伏見side
もうすぐ夏がくるとはいえ
ハヤトさんが湯冷めして風邪でも引いたら大変だと俺は話を一旦中断した
カーディガンを持ってくる為と、ついでにコーヒーを入れに席を外す
「どうぞハヤトさん」
「ありがとうございます、あの剣持さんは…」
「よく寝てた」
「そうですか…貴方は剣持さんが眠るたびに、こんなにも複雑な思いだったんですね」
ハヤトさんがコーヒーカップをグッと強く握ると小さく波紋が広がる
震える手元を見て、やっぱりこの人は優しい人だと穏やかな気持ちになった
そっと心臓あたりに手をあて、人間とは違う『時』を持った自分を考える
「……俺は人間じゃないから、どちらの死も無縁だ。縁があれば何度でも生まれ変わった刀也さんに会える」
だから
慣れたつもりでいた
大切な人に『はじめまして』と、うそぶくのも
大切な人が自分の元を去るのも
大切な人が自分を忘れるのも
何度も何度も何度も繰り返してきた
『寂しいくせに』
「刀也さんは、俺がずっと気づかないフリしてた感情を思い出させてくれたんだよな。」
ずっと見守られる事に『ストーカー』だなんだと悪態をつきながら刀也さんこそ俺の心を守ってくれた
でも
もう十分だぜ
今生の刀也さんには、沢山の思い出をもらった
これ以上を求めたら
本当に大事なものまで失う
「刀也さんを救う方法は、一つだけ」
指で数字の一を作って、これだけは伝えねばと真剣に訴えかけた
自然と声音が強調するように、ゆっくりなものになる
「刀也さんが騒ごうが喚こうが、あの器から魂を引き剥がし浄化させてから人間の体に移す」
「人間の?」
「実は、この状態を見兼ねた最上位の神が刀也さん用の肉体を用意してくれてたんすけど俺の異変を察知するとすぐ逃げるんすよ刀也さんが…」
「剣持さんは、魂が死んでしまうかもしれない事をどこまで理解しているんでしょうか?」
恐らく全て
そう返すと、それは厄介ですねとハヤトさんは苦笑した
そう厄介だ
理解してなお、浄化されるのを拒むというのは自分が消えてもいいとすら考えているから
消滅しない道よりも俺を忘れない道を選び続けている
本当に厄介だ
「人間の体に戻す事で、人の道から逸れかけていた刀也さんの魂を安定させられる。ただ…さっきから言うように魂を浄化した時点で記憶は白紙になるから」
なんとなく魂の説明をした辺りから察していたであろうハヤトさんが拳をグッと握った
「私の事も忘れてしまうんですね?」
加賀美side
「そうっスね」
消え入りそうな声が静まり返ったベランダに響く
俯いた伏見さんの表情は、わからない
でも、きっと彼の事だから
巻き込んで申し訳ないとか、俺が上手くやっていれば、とか
そんな気持ちでいっぱいなんだろう
剣持さんだけでなく一緒に時間を過ごしたのは、彼も同じだ
明るくて真面目で底なしに優しい人
いや神様だっけ
「正直申しますと忘れられるのは、悲しいです」
私の言葉に隣でビクッと反応する気配
「でも剣持さんが消えてしまうより何倍もマシです。…それに私よりも決断に勇気がいったのは貴方のはずだ」
「ハヤトさん…」
「協力しますよ、剣持さんが暴れようが罵詈雑言叫ぼうが…私は、私達は、彼に笑っていてもらいたい」
たとえ、それで
嫌われようとも
「刀也さんは、幸せ者だな」
「本当ですよ」
この日誓った二人だけの約束は、やけに美しい満月が証人となった。
つづく
剣持の反応やいかに