テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
48
凶悪。
210
hbkn、ngkn
今回もでない⬇⬇⬇
srkn
名前有モブがいます。恋愛感情は一切ないです。
更新遅くなってすみません🙇♀️🙇♀️
個人的に納得しない部分が多かったのと、
多忙でして更新が遅くなりました💦
いつもよりも、少し早めに起床し。
いつもよりも、少し早めに朝食を食べ。
いつもよりも、少し早めに身支度を整え。
そして、いつもよりも少し早めに寮を出る。
そう。
今日は、僕が所属している『風紀委員会』の仕事
生活指導週間なのだ。
普段よりも少しだけ早い朝。
まだ眠気を引きずっているのか、登校する生徒の姿もまばらな校舎へと向かいながら、僕は小さく息を吐いた。
(……ばか眠いんですけど)
早起きが苦手なわけじゃない。
……いや、得意かと聞かれたら、別に得意でもないけど。
ただ、いつもより少し早く起きる。
たったそれだけのことなのに、人間の体というものはこうも正直に反抗してくるらしい。
瞼は重いし、足取りもなんだか鈍い。
僕の魂だけ、まだベッドの中に置いてきてしまったんじゃないだろうか。
「……頑張れ、僕……」
誰に言うでもなく。
というか、こんな朝っぱらから自分で自分を励まさなければならない時点で、もうだいぶ負けている気がする。
それでも、ここで引き返すわけにはいかない。
そもそも。
なぜ僕が、こんな朝早くから活動することになったのか。
その理由は、数日前まで遡る。
数日前。
「奏斗〜!! 帰ろうぜ〜!!」
いつものように、教室前方の扉からひょこっと顔を覗かせながら、雲雀が僕に声をかけてきた。
「あー……言ってなかったっけ」
「ん?」
「僕、今日の放課後、風紀委員会あるから……一緒には帰れないや。ごめんね」
「え”ぇー……!? 聞いてねえって!!」
「いや、ごめんじゃん」
そんなに驚かなくてもいいじゃん。
そう思った僕の目の前で、雲雀は分かりやすく頬を膨らませた。
その姿は、まるで一枚の絵画のように完成されている。
……イケメンって、頬を膨らませるだけでも絵になるんだな。
最初の頃こそ、雲雀が一年一組の教室に顔を出すたび、教室のあちこちから甲高い悲鳴が上がっていた。
――けれど。
雲雀があまりにも毎日のように一年一組へやって来るものだから、さすがのクラスメイトたちも慣れてしまったらしい。
最近では、
『あ、また来た』
くらいの反応である。
慣れってすごく怖い。
最初はあんなに騒いでいたというのに。
今では渡会雲雀という公式イケメンが教室の扉から顔を出しても、誰一人として驚かない。
人間の適応能力、恐るべし。
「雲雀、先に帰っててもいいよ?」
「……いや、奏斗待っとくわ」
「え?」
思わず、顔を上げる。
「終わるの、一時間弱後とかだよ?」
「俺は待っとく」
「えぇ……」
一時間。
普通に考えて、長い。
僕だったら待たない。
いや、仲のいい友達なら待つこともあるかもしれない。
でも、それでもだ。
特に予定もなく、一時間近く教室で誰かを待ち続けるというのは、なかなか大変だと思う。
動画でも見ていれば時間は潰せるだろうけど。
……それにしたって、一人で待つより先に帰ったほうがよくない?
