気持ち悪くなりそうだったから。
言わなくても、若井が撮った写真に写ってるだろうし。
そして助けを求めた瞬間、2人がちょうど戻ってきてくれたこと。
「・・・・・・何ですかそれ」
今まで聞いたことのない、マネージャーのドスのきいた声。
「藤澤さんに手を出すとか、どう考えてもアウトでしょう。戻ってすぐ、事務所に報告入れます」
「うん、頼むね。証拠はあるし、必要なら俺と若井が証言するから」
元貴の言葉にマネージャーが力強くうなずく。
「藤澤さん、もう大丈夫です。こっちでしっかり対処しますから。安心してくださいね」
先ほどとは全く違う優しいマネージャーの声に、また新しい涙が溢れた。
若井が、僕の髪をそっと撫でる。
「涼ちゃん、俺たちがそばにいるから」
元貴も、手を離さず、ただ一言。
「二度と、あんな思いはさせないからね」
僕は、2人の間でただ泣くことしかできなかった。
でもその涙は、恐怖だけじゃない。
安心と、感謝と、救われたという気持ちが、胸いっぱいに広がっていた。
その後マネージャーが社長に報告し、若井が撮った証拠写真と僕たち3人の証言を書面にして局に提出した。
それから数日後
事務所を通して、正式にテレビ局から通達が入った。
【川中については局内調査の結果を受け、地方系列局への異動を命じました。再発防止のための教育も義務づけます】
川中さんは、左遷という形で東京から姿を消すことになった。
僕たちのもとには、マネージャーを通してその報告が届く。
川中さんが鍵をかけずにいたこと、元貴たちがちょうど戻ってきたこと。今回はその2つが重なり助かったけれど、鍵をかけられていたらどうなっていたか・・・考えただけでもゾッとする。
「マジか、左遷だけかよ・・・・・・」
若井が不満そうに口をとがらせる。
「正直、俺たちの姫に手を出しといて生ぬるい処分だと思うけど・・・・・・これでもう、あいつに会うことはないよ」
元貴の言葉を聞いた瞬間、ようやく心の中に本当の平穏が訪れた。
僕の声に駆けつけてくれた2人。
冷静に、でも絶対に譲らない意志を見せてくれたマネージャー。
僕はひとりじゃない。
僕のことを思ってくれる人が、こんなにもいる。
これからは守られるだじゃなくて、みんなに迷惑と心配をかけないようにもっとしっかりしなきゃと心に誓う。
あの時、助けに来てくれた2人が姫を救いにきた映画の中の騎士のように、ものすごくかっこよく見えたんだよね。
別に自分のこと姫だなんて思ってはいないけど、その姿に胸がキュンとなったのは僕だけの秘密。
続く・・・・・・かも?