テラーノベル
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あれからどうなったのか、神無月セリカは自分でもよく分かっていない。気が付けば帰還用ヘリの中にいて、目の前には水を差し出す救護員がいた。
気を失っていたのか、それとも自分でここに来たのか、それすら曖昧だった。
「大丈夫ですか? 念のため身体を調べさせていただきました。赫竜病感染の疑いはなしです」
「私……」
「初めての実戦研修で竜人と遭遇したそうですね。リョウマさんとアヤさんのことは御愁傷様でした。ヒムロさん、ハルさん、氷花さんは無事に保護されたそうです」
死んだ同期たちの名前、逃げるうちにはぐれてしまった同期たちの名前。
ゆっくりと彼女を現実に戻す。
「三一七の、皆さんは」
「危険もあるため、ご遺体の回収は断念しました」
「違……あの人たち、殺されて」
「”竜人殺し”ですね」
救護員は酷く表情を歪めていた。
そして深い哀れみを向ける。
「接触禁忌種、竜人。僅かな傷から急性侵蝕型赫竜病を誘発し、竜人化させてしまう難敵です。セリカさんは対竜人特務小隊の彼と会った……いえ、彼の仕事を目の当たりにしたのですね」
「あの人は……あいつは先輩たちを殺して!」
「……ええ、酷い話です」
「あぁ……ああああ! うわあああああああ!」
セリカはあの光景を思い出し、激しく泣いた。
全てが奪われる無力感と、渦巻く憎悪が少女の心に刻み込まれた。
◆◆◆
廃工場を歩くシオンは、離れた位置でインカムのスイッチを入れる。
もう頬には打たれた跡すら残っていなかった。
「こちら一〇六小隊のシオン。竜人の処理と新人の護送が終わった」
『オペレーターだ。了解した。先程、救護ヘリからも連絡があった』
「もうしばらく哨戒して帰還する。他にも竜人がいるかもしれない」
『分かった。それと如月シオン……当主様より通信がある。繋げるぞ』
「帰ってからではだめなのか?」
『当主様も忙しい。あの方はキサラギの全体を管理していらっしゃる。従弟のお前も分かるだろう』
「……わかった」
正直に言えば、シオンの苦手な相手であった。
長い話になるかもしれないと考えたシオンは、隠れやすい場所に移動する。空を飛ぶドラゴンに見つからないためには、まず室内であることが前提条件だ。そして稀に徘徊している竜人とも遭遇するため、室内であっても油断ならない。
ひとまずの安心ができる場所に隠れてすぐ、インカムに流れる雑音が変わった。
『久しぶりねシオン』
「水鈴姉さん……わざわざ任務中に何?」
『これから主要小隊を集めての会議があるの。新しい大規模作戦のためにRDOからお偉いさんが来ているのだけど……まぁいいわ』
「もしかして高濃度デミオン区域の探索を?」
『探索じゃないわ。実験をするそうよ』
「また何かのパシリか」
シオンは呆れた様子だった。
RDOとはレジスト・ドラゴン・オーガニゼーションの略で、つまりは国際対竜機関のことだ。その本部は黒海の南部の旧イスタンブールに存在する。本部以外にも幾つかの支部をヨーロッパに有する他、RDOに加盟している外部組織も多い。
『私たちのような小さなコロニーはRDOの援助なしには立ち行かないわ。私たちキサラギは資源も技術も支援を貰っている立場ですもの』
竜の厄災によって日本という国家は滅亡した。
もはや国家を為す政府機関は存在せず、各地で竜災から逃れるためのコロニーを形成しているのみ。旧横浜市に存在するキサラギもその一つだった。
またキサラギは旧日本政府が竜狩りを研究するため開発した区画でもある。そのためドラゴンスレイヤーの国際機関であるRDOにも加盟していた。
「今回も資源を?」
『特にコア、それとレアメタルね。廃墟から回収してリサイクルするにも限度があるわ』
