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ターゲットを変更したらしい呉田、行人にぐいぐい迫る。
教卓をうまく楯にする形で行人はさりげなく距離をとるものの、さりとて逃げ出すわけにもいかず、ひたすら微妙な笑顔を顔面に張り付けていた。
ついに呉田は教卓越しに行人に向かって手を伸ばす。
「ちょっと見せてくれ。上体だけでもいいから!」
「や、やめてっ!」
「見るだけ! 減るもんじゃないんだし……ぶっ!」
そこで呉田の上体が不自然に傾ぐ。
不意に後ろから力を加えられたように、教卓に両手をついた。
同時に背後から伸びた手が彼の眼鏡をつかむ。
呉田と行人が同時に声をあげた次の瞬間、美術教師の眼鏡は教卓の後ろへ放り投げられた。
星歌である。
行人に迫る呉田の尻を蹴飛ばし、眼鏡を奪い取ったのだ。
「行人、お前そのザマは何だ!」
「せ、星歌……?」
またコイツかと、見えづらそうに目を細めて星歌を睨む呉田。
その尻をもう一度蹴って、星歌は行人の元へ駆け寄る。
義弟の美貌を、呉田から隠すようにその間に立ちはだかった。
「このヘンタイ! 行人、お前のことは私が守るからね!」
「星歌……」
ケイが呉田の眼鏡を拾って窓から校庭に放り捨てるのを視野の端にとらえると、星歌は尚も執拗に彼の尻目がけて蹴りを繰り出す。
さすがに単調なキックを三度も喰らうことはなく、呉田はヨロヨロとした足取りながらも身をかわした。
腹立ちまぎれか、手近な椅子を星歌めがけて蹴り飛ばす。
「痛ぁ!」
倒れた椅子でしたたかに脛を打ち、星歌は涙声で悲鳴をあげた。
地味な争いながらも双方真剣だ。
攻撃が効いたことから自信をつけたか、呉田がさらに椅子に足をかけたところで、ようやく行人が身を乗り出す。
「い、言いつけますよっ!」
行人、見事に声が裏返っていた。
「が、学年主任に! あと教頭に! 校長と、ゴシップ好きな生徒と新聞部と放送部に全部ぶちまけて……」
完全に腰が引けており、舌ももつれている。
インテリ故に修羅場に弱いのがありありと伺えたのだが、職場の上司の肩書を出された呉田はうなだれるように椅子から足を下ろした。
「ちょっ、行人? 顔真っ赤だよ、大丈夫?」
星歌に肘で背をつつかれ、行人は耳たぶまで朱色に染める。
「お、俺だって……星歌を守りたいんだ……っ」
いつのまにか星歌に背中を預けるように前に出て、彼は掠れた声を絞り出した。
「だって……星歌が大切、だからっ」
その背に星歌の手の平がそっと触れる。
「わ、私もそうだよ! 小っちゃいころからずっと、行人のことがいちばん大事なんだよっ……」
行人に触れた手の平があたたかい。
それは、目の前を白く輝く星がいくつもいくつも流れ、美しく弾けるような瞬間だった。
【つづきは明日更新します】