僕は春木陽。普通の高校生。を装って過ごしている。
僕は同性愛者だ。誰にも理解されないし、恋が叶うことなんて滅多にない。カミングアウトしたところで気持ち悪がられてそれでおしまい。恋なんてしないと何度も誓ってきた。
好きなクラスの女子だの、好きなAV女優だの、友達がしている”普通”の男子の会話に入れないのが辛かった。
バレないように。悟られないように。生きるのが精一杯で、勉強も部活もどれをとっても中途半端だ。
そんな僕はこの間高校2年生になった。今日は春休み明けの始業式。いつもと少しだけ違う校門辺りにはクラス替えの表を見て、一喜一憂しているたくさんの生徒たちがいる。
僕も流されるように表の前に行く。左から順に自分の名前を探していく。
「おいっ!陽!!また俺と同じクラスじゃんか!!」
急に肩を組まれて少しだけ驚く。まだ俺は自分の名前を見つけてすらいないのに幼なじみの佐賀 翔介(さが しょうすけ)は僕の肩を組んだままぺちゃくちゃと喋り続ける。
見つけた。どうやら僕は2-4らしい。今度は上から順にクラスメイトを見ていく。去年組が同じだったやつもいれば名前だけ聞いたことあるやつもいる。1人だけ。見たことも聞いたことも無い名前のやつがいた。
「ふゆやま…しゅ…う…?」
誰だろう…。こんな名前のやついたっけな…。もしかして…転校s((((
「あぁ!そいつ転校生らしいぞ!!!!」
こいつはまた僕の考えていることを遮ってくる。いつもようにシカトする。
「聞いた話だと超イケメンで勉強からスポーツまでなんでも出来るらしい!!!」
「へぇ。そりゃよかったな。」
適当に受け流して校舎の中へと歩く。正直どうだって良かった。僕の平穏な高校生活に支障をきたすやつじゃなければなんでもいい。
「おい!俺と同じクラスなんだからさぁ!」「もっとこうなんというかさ!」
翔介はずっと喋り続けていたようだ。よくもまぁこんなに喋れるな。
2-4のクラスがある3階まで登ると廊下に人だかりができていた。女子の黄色い歓声が聞こえる。
「なんだぁ?陽!見に行こうぜ!!」
「あ、え、ちょっとまってってば」
別に興味は無かったが人だかりの中心に寄ってみる。
そこにはやけに顔の整った男子生徒。髪は清楚な黒髪で肌は透き通るように白い。
どタイプだ…。胸が高まっていく。
いやいやいや。ダメだダメだダメだ。と自分の頬を軽く叩く。
もう絶対男にときめかないって決めたから!
なるべく中心人物を見ないように翔介を引っ張って2-4へ向かう。
「え、お、おい。陽引っ張んなよ!!」
「うるさい」
ペチッと軽く翔介の尻を叩いて歩く。
そう、”普通”の男子高校生ぽいノリで。まさか男にときめいたなんて思われないように。
翔介はゲラゲラ笑って今の状況を楽しんでいる。たまにこいつに羨ましいと思う時がある。翔介はまさに僕が目指している”普通”だった。
教室へ入ってそれぞれ指定された席へ座る。僕は1番窓側の列の前から5番目。まだ桜の木には蕾が実っている。翔介は廊下側の席だったようで俺に精一杯手を振ってくる。見ないふりしよ←
しばらくして新担任が入ってくる。新担任は去年3年の担任をしていた山内先生だ。先月の卒業式は凄い形相で大泣きしてたので印象に残っている。いかにもな熱血体育教師だ。あんまりこういうテンションのやつは好きじゃないが悪い先生ではないのがすぐに分かる。
先生や生徒の自己紹介前に転校生の紹介が始まった。
「入っていいぞ。」
転校生とやらはドアをゆっくり開けて入ってくる。教室がざわつく。
そこにいたのは、さっきの”あいつ”だった。
「冬山柊宇です。隣町から越してきました。」「よろしくお願いします。」
「じゃあ。そうだな。」「冬山は窓側の1番後ろの席に座りなさい。」
転校生は俺の方に向かってゆっくり歩いてくる。近づくほど胸が高まっていくのが分かる。
そこから先生、生徒の自己紹介。先生の20分にも及ぶ熱いスピーチを上の空で聴きいていたが、頭の中は後ろの整った顔のことしかなくて自己紹介が自分まで回ってきていたことにも気づかなかった。
