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#CREATIVE BASE
K-Takasaka
83
#人狼
K-Takasaka
143
午前五時。
シェアハウスの防音室では、すでに演奏が始まっていた。
K-Tがドラムを叩き、アオノがキーボードを弾いている。
ドン、ドン、タッ。
ドン、ドン、タッ。
K-Tのドラムは、朝五時とは思えないほど力強かった。
対して、アオノは眠そうな様子を一切見せず、淡々と鍵盤を叩いている。
「テンポ、安定。音量、許容範囲。防音扉、正常。監視カメラ、全十二台、稼働中」
「演奏中に報告するな」
K-Tがドラムを叩きながら言った。
「必要な報告です」
「必要ない」
「監視カメラは重要です」
「今は演奏だ」
「演奏も重要です」
「なら、演奏しろ」
「了解しました」
アオノはキーボードに向き直った。
数秒後、今度は演奏に集中しながら口を開く。
「なお、昨日の午後十一時四十三分、カキが倉庫の扉を三回蹴っています」
「アオノ」
「はい」
「演奏しろ」
「了解しました」
アオノは何事もなかったように演奏を続けた。
そのとき、防音室の外から、大きな物音が響いた。
ガシャーン!
K-Tの手が止まる。
アオノも鍵盤から指を離した。
「異常音を検知しました」
「またか」
K-Tが立ち上がる。
「俺が行く」
「待ってください」
アオノは壁際のモニターを起動した。
画面が切り替わる。
キッチンの床に、鍋のふたが落ちていた。
その横で、カキが四つん這いになって床を覗き込んでいる。
「何をしている」
K-Tが画面を見ながら尋ねた。
「カキが床を調査しています」
「理由は?」
「本人に聞きます」
アオノがキッチンのスピーカーに接続した。
「カキ。何をしていますか」
『うおっ!? カメラから声がした!』
画面の中で、カキが飛び上がった。
『アオノちゃん、今どこにいるんだ!?』
「防音室です」
『見えてるのか!?』
「はい」
『俺のことを!?』
「はい」
『どこまで!?』
「現在、床に落ちた鍋のふたを右手で拾い、左手で床を指差しています」
カキはゆっくりと自分の右手と左手を見た。
『……すげえ』
そこへ、寝巻き姿のメバルが現れた。
「カキちゃん、朝から何してるの!」
『メバルちゃん、聞いてくれ! 今、床の下から音がしたんだ!』
「だからって鍋のふたを落とす必要はないよね!」
『違う! ふたは俺が落としたんじゃない!』
「映像では、カキが鍋を持ち上げて、びっくりして放しています」
アオノが事実を述べた。
『それは落としたんじゃなくて、手が勝手に――』
「カキちゃん」
メバルがにっこり笑った。
「それを落としたって言うんだよ」
カキは沈黙した。
「アオノ、カメラで床下に何か見えない?」
「確認します」
アオノは別の画面を開いた。
キッチン、リビング、庭、駐車場、車庫、倉庫。
複数の映像が同時に表示される。
「床下に異常はありません。温度、湿度、振動、すべて正常です」
『でも、さっき三回鳴ったんだって!』
「カキが床を三回叩いたからではありませんか」
『違う! 俺が叩く前に鳴ったんだ!』
「記録を確認します」
アオノは数秒前の映像を巻き戻した。
カキがキッチンに入る。
床を見る。
耳を当てる。
鍋を持ち上げる。
床を叩く。
鍋を落とす。
もう一度床を叩く。
さらに一度床を叩く。
アオノは映像を停止した。
「最初の音は、カキが床に耳を当てたときのカキの腹部の音です」
『俺の腹!?』
「空腹音を検知しています」
メバルが額を押さえた。
「カキちゃん……朝ごはん食べてないの?」
『いや、食べたぞ。昨日の夜に』
「それは朝ごはんじゃないよ」
『時間の問題だろ』
「全然違うよ!」
防音室に、マサカゲが入ってきた。
「何の騒ぎだ」
