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お昼に真希絵がお弁当を買いに行っている間、あかりは日向を預かっていた。
いや、我が子なので、預かっていたというのも妙な話なのだが……。
真希絵はCMで見たお弁当がどうしても食べたくなって買いに行ったようだった。
「テレビで見てるとすごくおいしそうなのよっ。
実際に食べたら、そうでもないことも多いんだけどねっ」
そうとわかっていても止められないものらしい。
「ぐわあお! 行ってきたよ~」
待っている間、日向はあのおじいさん人形に話しかけていた。
『ぐわあお!』とは、動物園のことのようだ。
「ぐわあお! いたよ~」
この『ぐわあお!』は、ライオンのことらしい。
「ペンペンもいたよ~。
うさちゃんもいたし~。
パンダさんもいた~」
待て。
パンダはいないぞ……。
「猫さんもいたよ~」
……行く道中にいたかもね。
「あと犬さんも~」
日向にとっての動物園とはっ、と思ったとき、カランコロンとドアチャイムの音を立てながら、青葉がやってきた。
「日向はすっかりあの人形が気に入ってるようだな」
カウンターでアイスコーヒーを飲みながら、青葉が言う。
「そうなんですよ。
子どもが可愛いと思う感じの人形じゃないのに。
あ、そうだ。
ネットショップの方、青……木南さんが教えてくださった商品を目玉にしたら、お客様ちょっと増えましたよ」
「俺が手を貸してやって、ちょっととは何事だ」
「でも、他の商品も一緒に買ってくれる人とか。
またすぐ、違う商品を買いに来てくれる人とかいて楽しいですっ。
……もう、このお店閉めて、ネットショップだけにしてしまおうかと思うくらいに」
いえ、ここも全然来ないわけでもないんですけどね、と言うと、今はお客さんのいない店内を青葉は見回し、
「そうだな。
閉めるのもアリだな」
と言う。
自分で言っておいて、なんなんですけどっ。
お店やるの、夢だったんですけどっ、と思ったとき、青葉が言った。
「大吾が来るから、この店はもう閉めたらどうだ。
入り口に、『大吾お断り』とか、ステッカー貼っとけ。
俺が作ってやろう。
『セールス、勧誘、大吾は一切お断りします』ってやつを。
ああ、もうひとついるな。
『木南さん呼び、一切お断り NO!』も作ろう」
いや、そんなこと言われてもですね。
なんか呼べないですよ。
あなたを青葉さんと呼ぶときが、あなたをまた前のように好きになったときのような気がするので……とあかりは照れる。
まだ、お人形と遊んでいる日向を見ながら、青葉が言った。
「記憶をなくしたのは事故のせいで。
そのとき、たまたま、お前が男と会ってたことを忘れたいと思ってただけなんだろうが。
……なんだか、そのせいで忘れてた気がして。
すぐに訊けばよかったんだろうけど。
お前が俺には見せないような緊張感のない顔で、あの男と話してたから気になって」
いや、緊張感のない顔ってなんなんですか……、と思いながら、あかりは言う。
「それは……嶺太郎さんだと緊張しないけど。
青葉さんだと緊張するからです」
「なんで緊張するんだ?」
な、なんででしょうねっ。
わかってて訊かないでくださいよ、青葉さんになりかけの木南さんっ。
あかりは俯き、手にしていた布巾をぐしゃぐしゃになるまで握り込む。
「……ただお前に訊けばよかっただけなのに。
すぐに追求できなかったのは。
これが初めての恋で。
きっと最後の恋でもあって。
そして、今でもずっと、永遠にお前だけが大好きで、他の奴を好きになるとかないから」
だから、破局する未来だけは避けたかったからだと思う、と言いながら、青葉が自分を見つめる。
「こな……あお……。
大変でしたね」
「……ついに、名前を呼ばない方向に切り替えたのか。
ともかく、俺は誓うよ。
今度、工場に行く途中、事故に遭っても、二度と記憶を失わないと」
「…………」
しまった、どっちの名前も呼べない、とあかりはただ、青葉の顔を見つめる。
そして、気づいて言った。
「あの、そういえば、なんで私との記憶、失ったんでしたっけ?」
「山の工場に行く途中、事故に遭ったから」
「……記憶をなくしたのは?」
「違う山の工場に行く途中、事故に遭ったから」
「……あの、もう車に乗るの、やめた方がいいんじゃないかと思うんですよね。
あと、工場、山の上に作るの、やめてもらうことはできないんですかね……?」
「いや、どっちの事故も俺のせいじゃないからな」
と言い訳がましく、青葉は言っていた。