慌てて自己紹介を始める。後ろの視線を気にするばかり、声が上手く出せずに上擦った可笑しな裏声が出る。クラスメイトが笑う。顔はどんどん真っ赤になっていく。どうにか切り替えて自己紹介を終わらせる。
今日は午前授業だからみんな帰り支度を始めているのに僕は後ろの視線が気になって動けない。
後ろで少しだけ椅子を引く音が聞こえる気づいた頃にはもう近くに整った顔の”あいつ”が立ってた。
「ごめん。トレイの場所、教えてくれる?」
心臓がこれまでに感じたことないくらいに揺れている。やばい。やばい。
困っている人相手にここで黙ってしまったら情けないと思い、いいよとだけ答える。
真っ赤になった顔を見られないように早歩きでトイレまで行って、ここ。とだけ一言。
教室に戻ろうとすると、ありがとう。とだけ言われて、ここ3年で1番嬉しかった。
教室に戻っても余韻は収まらない。ドキドキしている。
帰りのHRが終わり翔介の元へ行く。いつもなら翔介から誘いに来るけど今日は自分が”普通”の男子高校生であることを再度認識する為に自分から誘いに行った。
翔介は嬉しそうに「お前から誘ってくるなんて珍しいな!」「いいよ!一緒に帰ってやるよ!!!」なんて調子のいいことを言う。
「うるさい」
とまた尻をペチッと軽く叩き翔介と学校を後にする。
帰り道は自己紹介の裏声のことをただひたすらいじられた。うざい。
夜の11時半頃ベッドに入る。”あいつ”のことで頭がいっぱいで、勉強は全く出来なかった。
この気持ちが自分でもなんなのか分かっていた。だけどダメなんだ。この気持ちを捨てないと。いつかきっと。きっと辛い気持ちになる。
小学生の頃に初恋をした。相手は幼稚園の頃からすごく仲が良かった佐賀翔介。低学年の頃は意識してなかったのに、高学年になるにつれて翔介はどんどんかっこよくなっていき、いつのまにか僕もどんどん好きになってた。
でも告白する勇気なんてあるわけなくて迎えた新中一の春。翔介には彼女ができた。明るくて勉強ができる優しいあの子と翔介はすごくお似合いだった。
僕は素直に喜べなかった。
翔介に彼女が出来たことを知った次の日から学校に行けなくなったりもした。なんで僕は女に生まれなかったんだろう。なんで僕はそもそも翔介を好きになってるんだろう。どんどん振り積もっていって、気持ちが重くなっていった。親には心配かけたくなくて男が好きなことを言えないし。
そんな中、翔介は毎日僕の家の前まで来て遅刻ギリギリの時間になるまで僕が家から出るのを待ってくれていた。違うクラスなのに、毎日放課後プリントを届けに来た。プリントには必ず翔介からの手紙も入ってた。
ダメなのに。どんどん惹かれてって。僕が”普通”じゃないことを翔介が知ったらどう思うだろうか。考えると吐きそうになって。
散々考えた結果が自分のこの気持ちをひた隠すことだったんだ。
高1になってバイトを始めた。その頃はもう大分隠すのに慣れてきて、学校にも普通に登校できるようになっていた。
翔介の顔は見れないけど。
すごく尊敬できるバイトの先輩が出来た。理不尽に先生に怒られたこと。幼なじみがアホすぎること。僕が言うこと全部を肯定してくれた。気分が良くなって自分がゲイだということをカミングアウトしてしまった。
「キモイ」
の一言だけ言われて部屋を出てった。
カミングアウトしたことを心底後悔した。
次の日バイトに行ったら先輩どころか周りの人全員の態度が違った。
連絡先消されたり、仕事わざと増やされたり陰口を言われたり、散々だった。
その日から絶対に誰にもバレないように悟られないようにしようと誓った。
翔介への気持ちもなんとか抑え込めて高一の後期は”普通”を演じ続けた。
やっと僕は”普通”になってきてるんだ。周りと同じ。男子高校生に。
だからこそ。”あいつ”のことを好きになる訳にはいかないんだ。
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