「カキの腹が、床下からの怪音として検知されました」
アオノが説明する。
「なるほど。カキ、まず何か食べろ」
『マサカゲまで!?』
「腹が鳴るほど床に耳をつけるな。衛生的にもよくない」
『そこなのかよ!』
マサカゲはモニターを見た。
そこにはキッチンの床に耳をつけたカキの姿が映っている。
「ところで、アオノ。監視カメラが増えていないか?」
「増やしました」
「いつの間に」
「昨日の夜です」
「何台?」
「六台」
「十二台あるのに、さらに六台?」
「家の安全性を高めるためです」
マサカゲが画面を見回す。
「玄関、廊下、庭、駐車場、車庫、倉庫……ほとんど全部じゃないか」
「死角を減らしました」
「個室にはないだろうな?」
「ありません」
「風呂とトイレも?」
「ありません」
マサカゲは少し安心した。
「ならいい」
「ただし、風呂の前の廊下にはあります」
「そこは……まあ、廊下だからな」
メバルが画面を覗き込む。
「アオノちゃん、カメラって全部録画してるの?」
「はい」
「私たちが変なことしても?」
「変なことの定義によります」
「例えば、カキちゃんが冷蔵庫を開けたまま五分間ぼーっとしてるとか」
「記録されます」
「ミステーちゃんが庭の植木に話しかけてるとか」
「記録されます」
「Kちゃんが午前四時に起きて、防音室でずっとドラム叩いてるとか」
「記録されます」
「私が昨日、リビングで寝落ちして、毛布を全部蹴飛ばしてたとか」
「記録されます」
メバルの顔が固まった。
「……見たの?」
「記録はされています」
「見たの?」
「必要がなかったので確認していません」
「本当に?」
「はい」
「絶対?」
「はい」
「じゃあ、カキちゃんが私の毛布を引っ張って床に落としたところは?」
「衝撃音が発生したので確認しました」
メバルがゆっくりとカキのほうを向いた。
「カキちゃん」
『いや、あれは起こそうと思って!』
「どうして毛布を引っ張るの!」
『普通に声をかけても起きないから!』
「だからって、私を床に落とすのは普通じゃないよ!」
『でも起きた!』
メバルがカキの額を叩いた。
ペシン。
「痛い!」
「これは教育的な衝撃音です」
アオノが記録を確認する。
「先ほどの接触も録画されています」
「アオノちゃん、そこは報告しなくていいの!」
ミステーが、いつの間にか防音室の入り口に立っていた。
「カメラは家の目ですね」
「ミステーちゃん、そこにいたの?」
「いました」
「いつから?」
「カキの腹が鳴ったあたりから」
「最初からじゃない」
ミステーはモニターに映るカメラを見上げた。
「目は、見られると意識します。意識すると、普段しない行動をします。つまり、監視カメラは人を変える」
「カキはカメラがなくても変な行動をするぞ」
マサカゲが即座に言った。
『俺を何だと思ってるんだよ!』
「危険な好奇心の塊」
「探究心のある冒険者だろ!」
「言い換えても意味は同じです」
アオノが淡々と補足した。
そのとき、玄関のカメラから警告音が鳴った。
ピピピピピ。
全員がモニターを見る。
「侵入者か!?」
カキが叫んだ。
「警戒してください」
K-Tが立ち上がる。
メバルも身構え、マサカゲはすぐに周囲を確認した。
玄関の映像には、誰もいない。
ただし、玄関前に黒い影が落ちている。
「何かいるぞ!」
カキがギターを構えた。
「それ、武器じゃないからね」
メバルが止める。
「確認します」
アオノは玄関カメラを拡大した。
影がゆっくり動く。
「対象、接近中」
「来るぞ!」
カキが叫ぶ。
玄関のドアが、ゆっくり開いた。
「入るぞ」
K-Tの声が響く。
全員が振り返った。
K-T本人が、玄関から入ってきた。
「……」
「……」
「……」
しばらく、誰も話さなかった。
「Kちゃん?」
メバルが恐る恐る尋ねる。
「俺だ」
「分かってるよ!」
