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びしょ濡れで帰ってきた僕たちは、とりあえず服を乾かすために着替えることにした。
涼ちゃんはバスタオルを頭に巻いて「僕、先にお風呂借ります!」と宣言し、
若井は「じゃあ俺は洗濯回す」とキッチンの奥に消えていった。
僕はというと、濡れた買い物袋の中身をキッチンに並べていた。
その中に、なぜか見覚えのない巨大サイズのキャベツが。
「これ、誰が入れた?」
「……僕じゃないです」
「俺でもないな」
一瞬、沈黙。
まさかと思って袋をよく見ると、なんと近所のスーパーのじゃなくて“隣町のスーパー”の袋。
つまり――誰かの買い物が、僕たちの袋に紛れ込んでいた。
「……え、これって泥棒になるのかなあ」
「いやいや、故意じゃないからセーフ……のはず」
「セーフとかじゃなくて返すよ!」
慌ててまた外に出て、ずぶ濡れのままスーパーへ逆戻り。
事情を説明したら店員さんが大笑いしながら
「このキャベツ、もう返品できないので差し上げます」と言ってきた。
帰宅後――。
「……なんか今日、ただの買い物のはずがサバイバルゲームだったな」
と僕が言うと、涼ちゃんがキャベツを抱えて「戦利品です!」と誇らしげに笑った。
涼ちゃんは、まるで宝物を扱うみたいにキャベツをまな板に置いた。
「元貴、見てください。この丸み、この艶……運命のキャベツです」
「キャベツで運命語るな」
若井は半笑いでソファに沈み、「……それで何作るんだ?」と聞く。
涼ちゃんは目をキラキラさせて、
「キャベツたっぷりメンチカツです!」と胸を張った。
そこからはもう、キッチンが戦場。
包丁がキャベツを刻む音が止まらない。
「……涼ちゃん、刻みすぎじゃない? 山できてるけど」
「これは愛です!」
パン粉をまぶすときも、なぜかBGM代わりに鼻歌を歌い、
揚げ油に投入するときには「出撃ー!」と叫ぶ。
若井は台所の入り口から腕組みして見守りながら、
「……いや、これ、ただの料理じゃなくて演劇だな」とぼそっとつぶやいた。
揚げ終わったメンチカツは、まるで黄金色の宝石。
涼ちゃんが皿を運びながら「では、運命の味を!」と得意げに差し出す。
一口かじると、サクッ……じゅわぁ……。
「……うまっ」
若井も「これは……確かに運命かもしれん」と珍しく真顔で頷いた。
涼ちゃんは照れくさそうに笑い、
「じゃあ、このキャベツ、最後までみんなで大事に食べましょう!」と言った。
その瞬間だけは、本当に何のトラブルもない、平和な夕食だった。