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随分と荒れていた気分は幾分落ち着いたが、どうしても教室の中へは進めなかった。クラスメイトたちの方へと近付けば近づくほど足取りは重くなり、せっかく整った息は過呼吸にも似た荒い呼吸を刻み出す。


「…休めよ。そんな様子じゃまともに授業なんか受けらんねェだろ。」


宥めるような口調で告げられたその言葉とともに、支えるようにイザナくんの手を背に添えられ、無意識に強張っていた涙腺がふわりと緩んでしまう。

イザナくんにはお世話になってばかりだ。

小さい頃も、今も、ずっと。

こんなにも幼いころから変われていないせいでいじめられてしまうのだろうか。みんなから嫌われてしまうのだろうか。

そんな風に気づけばすぐに嫌なことへと結びつけてしまう自分にため息が流れる。


「傍に居てやっ から。な?」

その優しい声に、すべてを吐き出してしまいたい衝動に駆けられる。誰でもいいから誰かに話を聞いてほしい。慰めてほしい。そんなドロドトとした欲望たちが自身の胸の中で抑えがたく膨れ上がる。


『…わたし、何もしてないのに』


苦しい気持ちを吐き出すようにぽつりと小さく掠れた声を落とす。

その瞬間、真っ黒な感情が煙のように浮き上がって明るい部分を埋めてしまう。心が次第に暗く沈んでいくのを感じる。


「知ってる」


イザナくんはそんな私の髪をガシガシと乱暴に撫でると静かに頷いてくれた。

髪越しからほんのりと感じるイザナくんの体温に目の奥が熱くなる。


『教室いやだ、怖い。』


まるで喉につまっていた栓がとれたようにスラスラと言葉が喉を通る。口に出した声は嗚咽をかみ殺しているうちに喉が乾燥して、ガサガサとひび割れたような嫌な音になった。


『…もうやだ』


優しく相槌を打ってくれるイザナ君の姿にプツリと我慢の糸が切れ、今までずっと胸の内で堪えていた本音たちがポロポロと自身の口から零れ落ちていく。

感情が堰を切って洩れ出し、嗚咽がグッと喉元までこみ上げて来て声を詰まらせてしまう。


『…なんで私なの』


そこまで言い終わった時にはもう視界が涙でいっぱいになって何も考えられなかった。真っ赤に腫れた涙袋の上を新たな涙が伝っていき、ピリリとした鈍い痛みを生み出す。

せめてイザナくんの前では泣き止まなきゃと舌にせりあがって来る嗚咽を一生懸命飲みこんでいくが、一度吐き出した感情は歯止めが利かなくなってしまい、水の中にもぐっているように視界が霞んでいく。


「…ンな泣かなくてもオレが居んだろ。」


低く、それでいてどこか含みを持った声の主の手に頬を包み込まれ、俯き気味だった顔を無理やり上げられる。

こちらを見下ろすように見つめるアメジストの瞳の近さに驚いて目を見開いた瞬間、下睫毛に乗っかっていた透明な涙が重力に従ってほろりと頬を滑り落ちる。生暖かく少しくすぐったい感触を頬の皮膚で受け止めながら、困惑の含んだ瞳でイザナくんを見つめ返す。


「オレ以外の奴、オマエに必要?」


悪魔の囁きのようにほんの少しの危険を匂わす甘美さを持つイザナくんの声が一筋の風のように耳の奥に染み渡るように響き、ガラス玉のような大きな紫色の瞳が私の視線を掴んで離さない。

その瞳に含まれている濁りに、なにか危ないものを感じるような気がする。ゴクリと飲みこんだ固唾が嫌に鼓膜に響く。


『イザナくん…?』


いつものようにそう彼の名前を呼び掛けても一向に返事は返ってこない。シィンと私たちの間に漂う気まずい沈黙が水のように耳を浸す。

一向に変わらぬその様子に疑惑の花が脳裏に咲く。


『ひ、必要じゃない…』


そんな有無を言わせない緊張感に耐え切れず、絹糸のように細く澄んだ声でそう言葉を落とし、首を横に弱弱しく振る。

いつもは私を助けてくれる優しいイザナくんが、この瞬間だけ酷く怖いものに見えた。

有無を言わせないようないつもとは少し違う低い声色のせいなのか、どこか闇を感じるような濁った瞳のせいなのか、辺りに漂う重苦しい雰囲気のせいなのか。頭に思い浮かぶ違和感に、不安な予感が隙間風のように吹き込んでくる。


「…そっか」


だが、イザナくんは私の胸の中に沸き立った悪い予感を吹き飛ばすようにいつもと同じ本当に嬉しそうな笑みを頬に刻み、パッとそれまで掴んでいた褐色の手が私の頬から離れる。

声も瞳もいつも通りのイザナくんに戻っている様子に、ホッとするような喜ばしい安堵の情が胸を浸す。魚の骨のように心に刺さっていた違和感が溶けていく。


「ンじゃ、どっか行くか。」


『え?』


そんな黒い違和感が溶けていくなか、突然告げられたその言葉が上手く脳内で処理出来ず、息が多く含まれた間抜けな声が口から零れる。


「どうせサボるしかねェだろ。海行こーぜ。」


『え、ちょ…!』


イザナくんは未だに疑問符を浮かべる私の腕をさらりと自然に取るとあの女子生徒たちとは違う、優しい力で私の腕を引き、上機嫌に歩みを進め出した。







続きます→♡1000

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