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60 ◇依存されて
「とにかく、もう遅いから送っていくよ」
そう言って私は彼女を彼女の家の最寄り駅まで送っていったのだ。
その日を境に彼女は私が残業で残っていると、必ず最後のひとりになるまで
帰ろうとはしなくなり、一度関わった手前、私は彼女を送っていくように
なった。
彼女が住む家は私の家からはかなり離れていたので、最初送った時とは
違って、その後は途中の最寄り駅までとなったのだが、それがまたいけなかった。
途中で降ろすというのが決まりになってしまい、負担もあまりないため
送っていくことをやめずらくしてしまったのだ。
何より、彼女が私と帰るのを待っている節さえ感じられ、私はどうすれば
いいのか一度や二度ならそうも思わないが、頻繁に帰りを車で送るとなると
到底妻には言えない範疇になってきていることは、なんとなく自覚してもいた。
もちろん、一度でも彼女がもう大丈夫ですからと断りを入れてきてくれたなら
それで帰りを共にすることは、すっぱり止めようと考えていた。
だが、そんな日は来なかった。
彼女に何も言い出せずお人好しよろしく、毎日のように送る私に彼女が
依存してくるのは早かった。
ある日も帰りに送っていくことになったのだが、
『私は駄目かもしれない』と口走る彼女が、
降りる駅まで来ていたのになかなか降りようとせず、
それを慰めているうちに変な空気になり、
気が付くと私はいつの間にか彼女に口づけをしていた。
61 ◇一線を越える
後年インターネットなどで知ったのだが、今思うと藤原は相談女っていう
カテゴリに属していたのかもしれない。
もちろん意図的ではなかったと思う。
男女で車中という密室にいるのだという私の危機感のなさが
招いたことだと思うので。
だが、よくよく考えれば分かるだろう。
夫の浮気や不倫で苦しめられているのに、自分も既婚者とどうこうなって
いくというのは、矛盾している行為なのだから。
その後も一度知った密の味で、しばらく私たちは別れ際に口づけると
いう行為を繰り返してしまい、ここで止めればよかったのだろうけど
当時の私は若かった。
結局相談され、縋られ、一度だけ部屋を取ってしまったのだ。
そういう中でも不思議と私は理性を保っていたと思う。
目に入れても痛くないほど溺愛していた可愛い眞奈の顔と最愛の妻の顔が
過り、もう本当に送っていくことも含めてバッサリと今彼女を切らないと
後悔してもしきれないほどの高い代償を払う羽目になりそうなことに
遅まきながら気付き、彼女に行為が終わった後で告げた。
「君の力になってあげたいと思ったのは本当だけど、私には妻と娘がいて
君には揉めているとはいえ、まだ婚姻関係を継続している夫がいる。
こんなこと、誰も認めはしないからね。
もうここでただの上司と部下という関係に戻らなければいけないよ」
「ごめんなさい、分かってるんです。
松本課長が奥さんのものだっていうことは。
松本課長があんまりやさしいから、私甘えてしまってましたね。
分かりました、明日からは元の関係に戻ります。
今までお力になってくださりありがとうございました」
そう納得して帰って行った日から10日ほど後のことだった。
彼女が我が家に突撃してきたのは。
62 ◇綾子の気持ち
過去を振り返り、つらつらと当時の気持ちを再度経験したりして
今の私たち夫婦の在り方を考えさせられた。
だけど、眞奈の件で瑛士くんとの復縁に賛成の綾子が言ってた言葉
「だって、私がそうだったからですよ。
あなたとやり直して正解だったって、思ってるわ」
と、こんな私との婚姻関係継続を正解だったと語った妻。
妻には頭が上がらないな。
妻の意思関係なく、いつか私はしっぺ返しをされるかもしれない。
いや、まさに娘を通してしっぺ返しされてるんだけどね。
しかし、私より何より苦しい想いをしたのは娘の眞奈だからなぁ~。
私自身へはもっとすごいしっぺ返しが待っているのかもしれない。
相手から許されるという可能性、やり直すという可能性
そのような可能性の中で生きてはいけるけれども、ひとつの罪というものは
未来永劫消えやしないのだろうなぁ。
とにかく、今は眞奈と将大の将来を考えて慎重に見守ってやらねば。
◇ ◇ ◇ ◇
私は夫を許すのか許さないのか
別れるのか別れないのか
随分と葛藤した。
一度だけ、と夫は言った。
申告と事実が同じかどうかは本当のところ本人のみぞ知る……だ。
自分の中の気持ちをトコトン覗いてみて、その中からの最善を
自分が最も納得できる道を選ぼうとそれだけは決めていた。
そして進むべき道が決まるまでは、普通にこれまでと同じような生活を続けようと
当時私は決めたのだった。
関係のあった女が私と夫の住む家に突撃してきたことが、夫と女の当時の
関係性を表していると思ったから。
おそらく夫は途中で正気に戻り、私と娘のいる家庭に戻って来る選択を
したのだろうと思う。
とにかく当時の私は女のあれこれ、女とのあれこれを夫の口から
聞きたくなかったのだ。
そんな聞いて嫌なことを聞かされれば、自分の中に夫とこの先
暮らしていくという選択肢がなくなりそうで。
コメント
1件
第21話読んだよ〜〜〜!!😭💦 松本課長、依存されていく流れが生々しすぎて読んでて胃がキリッとした…「もうダメだ」ってわかってるのに止められない弱さ、すごくリアルだった。車の中の雰囲気とか、一線越えちゃう瞬間の描写、ゾワッとしたよ…。 綾子さんの「聞きたくなかった」って心情、めちゃくちゃ分かる。知りたくないけど無視もできない、その狭間の苦しさが胸に刺さった…🥺 眞奈ちゃんへのしっぺ返しって言葉、重いなあ。 設楽さんの描く人間の弱さと後悔、すごく響きました✨