暴力・流血・嘔吐表現🈶
乾いた音と複数人の女子生徒の笑い声がして、私の名前が書かれているノートが目の前で真っ二つに裂ける。その様子にケラケラと笑いの音を高める女子生徒たちを横目に、フラフラと音もたてずに床に落ちていったボロボロになったノートを唖然と見つめる。
『な、んで…』
言い出す言葉の初めと語尾が酷く掠れる。今にも消えてしまいそうなそんな淡い声を舌の上で弾ませながら、私を見下すように睨みつけてくる女子生徒たちを見つめる。
私の周りには先ほどのノートの同じように真っ二つに破けた教科書と無残な姿に折れた鉛筆や定規たちが散らばっており、へたり込んでいる両足がわなわなと小刻みに震える。
今はいつも助けてくれるイザナくんも居ないから本当にピンチかもしれない。
悪い予感が背筋を流れ落ち、ゴクリと固唾を飲みこむ。
「アンタ、人の彼氏取っただけじゃなくて2組の子の悪い噂流してるんでしょ?」
『…ぇ』
そんな中、全く馴染みのない新たな情報に思わず間抜けな声が口から零れ落ちる。
人と話すのが苦手な私は別クラスの子とは全くと言っていいほど絡みがない。そもそも同じクラスの子達と話したことあるかすらも怪しい。
それなのになんでそんな噂が、
そう問いかけようと口を「な」の形に開けたが、右手で髪を思いっきり掴まれ、そのまますぐそこにあった女子トイレへと引きずり込まれたせいで頭に浮かぶ上がった疑問が声になることは叶わなかった。
そのまま女子トイレの奥まで連れていかれると、ドンッと勢いよく壁へと身体を投げられる。背骨にじんわりと滲みわたるような鈍い痛みを感じた。髪を無理やり掴まれた拍子に衝撃を受けた頭皮が軋むように痛む。
投げつけられた際に床で膝を擦りむいてしまったのだろうか。不意に視界に入った自身の膝には赤い糸のような細い血の筋がうっすらと浮かんでおり、腫れたように膝周りが淡い赤に染まっている。背筋を冷たい汗が、虫が這うように流れていくのが分かる。
ゆっくりと立ち上がると絹糸のような血が傷の元である膝から脛へと滴り落ちていく。肉を引っ張られたようなチクリとした痛みに思わず顔を歪め、小さな呻き声が洩れる。
「アンタ最近マジで調子乗り過ぎじゃない?」
「親が居ないとか何だか知らないけどウチらに八つ当たりしないでくれる?」
その言葉とともに、いつの間にか掃除用具から取り出したモップで腹を殴られ、床へと倒れ込む。頭上から降り注いでくる侮辱の笑い声が私の体を針のように刺す。
『なんで、こんな…』
段々と荒くなっていく息を吸い込んでいうべき言葉を捜したが、なかなか出てこなかった。彼女たちが何かしようと動くたびに電気に触れたようにビクンと震え、反射的に顔を画す姿勢になってしまう。それと同時に、更なる不安が絶望の風船を膨らませていく。
「あんなクズだとは思わなかったわ」
「ホント最低」
冷たく告げられたその言葉とともに拳を振り上げられたと理解すると、そのまま腹を力一杯殴られた。胃が下から持ち上げられたように、強く突き上げられる不快感に意識が一瞬飛び、目の端にチカチカと白い火花が飛ぶ。
女子生徒たちは苦しそうに激しくせき込む私を見て、心底馬鹿にしたような笑い声をあげると、満足そうにトイレから出ていった。
嵐が過ぎ去ったかのように一気に静かになったトイレにポツンと一人きりになった瞬間、突然、喉元に嘔吐感が込み上げてきた。急いでトイレの個室へと入り込み、扉を閉める。
『う、ぇ……』
胃が飛び出すのではと思うほど吐き続ける。
あまりの苦しさに。煙のように意識が薄まっていきそうになる。
酸素の足りなくなった金魚よりもせわしなく、大口をあけて空気を吸いまくる。
そのまま濡らしたハンカチで口元を力一杯擦りつけ、蛇口から流れ出てくる水を勢いよく自身の顔にかけ、ポツポツと頬からシンクに流れていく水滴をぼんやりと見つめる。
殴られたり物を隠されたりするのはよくあったが、破くなどここまで酷いことをされるのは今日が初めてだった。
イザナくんが影で支えてくれたおかげなのだろうか。自分がどれほどイザナくんに頼りっぱなしなのかを再確認され、罪悪感に胸が痛む。
「…○○?」
静かだった空間でいきなり話しかけられ、体が大げさなくらいに跳ね上がる。
『え、イザナくん…?なんでここに…』
褐色肌に、白髪。
ここに居ないはずの見慣れたその姿に目を見開く。
「…廊下に破かれた○○のノートとか鉛筆落ちてたからもしかしたら、って」
イザナくんの手に握られているものを見た瞬間、心臓が冷たくなっていく。
ボロボロに破かれた教科書に折れた鉛筆はぜんぶ幻覚なんかじゃなくて、電気にかかったように体が硬直する。
「…泣いてンの?」
目ェ腫れてる、とイザナくんの指が私の涙袋に触れる。
その瞬間、今ままでずっと堪えていた涙腺がふわりと緩み、せっかく止まった涙がまたとどめなく流れる。呼吸が荒れ、心臓が早鐘となって胸を突き続けていく。
そんな私をイザナくんは何も言わずに手の甲で頭を撫で、慰めてくれた。
「…オレだけがオマエの味方だから」