とある街中の公園で二人の子供が遊んでいた。
「明日香、こっち!」
「待ってよ、こーくん!」
いつものように夕方まで遊んで、木陰でお菓子を分け合って。
だけど今日は、いつもと少し違う。
「……明日香、俺たち、今日で最後なの?」
「うん。ママが明日の朝には家出るって」
ふたりの間に、風が通り抜けた。
「じゃあ、これ」
晃河はポケットから、小さな赤いお守りを取り出した。
「これ、俺が作ったの。カバンに付けといて。また会った時にお互いすぐにわかるでしょ?」
「うん!…でも、また会えるかな」
「…会えるよ。俺たちなら」
晃河がニコッと笑い、それに続いて明日香も笑う。
晃河の頭にはあることが浮かんでいた。
(ほんとは、“また会えたら結婚しよう”って言いたかったんだけどな)
そう思っていたなんて、当時の明日香は知らなかった。
そして、ふたりは夕焼けの中、別れた。
ーー数年後。
2年生の秋の教室で朝のチャイムが鳴る。
「今日は転校生が来ています」
先生のその言葉に生徒たちはガヤガヤと騒ぐ。
「入ってきていいよ〜」
先生がそう言うと、教室の扉がガラッと開く。そしてその扉から1人の男子生徒が入ってくる。
「はじめまして。近藤明日香です。よろしくお願いします」
明日香はペコッとお辞儀をする。明日香はこの秋、この街に戻ってきたのだ。
「近藤くんは、あの席に座ってね」
先生に促され、明日香は席に座る。斜め前の男子生徒が振り向いて明日香を見る。けれどすぐに戻り、先生の方を見た。
「それじゃあみんな。この学校のこと、近藤くんに教えてあげてね」
先生のその言葉に生徒たちは「はーい」と返事をする。
ホームルームが終わり、生徒たちが明日香の方へ来る。
「明日香、よろしくね」
「近藤くん、よろしく〜」
そう挨拶をして、斜め前の生徒の机に男女数人が集まる。明日香は不思議そうにその光景を見ていた。
そんな明日香に隣の生徒が話しかける。
「あれ、御影晃河。人気者なんだよ。ほかのクラスのやつにも」
「へぇ〜…でも、大丈夫なの?」
「何が?」
「ほら、彼女とか。あんな人気者だと、嫉妬されそうだなって」
明日香のその質問に隣の生徒は笑う。
「大丈夫だよ。あいつ彼女いないから」
「へぇ〜、意外。」
「なんか、子供の頃から心に決めた人がいるんだって。だから告られても全部断って、″俺には心に決めた人がいるから″って」
「心に決めた人か…なんか、凄いね」
「まぁ、引っ越しちゃったらしいから、会えないと思うけど。本人はまた会えるって信じてるみたいよ」
「へぇ〜…」
放課後のチャイムが鳴り終わり、クラスのざわめきが少しずつ静まっていく。
明日香は帰り支度をしながら、ふと前の席の晃河に目を向けた。机の上のノートを片づけながら、晃河は友達に向かって笑っている。晃河の周りには人が数人あつまっている。
(綺麗な顔してるな…)
晃河は誰が見てもイケメンだと言えるほど、クラスの中でも輝いていた。人気者なのも納得だ。
「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「俺も帰る〜!ねぇ晃河、帰りにカラオケ行かね?」
「お、いいね」
晃河がそう答えると周りの人達も「俺も行きたい!」「私も〜」と誘いに乗る。
「じゃあみんなで行こ」
晃河が笑顔でそう言うとみんな「やった〜」と喜ぶ。
「じゃあ行こっか」
晃河は立ち上がり、カバンを持ち上げる。
その時、晃河のカバンの端で小さく揺れる赤いお守りが目に入った。
一瞬、息が止まる。明日香の頭に昔の映像が流れる。
あの時″こーくん″に貰った赤いお守り。
「…こーくん?」
無意識にそう口に出た。扉に向かって歩き始めていた晃河は一瞬立ち止まったけれど、こっちを見ることなく、教室を出ていった。
家に帰ると、明日香は自分の部屋の机の引き出しを開ける。
そこに入っていたのは赤いお守り。小学生の時はつけていたけど、中学の頃に急に恥ずかしくなって机の引き出しにしまっていた。
明日香は、さっき晃河のカバンに付いていたお守りを思い出しながら引き出しに入っているお守りを取り出す。
「やっぱり、これだよね」
″こーくん″と呼んでいたのは覚えていたけれど、名前は覚えていなかった。
「…晃河…か」
明日香はお守りをそっと制服のポケットに入れた。
次の日の放課後、チャイムがなり終わり、生徒たちが帰っていく。今日も晃河の周りには人が集まっていた。
「帰ろ〜ぜ」
そう言って立ち上がり、みんなと帰ろうとする晃河の元へ明日香は向かう。
「晃河くん」
明日香のその呼び掛けで晃河は振り向く。
「何?」
「ちょっといい?」
晃河は友達に「先に行ってて」と促す。教室には明日香と晃河の2人だけが残った。
「俺になんか用?」
不思議そうにそう聞く晃河に明日香はポケットから取りだしたお守りを見せる。それを見た晃河は驚いた様子で言う。
「なんでお前が…」
「明日香だよ。引っ越したけど、戻ってきたの」
晃河はそれを聞いて少し考える素振りをする。
「…明日香って男だったの?」
「そうだよ。俺の事、女だと思ってたの?」
「だって…」
そこで晃河は言葉が詰まる。晃河が明日香を女だと思うのも無理はなかった。明日香は子供の頃、周りの男の子より華奢で、髪も長かった。名前も男女兼用できるような名前だから、男と言わないと誰でも女の子と見間違えてしまうだろう。
「俺、ちっちゃい頃女みたいだったもんね。髪も長かったし」
明日香がそう言って笑うと、晃河は気まづそうな顔をする。
「…あのさ、一応聞くけど、その中見てないよね?」
晃河は明日香の持つお守りを指さしてそう言う。
「見てないけど」
明日香がそう答えると、晃河は安心したような顔をする。
「見なくていいからね。それ」
晃河のその言葉に明日香は好奇心がうずく。
「なんかそう言われると見たくなっちゃうな〜」
「ダメだって」
明日香はそう言う晃河を無視してお守りを開けた。そんな明日香を晃河は慌てて止める。
「ちょっと!見ないでよ!」
そう言う晃河を背に向け、明日香はお守りの中身を取り出した。中には折りたたまれた紙切れが入っていた。
「なにこれ」
「なんでもないから見ないで!」
「ふ〜ん…」
明日香はそういいながらも紙切れを開いた。そこには子供の字で書かれた文字。俺はその文字を読み上げた。
「″明日香とまた会って結婚できますように″」
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