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彼女がいるのは美術室の前であった。
そういえば、と思い出す。
呉田先生は美術教師であったと。
この教室も週のうち何日かは美術部が使っているはずだが、今日はその日ではないらしい。
「ケイちゃん、ここにゆき……義弟
おとうと
がいるの?」
一応、声をひそめて彼女の隣りに並ぶと、コクコクと頷きながらもケイは扉の隙間を指した。
女ふたりで顔をくっつけるようにして中を覗く羽目になる。
普通の教室と比べて広い美術室には木製の大きな机が八卓並んでいた。
その周囲を小ぶりの椅子が取り囲む形で設えられている。
絵の具の匂いとともに漂う、古臭い木の香り。
教室の向こうは窓に面しており、星歌の元からも中庭の木々が見える。
木の緑を背景にするように、居た。
行人と呉田が教卓を挟むような形で立っている。
「いや、その……話し合うというか。一応、生徒のことなのでちょっと問題かな~と。いやいや、もちろん問題ってほどじゃあないんですよ? ただ、呉田先生もできれば思慮なさって……」
「美しいものを美しいと言って何が悪いんだ、白川先生」
「い、いやまぁ……先生は美術に造詣が深くていらっしゃるから。その、でもコンプライアンス的にというか、ちょっと今は時代ですかね。そのぅ……」
先輩教師に対しての遠慮が先立つのだろうか。
行人の抗議の言葉も語尾が弱い。
「コンプライアンスが何だ!」
呉田は声を張り上げる。
「石野谷ケイは美しいだろう。まるで西洋絵画から抜け出たようじゃないか。あの美貌はなかなかない。絵描きの端くれとして、彼女をモデルに絵を描きたいと思うのは当然だろう!」
「ヒッ!」
自分の名前が出たためか、星歌にくっついて教室を覗いていたケイが悲鳴をあげる。
それが妙に星歌を苛立たせた。
「……行人のヤツ、歯切れが悪いな。完全に圧し負けてるじゃないか」
コンプライアンスがとか、ちょっと問題かなとか……強く言えないのは教師といえど所詮はサラリーマンの悲哀だろうかなんて思いながら、星歌も静観の構えである。
明らかに弱腰な行人と、淡々と自身の主張を繰り返す呉田の言い合いに、割って入るタイミングを逸してしまった。
「美しいといえば白川先生、君もだよ」
「は?」
「石野谷ケイもだが、君にもモデルになってほしいと前々から思っていたんだ。絵画でも良いけど、君の端正な美しさは彫刻にも向いているよ」
「いやその……光栄な反面、ちょっと忙しくて……そんな時間は、ない、かなぁ、と」
「できるならね、裸体で頼みたいんだ」
「らたい……」
「生徒で女子の石野谷ケイに頼んだら大問題だけど、君なら平気だろ」
「いや、それも……若干、問題じゃないかなぁと」
「裸体で彫刻だ! 頼む!」
【続きは明日更新します】