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校庭の桜は、まだ蕾だった。
それでも少しだけ膨らみかけた枝先が、春の訪れを告げているように見えた。
卒業式。
会場に響く校長の声も、在校生の合唱も、どこか遠くに感じていた。
(……俺、今日でこの学校を離れるんだ)
紺の制服に身を包み、元貴はまっすぐ前を見つめていた。
胸元に光る卒業証書のリボン。
手のひらには、決意。
——教師になる。
そう決めた日から、毎日が眩しかった。
大人になれば、きっとあの人の隣に立てる。
ただの“生徒”じゃなくなる日が、ちゃんと来るって信じてる。
式が終わると、校庭は歓声で包まれていた。
人気者の藤澤先生のまわりには、瞬く間に生徒たちが集まり、大きな輪ができていた。
「先生!!また会いに来るからねーっ!」
「先生は奥さんと子供もいるけど、私はずっと大好きだからね!」
「文化祭でフルートやるなら、絶対聴きに来るから!」
あちこちから声が飛び交い、写真を撮る生徒、サインを求める生徒……。
藤澤は苦笑しながらも、一人ひとりに丁寧に対応していた。
「はいはい、落ち着いてね〜!順番に、順番に!」
——その様子を、校舎の壁際から見ていた若井。
そばに、元貴が近づいてくる。
「……先生、大人気ですね」
「ははっ、そうだな。あんなに囲まれて……アイドルかよ、まったく」
2人で並んで、賑やかに揉みくちゃにされている藤澤の姿を見つめる。
ふふっと笑い合う2人の間に、心地よい沈黙が流れた。
若井は、少し目を細めて呟く。
(……あいつはもう、大丈夫だな)
生徒たちに囲まれている藤澤の目が、確かに笑っていた。
何かに怯えていた頃の影は、もうどこにもなかった。
そして、そっと隣の元貴を見る。
落ち着いた表情の中に、隠せないほどの熱が滲んでいる。
「……ところで先生」
元貴が声を低く落とす。
「……あの約束、忘れてませんよね」
若井は、その問いに穏やかに頷いた。
「ああ、もちろん。お前が“大人になったら”って話、だろ」
「……待っててください、先生。俺、必ず……戻ってきますから」
しっかりと、まっすぐと。
その言葉に、若井は思わず微笑む。
「……変わったな、お前。前よりずっと頼もしい顔してる」
「……先生が、そうさせたんです」
短く交わした言葉。
けれど、その奥にあった感情は深くて、揺るぎない。
見つめ合う2人。
言葉はもういらなかった。
——また、必ず会える。
そして今度は、ちゃんと肩を並べて。
この校舎のどこかで交わしたあの約束。
それは今、しっかりと未来に向かって繋がっていた。