「だから、雲雀は先に帰ってても……」
「待つ」
「……」
「奏斗が終わるまで待つ」
「……はい」
強い。
強すぎる。
その目はもう、『絶対に帰らない』と全力で訴えていた。
というか、なんなら僕が先に帰れと言っているのに、なぜか僕のほうが説得されている気がする。
(……これは何を言っても無駄だな)
僕は悟った。
雲雀は、一度こうと決めたら意外と頑固なのだ。
「……分かった」
「おう!」
途端に、雲雀の表情がぱっと明るくなる。
……いや、本当に分かりやすいな。
「雲雀は教室で待ってて。僕、行ってくるから」
「分かった!」
「……あ、でも」
「ん?」
「途中で帰っててもいいんだよ?」
「待つったら待つんだよ!!」
「はい、すいません……」
やっぱりな。
僕は苦笑いを浮かべながら、鞄を手に取った。
……まあ。
雲雀が待ちたいと言うなら、それでいいか。
どうせ、一人で帰宅するのが寂しいとか。
僕がいないと暇だとか。
そういう理由なんだろう。
毎日一緒に昼ご飯を食べて、放課後は一緒に帰っているわけだし。
今日はそれができないから、ちょっと寂しいんだ。
……うん、きっとそう。
そうに違いない。
僕がいないと寂しいなんて。
雲雀も案外、可愛いところがある。
指定されていた二年四組の教室へと向かう。
と、ここで一つ。
言い忘れていたことがある。
僕が風紀委員会に入った理由は、実に明確だ。
攻略対象の一人。
四季凪アキラ。
そして、このゲームのヒロイン。
恋塚ネネ。
この二人がいるからである。
以上。
いや、もちろん。
風紀を守りたいとか。
学校の規則を大切にしたいとか。
そういう気持ちが、まったくないわけではない。
……たぶん。
きっと。
おそらく。
でも。
一番の理由は間違いなく、これだ。
(四季凪アキラと恋塚ネネがいるから)
それだけである。
本来の『VLT学園』でも、風紀委員会には四季凪アキラと恋塚ネネ、そして風楽奏斗が所属している。
つまり。
ここは、僕にとって重要イベントが発生する場所なのだ。
いわば。
イベント会場。
いや、違うな。
聖地だ。
本来の『VLT学園』では。
風楽奏斗は、この風紀委員会で恋塚ネネに惚れる。
そして。
四季凪アキラは、ここから少しずつ恋塚ネネへと惹かれていく。
……そう。
僕が惚れて。
四季凪アキラも惚れる。
うん。
改めて考えると、なかなか複雑な構図だな。
同じ委員会。
同じ女の子。
そして、その片方は攻略対象。
もう片方は当て馬。
どう考えても、最初から勝敗が決まっている。
けれど。
ここから四季凪アキラルートが選択されると、物語はさらに動き出す。
四季凪アキラは、風楽奏斗へ恋愛相談をするのだ。
名前こそ伏せているものの。
相手が誰なのか。
僕は最初から知っている。
そして、風楽奏斗は。
自分が想いを寄せている相手だとも知らず…、いや。
知っていても。
四季凪アキラの背中を押す。
『頑張れ』
『きっと大丈夫だ』
『お前なら想いを伝えられる』
そんな言葉で。
友人である四季凪アキラの恋を、全力で応援するのだ。
そして。
紆余曲折を経て。
四季凪アキラ×恋塚ネネが爆誕するのである。
「…………」
当て馬って、すごい。
いや、本当に。
自分が好きな相手を。
別の男に譲るどころか。
その恋を全力で応援する。
しかも。
四季凪アキラとヒロインの恋が実った後も、二人を笑顔で祝福するのだ。
「…………」
改めて考えると。
風楽奏斗。
お前、聖人か?
いや。
当て馬って、そこまでしないといけないの?
恋愛ゲームの当て馬、思っていたよりも過酷な職業すぎない?
(……いや、僕はやらないけど)
そこは譲れない。
というか。
そもそも今の僕は、恋塚ネネに惚れていない。
だからこそ。
むしろ好都合だ。
四季凪アキラには遠慮なく恋塚ネネへアタックしてもらい。
僕はその恋を。
最高の席で。
全力で見守る。
なんて素晴らしい布陣だ。
誰も傷つかない。
少なくとも、僕は傷つかない。
たぶん。
そのためには
(今日で、四季凪アキラと恋塚ネネと仲良くならねばならない……!!)
