テラーノベル
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宵の灯屋には、いつものように灯りが灯っていた。それだけでほっとした。
今窓に映った人影は翠かもしれない。今夜は長い髪を一つにまとめているのだろうか。
勢いよく扉を開けて、店に飛び込んでいったら翠はどんな顔をするだろうか。けれど、店の前に立ったまま結の足は動かない。
バッグの持ち手を握り締める。
記事に書かれていた言葉の数々が胸に押し寄せてきて苦しくなる。頭も心も何一つ整理できないまま、翠の顏を見たら余計に頭の中が真っ白になって、話などできそうにないだろう。重たい足を後ろへ引こうとした。そのときだった。
「ありがとうございました」
扉が開いて、灯りが濡れた地面に伸びる。
「あら雨。傘あります? お貸ししますよ」
小雨の中に響いた愛想のいい声に、結の胸が締め付けられる。
二人連れの男性客は、傘を断ったのだろう。軽く手を振って駆け出していった。その姿を見送った翠は、結の姿に気づいて驚いて声をあげた。
「あんた、そこで何しているの?」
結のところへ来てくれる翠の足が、水たまりを蹴って水しぶきがあがる。
「いつからここにいたの? ずぶ濡れじゃない。あんた何やってるの」
翠の声がする。
「いいから、さっさと来なさいよ」
翠の手が結の腕を掴む。けれど結の足は凍り付いてしまったように動かない。
「どうしたの?」
振り返った翠の瞳を結は見上げた。
微かに寄せた眉間の皺。口を開けば意地悪なことばかり言うくせに、瞳には情の深さが表れている。この眼差しに惹かれている。けれど同時にこの眼差しがものすごく怖い。
翠がどんな人生を歩んできたのか、結は知らない。この瞳の奥にある、翠が抱えてきたものを結は一つも知らない。
でも、まだだ。まだ知らないだけだ。
いずれわかるだろうか。
いいや、知りたい。翠を知りたい。
今、知りたい。
結は倒れ込むように、翠の胸に頬を寄せた。
「どうした?」
言葉と同時に、翠の胸が振動するのがわかる。腕を掴んでいた手が離れたとき、突き放されると思って怖くなった。けれど翠の腕が結の背中を包むのがわかると、結はさらに翠の胸に顔を埋めた。
ゆっくり顔を上げた結を、翠は見下ろしている。雨のせいか、それとも泣いていたのか。ふいに翠の親指が結の頬を拭った。
このままキスしてほしいと結は願った。
いっそう結からキスしてもいい。
そのとき目が覚めるように、翠の瞳が大きくなり身体を離した。
「いけない…」
拒まれた―。
胸が切り裂かれてしまいそうだ。結はきつく瞼を閉じた。次に言う翠の言葉を聞きたくなかった。
「コンロにやかんをかけっ放しだった」
結は瞼を開いた。
「あんたも来て。風邪ひくわよ」
翠は結の手を引いて歩き出した。翠の手は温かくて力強かった。
コメント
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うわああ第15話…!翠の「コンロにやかんかけっぱなし」で一気に日常に戻すのずるすぎる😭💕 結ちゃんの“拒まれた”って心の声が切なすぎて胸ぎゅってなったけど、手を引いてくれる翠の温かさに全部救われた…2人の距離が縮まったようでまだ届かないもどかしさが最高です!次話が待ちきれないよ〜🌸