対価として貴重な物資を分けて貰えるという点では、RDOに協力することも必要である。元から日本という国家は資源不足であったし、国家が崩壊した今もそれは変わらない。
「奴らの実験で大型竜でも刺激したら……最悪、東京の二の舞になるぞ」
『分かっているわ。こちらとしても早くRDOとは手を切りたいの。何度もこの国を無茶苦茶にされたから余計にね。あるいは奴らと対等にまでなれば、話は別だろうけど』
水鈴の声にはどこか怒りのようなものがあった。シオンはその怒りの理由を知っているし、個人的にもRDOに対して良い感情はない。
『RDOの成果物が竜の厄災から人を守ってきたのは事実よ。でも、少数を切り捨て大きな成果を得てきた結果に過ぎないわ。私たちが切り捨てられないよう立ち回る必要があるの』
「それで、俺に何の関係が? わざわざ通信までして」
『あなたの特異体質のことよ』
「……」
『”竜人殺し”としての特異体質。何があろうと隠し通しなさい。どこから漏れたのか、RDO内でも噂になっているみたいよ』
「……言われなくても」
喉が渇く。
呪わしい体質だと、シオンは思っている。
『そうそう。竜人の排除と、竜人化しかけたドラゴンスレイヤーの処理、ご苦労ね。よくやったわ』
とても褒められている気にはなれなかった。
◆◆◆
日も沈みかけた頃、シオンはバイクを使ってキサラギへと帰還した。
全面を高い外壁に覆われた巨大都市だ。門などは存在せず、車両であれば地下から内部へ入ることになっている。
「相変わらず嫌な感じだ」
このキサラギを囲む壁は対竜防壁という技術の結晶だ。常にドラゴンが嫌がる波動を放出している。よってドラゴンが近寄りにくい仕組みとなっているのだ。
あくまでも近寄りたくないと思わせるだけなので、付近ににドラゴンが近寄りやすい場所があるとより効果的となる。キサラギの場合、川崎旧工業地帯がそれにあたる。
『お勤め、お疲れさまでした』
人工知能の合成音声が出迎えてくれる。
案内に従ってバイクを返却し、認証を受ける。車両は貴重な物資なので、面倒だが厳重な管理が必要だ。また燃料も石油は廃止され、今は水素に一本化されている。日本という国家が崩壊した今、海外から原油を輸入する手段もない。海洋国家が行きつく、当然の帰結だった。
そして帰還したドラゴンスレイヤーたちがまず赴くのは、地下にある物資倉庫である。
「お疲れ様です」
シオンがバッグ片手に声をかけると、倉庫管理員は露骨に嫌な表情を浮かべた。そして幾人か目配せし、まるで押し付け合うような空気ができあがる。
数秒ほど経って、ようやく根負けした一人が返事をしてくれた。
「ドラゴンのコアですか?」
「今日は四つ、確保しました。全部小型です」
「……たったそれだけですか。『一』の小隊の癖に」
小さな声だが、シオンには聞こえていた。
だが取り合わずに査定用テーブルに赤い球を並べていく。竜を討伐した後、赤い粒子となって昇華した後に残るものだ。コアと呼ばれている。心臓を破壊すれば竜を殺せるように、このコアを破壊しても同じ結果が得られる。
だが、あえて心臓を破壊することが求められている。
「デミオン資源は不足ですか」
「まぁ今日はノルマの八割ってところですよ。エース小隊の一〇一が休暇みたいでしてね。あんたも『一』が付く小隊なんだから、中型くらい狩って欲しいんですが」
「俺は”竜人殺し”なので」
「……ふん」
竜が発する赤い粒子、デミオン。日本語では幻素とも訳される。
世界の終末となった竜の厄災の日と共に出現し、世界を汚染した素粒子だ。そして現代では、なくてはならない資源にもなっている。
キサラギを守る対竜防壁とてデミオンを用いた技術の一つ。
だから命を賭して、ドラゴンを狩らなければならない。
「計上した。さっさと行ってくれ」
実に冷たく、酷く毛嫌いしているような物言い。
