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廃屋の外では、冷たい風が吹き荒れていた。
涼ちゃんが手際よく若井の肩を包帯で固定していく。
「……っ」
若井が痛みに顔をしかめると、すぐ隣で若井の腕を支えていた元貴の黒い猫耳が、
不安げにシュンと伏せられた。
「……若井、ごめん。僕がもっと、あの時……」
「謝るなって。……ほら、そんな顔すんな」
若井は空いている方の手で、元貴の黒髪をクシャッと撫でた。
元貴は少しだけ落ち着いたように、琥珀色の瞳を揺らしながら若井の傷口を見つめている。
「涼ちゃん、滉斗の傷……大丈夫かな?」
「うん。
幸い刃は浅かったから、数日安静にしていれば大丈夫だよ。
でも、典礼局が近くにいる。明日の朝にはここを発たないと」
涼ちゃんが窓の外を警戒しながら告げる。3人の間に重い沈黙が流れた。
元貴は自分の膝の上にある、あの不思議な光を放ったノートを見つめた。
(僕のせいで二人が傷つくのは、もう嫌だ。
……守られるだけじゃなくて、僕も二人の盾になりたい……)
元貴はゆっくりと立ち上がり、部屋の隅に置かれていた若井のリュートを手に取った。
「元貴……?」
「若井。
……僕に、その楽器を弾かせて。……少しだけ、思い出したんだ。
昔、お母さんが教えてくれた、痛みを和らげる『癒しの歌』を」
獣人の歌は「呪い」だと言われるが、それは人間が勝手に決めたことだ。
本来、彼らの歌は自然の生命力を活性化させる「祈り」だった。
元貴はリュートの弦をたどたどしく爪弾き始めた。
最初はぎこちない音だったが、元貴がそっと瞳を閉じ、黒い猫耳をピンと立てて「音の精霊」を探り当てると、旋律は急に滑らかになった。
「——……♪」
元貴の口から、吐息のような柔らかなハミングが漏れる。
それは歌というよりも、春の陽だまりのような、温かな音の粒子だった。
「……え」
若井が目を見開く。
元貴が歌い始めた瞬間、ズキズキと脈打っていた肩の痛みが、嘘のように引いていったのだ。それどころか、包帯の隙間から見える傷口が、微かな光に包まれ、見る間に塞がっていく。
「これ……獣人の癒しの歌……。
本物を見るのは初めてだよ」
涼ちゃんが感嘆の声を漏らし、自分もそっとフルートを口に当てた。
元貴の優しい歌声に寄り添うように、涼ちゃんの音色が重なる。
若井も、体が軽くなるのを感じて笑った。
「すげえな、元貴。お前、やっぱりただの猫じゃねえわ」
「……だから、猫って言うな!」
元貴は歌い終えると、少し頬を赤くしてぷいっと横を向いた。
けれど、その黒い猫耳は嬉しそうにパタパタと動いている。
若井を救えたことが、何よりも嬉しかったのだ。
その時、若井は元貴のノートが再び光っているのに気づいた。
「おい、元貴。また音符が増えてるぞ」
空白だったはずの2ページ目に、流れるような美しい旋律が刻まれていた。
「……本当だ。……これ、三人の音が重なった時に増えるみたいだね」
涼ちゃんがノートを覗き込む。
「さっきの音符は『勇気』。……そしてこの新しい音符は『慈愛』かな」
若井は立ち上がり、元貴の肩をグイッと引き寄せた。
「よし。典礼局がなんだ。俺たちの音楽が揃えば、どんな呪いも跳ね返せる。……な、涼ちゃん、元貴」
「もちろん。どこまでも付き合うよ」
「……うん。僕も、二人がいれば……もう怖くない」
元貴は、若井のオレンジ色のスカーフをもう一度しっかりと頭に巻き直した。
黒い髪、琥珀色の瞳、そして大切な仲間。
三人は夜明け前の薄明かりの中、新たな目的地、獣人と人間が共存しているという伝説の「希望の都・エデン」を目指して、再び歩き出した。