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#コンプレックス
少し時は遡る。
キサラギを統治する如月水鈴は、彼女の秘書と共に頭を悩ませていた。
「水鈴様、新たな赫竜病患者の収容施設を建設して欲しいと要望がありますが、そろそろ土地に余裕もなくなってきました。地下は重要研究施設や発電施設もありますので、竜人化が起こった場合の被害が甚大となりますし、そろそろ壁の拡張を考えなければなりません」
赫竜病。
それが竜と共に抱える大きな問題の一つだ。物理的に襲ってくるドラゴンと異なり、この病は内側から人の世界を壊そうとする。
デミオンを浴びたことで発症し、治癒方法は皆無。
緩やかに死に至るか、最悪の場合は竜人化して人々を襲い始める。
「キサラギで全てを抱えるのは限界ね……」
「はい。それに私たちは統治の専門家というわけでもありません。かつての政治家たちを悪し様には言えない立場ですね」
キサラギという都市は元々は日本政府の直轄都市だった。竜狩りたちも国家公務員という扱いであり、実験都市として全て政府に管理されていた。
しかし五年前に東京が壊滅し、キサラギは宙ぶらりんとなった。そこで混乱の中、日本初の竜殺一族を生み出したキサラギ内部の研究組織、二月機関が現在の統治組織になったのである。その二月機関の最高司令官として君臨するのが、如月家当主の如月水鈴である。
世界的に見ると旧政府や旧自治体組織がドラゴンスレイヤーを擁する都市を管理するのが一般的であり、竜狩りの一族が都市を管理するキサラギは非常に珍しい例と言える。
「分かっているわ。でも五年前に討伐した大型竜のコアは対竜防壁の修復とアップデートで使ってしまったし、増築となるとまた大型のコアがいるわよ? 小型や中型のコアで代用しようとしたら何年かかることか分からないわ。だからRDOと取引したのだけど……」
「しかしこちらの被害は予測できませんよ? よりにもよって、あの場所で実験だなんて」
「まだこちらは下手に出るしかないわ。何とか、シオンの力で技術的優位を獲得できればいいんだけど」
悩みの種は、先ほど終わったRDOとの取引だ。
残念ながらキサラギは支援を受けている立場。こういったとき、どうしても強く出られない。
「何とか水鈴様の仕事を減らすことができれば、色々とできることも増えるのですが……」
「東京が壊滅したのはこの国にとって最悪だったわ。関東地域の負担を全て私たちが受けることになったし、まだ受け止め切れていない需要もたくさんあることだし」
「キサラギのキャパシティは既に限界です。既に構築されている周辺自治体へ支援する方がまだ現実的ですね」
人も物資も何もかもが不足している。それがキサラギの現状だ。食料とて栄養重視であり、合成蛋白質や合成ブドウ糖にビタミン剤という味気ないものばかり。多少味付けされているといえど、贅沢など言っていられない。
数字を見ても限界なのは分かり切っていた。
食料生産、竜の研究、ドラゴンスレイヤーたちの管理、赫竜病対策、インフラ整備などのあらゆる機能をキサラギという一つの都市に詰め込むのは無理がある。
「だからこそ、RDOの支援がますます手放せないのよね」
「頭の痛い話です。先の会議も随分と一方的でしたね」
「そうね。こちらの被害を最小限にしようとすれば、シオンにも頼まないと……そう言えば遅いわね。そろそろ帰還していると思うのだけど。夏凛、確認して貰える?」
「はい。少し出かけますね」
夏凛は早足で執務室から出ていく。
扉が閉められた後、水鈴は深く息を吐きだした。
(せめて赫竜病患者を一括で治療できる大規模施設があるといいのだけど)
ドラゴンが席巻して既に百年以上が経った。
各都市はドラゴンの支配区域から逃れるように建設され、慢性的に悩まされつつもどうにか対抗してきた。しかし、赫竜病は違う。ドラゴンが世界を支配する限りデミオンは撒き散らされ、何かのきっかけで過剰に取り込んだ人間は赫竜病に感染する。
今の時代において、最も考慮するべき問題は赫竜病と竜人になりつつあった。
