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スタジアムのスピーカーが低く唸った。
『――攻撃権、発動から十秒経過。これより無効。』
アナウンスが流れた瞬間、シスターが静かに十字を切った。
『……家族たち。もう眠りなさい。主の腕の中へ――』
その声とともに、無数の“グレイヴ・ハンド”が一斉に動きを止める。
絡みついていた金属の指が車体から剥がれ、まるで潮が引くように棺の中へと戻っていった。
観客席では、ラビがスナックを持ったまま口をぽかんと開けている。
隣のアレクセイが肩をすくめ、苦笑を漏らした。
「宗教も流派も、何もかもめちゃくちゃだよ。巫女は神道、シスターはキリスト教、
乗ってるのは霊柩車で仏教式……統一感ゼロだ。」
ラビが呆れたように言う。
「いやもう、神様たちも混乱してるでしょ……」
スクリーンには、霊柩車が静かに速度を落とし、炎の海の中を優雅に進む姿が映っていた。
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荒野に出ると、コースは一気に開けた。
砂煙が舞い、太陽の光が地面を焼く。
路面はひび割れた岩肌が続き、ところどころで切り立った崖が口を開けていた。
わずかなミスが即リタイアに繋がる、命綱なしのデスゾーン。
視界の先では、巨大な赤い消防車《ブレイズ・エンジェルス》が轟音を上げながら走っていた。
そのすぐ隣を、黒い装甲トラックが並走している。
車体の側面には、擦り切れた戦術部隊のエンブレム――〈ウォードッグ・ユニット〉のマークが見えた。
「おいカイ、あれ……軍用じゃねぇのか?」
ボリスが荷台から声を上げる。
「ああ、間違いない。戦場じゃ有名な傭兵チームだ。」
カイが短く答えた。
「前線での護送と護衛が専門だ。戦闘車両の扱いに関しちゃ、軍より手慣れてる。」
速度を落とさず、互いに車体を擦り合わせながら競り合う姿は、もはやレースというより“前線の突撃戦”そのものだった。
「うわ……やり合ってるな。」
ボリスが荷台から唸る。
カイは眉をひそめた。
「ウォードッグか……あいつら、自分たちの走行ラインを邪魔されたら“敵認定”するタイプだ。」
その言葉の直後、消防車の上部梯子が動いた。
金属の軋む音とともに、長大な梯子ユニットが勢いよく伸びる。
まるで獲物を叩き落とす巨大な槍のように。
「……おい、まさか――」
カイの予感どおり、梯子はウォードッグの車体側面を直撃。
強烈な衝撃で車体がバランスを崩し、タイヤが路面を空転する。
「おい、押すな! やめ――!」
ドライバーの声がスピーカー越しに途切れた。
次の瞬間、ウォードッグの車両が崖淵を越えていく。
巨大な黒い車体が空を舞い、
荒野の谷底へ――
ドガァァンッ!!
爆炎が砂塵を突き抜け、黒煙が立ち上がった。
観客席からは、悲鳴とも歓声ともつかない叫びが上がる。
レナが目を見開いた。
「……あれ、ルール違反じゃないの?」
カイは低く息を吐き、苦笑した。
「銃火器でもなけりゃ、何か投げたわけでもない。セーフだ。……多分。」
「多分、って言ったわね。」
レナが呆れ気味に言う。
「ま、ルールの穴を突くのも実力のうちか。」
ボリスが肩をすくめた。
ヴァルヘッドはそのまま加速し、
砂塵の海を切り裂いて次のコーナーへと突き進んだ。
荒野の奥に差しかかると、前方の地平線に青白いホログラムの光が浮かび上がった。
次のアイテムゾーンが現れた。
風を切る音が強くなり、コース上のマーカーが点滅を始める。
「前方三百、アイテムゾーンだ!」
ボリスが荷台から叫ぶ。
「行くぞ、次こそ――」
カイがアクセルを踏み込もうとしたその瞬間、
バックミラーの中で赤い閃光が迫った。
「後方、接近!速い!」
レナの声と同時に、サイレンの音が響く。
――ピーポーピーポー……
砂煙を突き抜け、白と赤の救急車《メディック・クライシス》が姿を現した。
スピーカーから医者の声が響いた。
『さっきはよくもやってくれたな……今度はこっちが“治療”してやる番だ。』
「チッ、あいつ……!」
ヴァルヘッドと救急車が並び、車体がぶつかり合う。
鉄と鉄がぶつかる重い衝撃音が響き、火花が散った。