マサカゲが額を押さえた。
「お前、いつ外に出た?」
「十分前」
「カメラには?」
「映っている」
アオノが答えた。
「玄関カメラの死角を通り、外へ出ています」
「死角を通ったのか?」
「正確には、カメラの向きが変わる瞬間を利用しています」
K-Tは短く答えた。
「何のために?」
「水を買った」
K-Tはコンビニの袋を持ち上げた。
全員が黙り込む。
「……水のために、監視カメラの死角を?」
マサカゲが尋ねる。
「習慣だ」
「習慣でやることじゃないよ!」
メバルが叫んだ。
アオノはK-Tを見た。
「カメラの死角を正確に把握していますね」
「必要だからだ」
「何に?」
「必要に」
「答えになっていません」
K-Tは返事をしなかった。
代わりに、防音室の中央へ戻り、ドラムスティックを手に取る。
「続ける」
「いや、今の話は終わってないぞ!」
マサカゲが止める。
「演奏する」
「お前はいつもそれで話を終わらせるな!」
K-Tはドラムの前に座った。
カキも仕方なくギターを構える。
「じゃあ、俺たちも演奏するか」
「その前に朝ごはん!」
メバルが叫ぶ。
「カキちゃんは床じゃなくて、ちゃんとテーブルで食べて!」
「俺、床下の謎を解明したいんだけど」
「謎じゃなくて空腹音!」
アオノはモニターに新しい表示を出した。
「なお、現在、カキの腹部から再び音が発生しています」
ぐううううう。
防音室まで聞こえるほど、大きな音だった。
カキが胸を張る。
「ほら! 今度こそ床下からだ!」
「カキの腹です」
「俺の腹じゃない!」
「カキの腹です」
アオノは断言した。
ミステーが静かに頷く。
「お腹の中に、小さな地下室があるのかもしれません」
「ないよ!」
メバルが即座に叫ぶ。
「アオノちゃん、カメラで確認して!」
「カメラでは腹部内部まで確認できません」
「そこまで見なくていいからね!」
K-Tがドラムスティックを振り上げた。
「始める」
ドン!
大きな音が防音室いっぱいに響く。
カキのギター、マサカゲのベース、アオノのキーボードが続く。
メバルは慌ててマイクを手に取り、ミステーは何の説明もなくギターを鳴らし始めた。
騒がしい。
朝から、ひたすら騒がしい。
しかし、防音室の外に音が漏れることはない。
家中に設置された監視カメラは、そんな六人の姿を静かに記録していた。
玄関。
廊下。
庭。
駐車場。
車庫。
倉庫。
そして、キッチン。
キッチンの床に落ちた鍋のふたを、カキがもう一度拾い上げる。
メバルがすぐに叫んだ。
「カキちゃん、今度は落とさないでよ!」
「落とさないって!」
カキは鍋のふたを持ったまま、慎重に一歩進んだ。
その瞬間、足元のマットに引っかかった。
ガシャーン!
再び鍋のふたが床に落ちる。
防音室のモニターに、警告表示が出た。
異常音を検知。
アオノが画面を見た。
「またカキです」
「分かってるよ!」
カキの声が家中に響いた。
こうして、シェアハウスの監視カメラは稼働を開始した。
防犯のために設置されたはずのカメラは、その日一日で、カキの転倒三回、メバルのツッコミ十七回、ミステーの植木への話しかけ五回、マサカゲのため息二十三回、そしてK-Tが水を飲む姿を八回記録することになる。
アオノはその記録を、すべて真面目に保存した。
家の安全は、たぶん守られていた。
ただし、家の中で一番危険なのが誰なのかは、カメラを確認するまでもなかった。
コメント
1件
第1話、めっちゃ面白かったです!🤍 監視カメラがあることで逆に住人の個性が浮き彫りになる感じがすごく好き。 特にカキの「床下からの怪音=自分のお腹」ってオチと、K-Tのカメラ死角すり抜け水買いがツボでした(笑) アオノの淡々とした報告が全員のツッコミを誘うテンポ、心地よかったです。 シェアハウスの混沌とした日常、これからも読みたいです!🥀