◆◆◆
「何かと思って来てみれば……」
状況は一目で理解できた。
如月水鈴の秘書という立場もあって、夏凛は全てのドラゴンスレイヤーを記憶している。だからシオンに取り押さえられている神無月セリカという新人も把握していたし、彼女が今日遭遇した事件も耳に挟んでいた。
「神無月さんを拘束してください。彼女にはメンタルケアが必要です」
彼女の呼びかけでようやく周りも動き始め、セリカを拘束する。彼女は激しく暴れたが、叶わなかった。武装を強制的に解除されつつ、奥へと連れ去られていく。しっかり轡まで嵌められていたにもかかわらず、最後まで叫ぶことを止めなかった。
「ふぅ」
「シオン君、水鈴様がお呼びですので来ていただけますか?」
気まずいこの場から急ぎ離れる目的もあったのだろう。夏凛はシオンの手を取って早歩きする。
だが、シオンは反射的にそれを振り払ってしまった。
「あっ……」
そんな声を漏らす夏凛に、シオンは後悔した。悪意のない、反射的なことだったとはいえ、これはあまりにも失礼にあたる。
すぐに謝罪した。
「すみません夏凛さん、その」
「分かっています。こちらこそ申し訳ありません」
「いえ。ですがあまり俺に触れるべきではありません。俺は普通のドラゴンスレイヤーとは違いますから。もしも夏凛さんに何かあると姉さんが困ります。何かの間違いで夏凛さんが赫竜病になったらキサラギの仕事が回らなくなりますから」
「あら? 私のことを心配してくれるわけじゃないの?」
「そういうわけではないんですけど」
「冗談よ。さ、急ぎましょう」
コミカルなウインクがシオンの罪悪感を少しは打ち消してくれる。
二人は執務室へと急いだ。
(神無月セリカ。恨んで当然だな)
向けられる憎悪を、決して忘れないようにしつつ。
◆◆◆
シオンは水鈴の前に座り、渡されたタブレット端末を眺めていた。作戦概要と依頼主であるRDOの科学者からのコメント、またRDOとキサラギによるミーティング議事録が全て保存されている。読破するには時間がかかるため、人工知能がまとめた概要だけをサッと確認していた。
「どうぞシオン君。水だけどね」
「ありがとうござます」
装飾も造形美もない実用重視のセラミクスカップだ。
一口含み、喉を湿らせてから水鈴に質問する。
「作戦の概要と俺が重要ポジションに選ばれた理由は分かった。でもこの実験はなんだ? 幾らなんでも、たとえRDOからの要請でも……無茶が過ぎる」
「言いたいことは分かるわ」
「水鈴姉さんも分かっているはずだ。ドラゴンスレイヤーとして五年前の東京で戦ったんだから。RDOの連中が指定した富士樹海は”竜の巣”だ。あそこは大型が無数に生息する接近禁止区域。もしも変な刺激をして超大型級のドラゴンがキサラギに向かってきたら……」
今度こそ、関東地区の人間は全滅する。
シオンが言わんとした言葉の続きを水鈴も理解していた。
「”世紀末の悪夢”……二十二世紀の最後の一週間が悪夢になった事件。そして東京が壊滅した事件。その二の舞になる可能性は私も考えたわ。それにRDOの連中にも”竜の巣”をつつく危険性を伝えた。でも彼らにとって極東の壊滅は対岸の火事以下なのでしょうね」
「ふざけている」
「彼らからすれば、キサラギという都市はその程度の価値ということよ。この島国にはキサラギ以外にも自治都市は幾つか残っているわ。名古屋や大阪は完全独立しているけど、博多は東南アジア圏と協力しつつRDOとも手を組んでいると聞くわね。東北や北陸の事情は詳しくないわね。ただあそこも独立した組織があるみたい。かつての国家としての形は完全に消滅したわ」
東京に全長百メートル以上の超大型ドラゴンが襲撃してきたのが五年前。
二一九九年十二月二十七日から二二〇〇年一月二日まで戦いは続き、復興不可能なほどの被害をもたらした。超大型ドラゴンが引き連れる大型、中型、小型ドラゴンが東京二十三区を破壊し尽くし、撒き散らされるデミオンにより赫竜病が蔓延する。
後に”世紀末の悪夢”と称されたこの事件により、国家としての機能は消滅したのである。
まだ、たったの五年だ。
