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◇ 社内イベント七夕祭り1
そして迎えた七夕。
俊の会社の社内イベント七夕祭。
そーめんつゆは桃の期待を裏切らない美味しさで、桃も奈々子も俊も
流しそーめんを楽しみつつ存分に腹いっぱい味わった。
食べる時は3人で行動していたものの2才を過ぎた奈々子は
活発に何にでも興味を示し、あちこち動き回るものだから
交代で付いてまわる桃も俊も大変だった。
この日の俊たち家族は、周りからは仲の良い何の問題もない家族に
見えたことだろう。
実際家では会話のあまりない桃がこの日はそーめん流しが気に入ったようで
いつもより口数も多く楽し気な様子だったので久しぶりに俊も心が軽くなるのを
感じた。
◇ ◇ ◇ ◇
久々の心の平安にゆるりと自分の部屋で寛ぐ俊。
あの日から傷付けた妻の傷心を慮らない日はない。
ほうっ~と知らぬ間に吐き出される吐息。
自分のせいだとはいえ、好いている相手から軽蔑され嫌われているという
現状はとても辛いものがある。
自分の甘さを呪うしかないのだが……。
あの日までの自分が、妻との充実していた生活が
幸福で甘やかなものだったからこそ、絶対手放したくないと、
やり直したいと思うのだった。
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◇俊と桃の馴れ初め
俊と桃は社内恋愛で結婚した。
嘗ては桃も勤め、現在俊が引き続き勤めているのはアパレル業界で
メーカーの『やまむら』だ。
ちょうど桃が寿退社した頃から全国展開を目指して郊外の
ロードサイドを中心に出店を拡大し、その頃から
引き続き現在も、順調に売り上げを伸ばしている。
『やまむら』ではジョブローテーション
定期的な配置転換を行うことによりさまざまな職種を経験できるという、
社員にとって新たな興味や関心を向けられるという、大いに魅力的な可能性が
広がる方針が取られている。
それは社員一人一人が認識していなかった能力に気づくきっかけにもなり、
また複数の部署で働くことを通じて、周囲との人間関係構築力や
コミュニケーション能力が向上することも期待できる。
そしてそれは会社にとっても社員のスキル向上や能力開発を奨励するという、
彼らの成長を促す魅力的な制度となっている。
さてこの『やまむら』の独特な制度の元、俊は店舗社員、店長、販売企画・
広告宣伝部の主任を経て、現在はシステム部で主任として働いている。
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ちょうど桃が入社してきた頃、俊は同じ店舗にいた。
桃が一年目で店舗社員、三年目の俊は店長だったため。
この時の店舗では女性は時短で働く既婚のパート社員が2名、男性社員は
店長の自分だけで社員の桃を入れて4名で回していた。
三年目の俊は本来ならばジョブローテーションにより販売企画部に配属される
はずだったのだが、店長になるはずの社員が病気で退職してしまったため、
もう一年残留することになってしまったのだ。
辞めていった店舗社員は男だった。
真面目で勤勉な後輩だったのでたった一年で辞めなければならなくなったことは
さぞかし無念だったのではないだろうか。
そして自分が入社一年目の店舗社員だった時の店長はというとやはり男だった。
そんな中の女性社員入社に、店長を一年延長してやることになったのも
案外悪くはないと思えた。
パートの女性たちはふたりとも身長が155cm前後でそう高くはなく、
当時入社した滝谷桃は162cm前後と少し高めで体型はスレンダーだった。
システム業務の社員や事務方のいる本社が近くにある為、同期や後輩、先輩
たちとの交流は度々というわけではないが、社内のイベントなどでほどほどの
交流はあった。
その頃、俊は総務にいる女子社員や人事部に在籍する女子社員からそれとなく
アプローチを受けたりしていたものの、今ひとつ乗り切れずにいた。
学生時代からアプローチされて付き合うパターンが多かったのだが、好かれて
付き合う割に最後振られるのは大抵俊の方だった。
どんなに頑張っても心から向き合ってくれない相手なんて……
最後は愛想をつかされるのがオチというものだ。
そんな風にこれまで真剣に好きになれる女子のいなかった俊が、桃に10日程付いて
仕事をレクチャーするうち、あっという間に魅了されていった。
とにかく、桃は身体つきから顔つきまで俊のド真ん中、ドストライクだったのだ。
気がつけば体中に電流が走るほど好きになっていた。
見た目は勿論のこと、会話しているときの話し方やしぐさ、仕事の受け答えなど、
どれを取ってみても俊の胸にグサリと刺さり、好き過ぎる自分の気持ちに本人が
一番驚いたものだ
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