しかし慣れたものだ。成果通りにクレジットが振り込まれるのだから、それで満足している。
(そう、これでいいさ)
自罰的に己を嘲りつつ、装備の返却に向かう。
竜狩りに使う赤い刃の刀、そして銃火器はすべて個人所有が認められていない。キサラギが管理し、必要に応じて貸与されている。勿論、居住区画で不用意に武装させないためでもあるが。
そして管理受付の場で、思わぬ再会を果たす。
「あああーッ!」
空いている受付に向かおうとして、直前のダブルブッキング。お互いに顔を合わせ、日本人特有の譲り合いが発生しようとしたその瞬間だった。
つい数時間前に合わせたばかりの顔。
シオンはすぐ名前を思い出す。
「確か……神無月、セリカ」
実戦研修で不幸にも竜人と遭遇し、生き延びた少女だ。そして彼女の他にも三人いて、随分と沈んだ表情を浮かべていた。同じ隊の他のメンバーなのだろう。
鉢合わせとなった神無月セリカは一瞬驚くも、すぐに目の色を憎悪に染めた。そしてまだ返却していない刀を抜こうとする。
「ちょっとセリカ!」
彼女の仲間が呼びかけても止まらず、セリカは勢いよく刃を抜き放った。そして振り上げ、叫ぶ。胸に奥にあるのは痛いほどの熱。脳裏に浮かぶのは額を貫かれた先輩たちの姿。
理性は存在していない。
「わあああああああああ!」
「おい、馬鹿!」
まさか問答無用で殺しに来るとは思わず、シオンは回避し損ねる。刃の先が頬を掠め、遅れて痛みと血が滲み出た。それでもセリカは止まる様子がなく、二の太刀を放とうとする。
流石に看過できず、しかし刃物を持った相手の制圧は難しい。
「セリカ止めて!」
「何しているんだ!」
彼女の同期らしき男女が止めようと言葉をかける。しかし聞こえていないのか、セリカは発狂したように刀を振り回し続けた。
「こいつが! こいつが!」
シオンは最初こそ傷を受けたが、二度目三度目は回避に成功している。そして周囲の状況を窺う余裕まであった。しかし決して風向きは良くない。
この異常事態を止めるどころか、冷たい視線を向けて見守るのみ。
むしろもっとやれ、ここで殺せとまで言っているようだ。
(恨まれるのは慣れたもんだけど、流石に止めて欲しいね)
妥当な恨みだ。
それは理解しているし、憎悪を向けられることも慣れている。”竜人殺し”とはそういう仕事だ。
「赫竜病の慣れの果て、竜人がどういうものか知っているはずだ。まずは落ち着け」
「あの人たちはまだ竜人になっていなかったわ!」
「ドラゴンスレイヤーは体内に竜の因子を取り込んでいる。竜人から傷を受けると暴走し、赫竜病が急性化する。竜人化は止められない。竜人から傷を負ったら、殺すしかないんだ」
「そんなの……そんなの!」
事務的に、説明的に、できる限り説得を試みる。
だが逆にその冷たさがセリカの感情を逆撫でした。
「絶対許さない!」
切先をシオンの胸に定め、本気の殺意で踏み込み刺突。もはや言葉で止めることは不可能と断じ、シオンも小さく舌打ちした。
ぎりぎりで刃を回避しつつ、セリカの腕を脇で挟み止める。膝打ちで彼女の腕に衝撃を与えて刀から手を離させ、そのまま押し倒して取り押さえた。
(何とかなったか)
だが安堵には少し早い。
「これは何事ですか!」
武器保管庫に響く、鋭くも涼やかな声。
皆が一斉に視線を向け、セリカすらも呻ることを止める。声を発したのは黒いタイトスーツの女性だった。腕にタブレットを抱え、カツカツとヒールを鳴らしながら歩み寄ってくる。
そして彼女は如月シオンの姿を認め、状況を理解した。
「……そういうことですか。災難ですねシオン君」
「夏凛さん」
キサラギの総責任者、如月水鈴の秘書。
千葉夏凛の登場によってようやく場は収まりを見せた。
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