人々は悪夢から覚めることができないでいる。
そんな超大型ドラゴンが生息するかもしれない”竜の巣”で実験するなど、キサラギの誰も賛成しない。しかし、断り切れないだけの力関係がある。今のキサラギはRDOの支援がなくては存続できないのだ。
「他に手はないのか?」
「今後RDOからの支援が打ち切られたとして、キサラギが崩壊することは明白よ。でも、この作戦の報酬として支援される物資があれば話は変わるわ」
「シオン君、水鈴様を責めないでください。これでもかなり譲歩させたんです。作戦概要を見て頂くと分かりますが、今回はデミオン濃度レベルの高い場所で調査や探索をして貰います。竜の巣での実験となると、ドラゴンスレイヤーですら活動制限のあるレベル三以上のデミオン濃度が予想されます」
「だから俺に話が回ってきたと?」
水鈴と夏凛が同時に頷く。
「ドラゴンスレイヤーはドラゴンのコアを取り込み、力を得た新人類よ。膂力も常人を超越し、デミオン濃度の濃い場所でも赫竜病を発症させることなく活動できるわ。でも、限度がある」
「高濃度デミオン地帯や、竜人による傷はどうしようもない」
「ええ」
それが竜を狩る者、ドラゴンスレイヤーの常識だ。
しかしながらこのキサラギには例外が存在する。
「決して赫竜病にならない体質の……つまり”竜人殺し”のシオン君が必要です」
夏凛は縋るような目でそう告げた。
危険な高濃度デミオン地域の探索や、竜人との戦闘が許可されている唯一の人物。それだけで切札としての価値を保有している。それが如月シオンだ。
「でも俺は”竜人殺し”よりも”仲間殺し”として嫌われがちです。こういった大規模な任務には向いていないと思います」
「そんな感情的な理由で言い訳をしている場合ではないのよ。キサラギはね」
水鈴の言は尤もなことだった。
問題を抱えていたとしても、現場は心を殺して対応するしかない。
「それに一番の問題は実験の中身よ。竜の巣に赴いてまでするという実験」
「危険な実験なのか?」
「分からないわ」
「は?」
「詳細が公開されなかったのよ。だから危険度も推し量れないし、何が起こるかも分からないの。こちらが公開を求めても機密でゴリ押されたわ。資源を盾にしてね」
悔しさや苛立ちの混じった溜息が漏れ出た。
夏凛の報を確認しても、彼女も諦めた表情で首を縦に振るのみ。事実ということだろう。
「実験予定日は十日後、五月二十日から。それまでにRDO本部から科学者や護衛たちが来訪する予定よ。そして作戦前日にはキサラギを出発し、車で富士樹海北部に向かうわ」
資源の有無が力となる。
今キサラギにできることは、実験が無事に終わるよう祈ることと努力することだけだ。
「そうそう。今日も竜人を始末してくれたみたいね。それと竜人のなりかけも。既に噂が出回っているわよ」
「……もう、か」
「水鈴様、先ほども生き残りの新人とひと悶着あったばかりでして」
「相変わらず嫌われ者ね」
「何でそんな嬉しそうな顔なんだ……」
水鈴は妙に笑顔で傷を抉る。
今日始末したのは竜人を一体と、竜人になりかけたドラゴンスレイヤーたちだ。そして出回っている噂は後者に違いない。また”仲間殺し”がやったと。
「竜人殺しと一緒に任務に出たら、殺されるですって」
「シオン君は気にしないでください。いつもの言いがかりです」
「分かってますよ夏凛さん」
竜人殺しである限り、そんな噂は付き纏う。
もっと酷いものになると、人を人とも思わない虐殺者、殺しを正当化するためわざと人を竜人に変えている、ドラゴンを操る悪魔、などになる。
「竜人を殺すには俺の体質が適しています。だから……仕方ないです。それに幸いにも俺には友好関係が全くありません。誰を殺そうと、情に負けることはないです」
ドラゴンという厄災によって人類は大幅に減り、自由は失われた。
やる気のある者がやればよいという時代は消えてしまったのだ。今はもう、できる者がやらなければならないのである。
シオンはそれを受け入れていた。
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