レナが何かに気づき、声を上げる。
「おかしいわ……あの車、さっきの衝突でフロントが大破してたはず!」
確かに救急車のフロントボディには、傷跡も焦げ跡も残っていなかった。
まるで再生したように新品同様の装甲が光を反射している。
その異様な様子に、車内が一瞬静まり返る。
スピーカー越しに、冷たい医者の声が笑った。
『ははは!この車両は、医療用ナノマシンによって自己修復が可能なんだ。
つまり――壊れない。患者を、永遠に“治療”できる。』
三人は同時に固まった。
カイが低く呟く。
「ナノマシン……? まさか、ライルの組織の技術か……?」
『さあ――お注射の時間だよ。』
医者の声と同時に、二人のナースが計器を操作すると救急車の側面パネルが開いた。
内部から極太の注射針が何本も突き出し、まるで地獄の針の山ように鋭い光を放った。
カイはすぐさまハンドルを切り、ヴァルヘッドを横滑りさせて回避。
針が地面に突き刺さり、火花と砂煙を巻き上げた。
その回避行動のせいで――
ヴァルヘッドはアイテムゾーンの中心を外れて通過してしまう。
「くそっ、取り逃がした!」
カイが悔しそうに唸る。
直後、別の車両がホログラムを突き抜けた。
ルーレットのような光が瞬き、アナウンスが響く。
『――アイテム獲得、当たり。攻撃権、発動。』
モニターには、巨大な赤い影が映る。
《ブレイズ・エンジェルス》――消防車だ。
「やったぜぇ! 燃やす番が回ってきたぁあッ!」
運転席の男が高笑いを上げる。
その瞬間、梯子車の先端からホースユニットが展開された。
ノズルが火花を散らし、次の瞬間、轟音とともに炎の奔流が吐き出される。
荒野の風を裂いて、コース上に火炎が弧を描いた。
周囲の車両が次々と炎に包まれ、爆発が連鎖する。
「うおぉ!一番当たってほしくないやつに当たった!」
ボリスはスイッチを叩き、短く吠えた。
「電磁誘導ディフレクター、展開ッ!」
ヴァルヘッドの装甲が青白く帯電し、
車体の周囲に薄い光の膜が広がる。
炎が触れた瞬間――
熱が弾かれ、火柱が左右へ割れていく。
火の渦の中、ヴァルヘッドは再びアクセルを踏み込み、
赤い火柱の間を縫うように走り抜けた――。
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炎が渦巻く荒野がモニターに映し出されていた。
その様子を、観客席の最上段から見下ろしながら――
ラビはスナックを片手に目をキラキラさせていた。
「やっっっば……。汚物は消毒だーー!!のやつじゃん、完全に!」
アレクセイは淡々と頷く。
「そうだね。まさにそんな感じだ。」
ラビは画面を指差しながら興奮気味に叫ぶ。
「なんかもう、ヴァルヘッドが屋根のないバギーに見えてきたし、カイたちが北斗の拳の登場人物に見えてきたぜ。なぁ、あん中で誰がハート様っぽいかな?」
アレクセイが少しの思慮のあと返答する。
「ハート……レナさんじゃないかなー。女性らしいし。」
――その瞬間。
ラビの表情がピクリと止まった。
ゆっくりと振り返り、真顔で言う。
「……おい偽物。本物のアレクセイはどこだ。」
アレクセイはぽかんと目を瞬かせた。
「え?何言ってるの?ぼくだよ?」
ラビは立ち上がり、アレクセイの顔を斜めに覗き込んだ。
「少し前から、怪しいと思ってカマかけてみたらやっぱりって感じだぜ。」
「アレクセイってやつはなぁ、旧世代の映画やアニメが大好物で、俺と何度も夜通し語り合った仲なんだよ。ハート様は男だぞ!しかも超デブの。それをレナがハート様?そんなこと言ってる時点でテメェは偽物確定なんだよ。」
ラビは耳に手を当てインカムを起動した。
「……ミラ、聞こえるか?」
無線の向こうで、ミラの落ち着いた声。
『はい。偽物野郎を現在ロックオン中です。先ほどトイレに立たれた後に入れ替わっているようです。背格好は合わせているようですが頸椎の形状が一致しませんでしたので確実かと。』
「こんなこともあろうかと別行動しててもらってよかったぜ。」
アレクセイ(仮)がゆっくりと口元を歪めた。
その笑みは、ラビが知っているアレクセイのものではなかった。
「――ふふ。気づくのが、思ったより早かったね。」
スタジアムの熱狂とは別に、
観客席でひっそりと 新たな戦いが幕を開けた。