そう。
何事も、まずは人間関係から。
攻略対象と仲良くなり。
ヒロインとも仲良くなる。
そして。
いつか訪れるであろう恋愛イベントを。
誰よりも近くで。
誰よりも特等席で。
見届けるのだ。
そのための第一歩が。
今日。
この風紀委員会なのである。
「……よし」
僕は一人、小さく拳を握った。
待ってろ。
四季凪アキラ。
恋塚ネネ。
僕が必ず。
お前たちの尊き恋を見届けてみせる。
当て馬としてではない。
ただのモブとして。
二年四組の教室を、そっと覗く。
すると。
まだ、そこまで人数は集まっていなかった。
(……よかった)
僕は思わず、ほっと胸を撫で下ろした。
知らない人ばかりが集まる場所というのは、どうにも緊張する。
すでに何人かでグループが出来上がっている場所へ、一人で入っていく。
あれはなかなか勇気がいる行為だ。
僕は教室へ入り。
前すぎず。
後ろすぎず。
そして、目立ちすぎない。
真ん中あたりの端の席へと腰を下ろした。
(ここが一番いい)
何事においても。
目立たないというのは重要だ。
僕は(自認)モブなのだから。
ちなみに。
風紀委員会は、各クラスから一名ずつ選ばれる。
そのため、他の委員会と比べると人数は少ない方だ。
こうして、普段は関わることのない生徒たちと同じ教室に集められるのは、なんだか少し新鮮だった。
そんなことを考えていると。
教室のドアの方に、見覚えのある人物がいることに気づいた。
「…………」
華奢な身体。
綺麗な髪。
そして。
ゲームの画面越しでは、何度も見たことがある顔。
恋塚ネネ。
恋塚だ。
あれから恋塚のことは、何度か見かけている。
けれど。
今のところ、僕の中に特別な感情が芽生えたことはない。
(……うん)
(やっぱり)
(風楽奏斗フィルター、もうなくなってるよな)
恋塚を見る。
けれど。
胸が高鳴ることもない。
頬が熱くなることもない。
ただ。
(……攻略対象、近くにいないかな?)
そう思うだけである。
完璧。
僕の恋愛感情は、きちんと消滅している。
まあ、元々僕自身の感情ではなかったのだから、当然といえば当然なのだろう。
僕はともかく。
恋塚の方は、相変わらずすごい。
ゲーム内では名前すら与えられていなかったモブたちからも、かなり人気がある。
そして今も。
恋塚が教室へ入ってきた瞬間から。
周囲の視線が、ちらちらと彼女へ向けられている。
男子。
女子。
関係なく。
やっぱり、ヒロイン補正というものは存在するのだろうか。
(……いや)
(普通に可愛いもんな)
そりゃ見られる。
僕だって、このゲームのことを知らなかったら、普通に目で追っていたかもしれない。
でも。
今の僕にとって、恋塚はヒロイン。
そして、攻略対象たちと結ばれるべき存在。
それ以上でも、それ以下でもない。
(……四季凪アキラ、早く来ないかな)
僕はそんなことを考えながら、ぼんやりと窓の外を見る。
グラウンド。
校舎。
朝練をしている運動部。
――それらを眺めているように見せかけて。
(早く来い、四季凪アキラ)
僕の頭の中は、それだけだった。
「…………」
窓の外を眺めるふりをしながら。
僕はひたすら、教室のドアが開く音を待っていた。
──ガラガラ。
先ほどまで四季凪アキラを待っていたにもかかわらず。
実際に教室の扉が開いた瞬間、僕は思った以上の速さでそちらへ視線を向けた。
そして。
その人物を見た瞬間。
名前が、ふと頭の中をよぎった。
(……あ)
(四季凪アキラだ……)
藍鉄のような髪。
朝焼けの空をそのまま閉じ込めたような、澄んだ瞳。
そして。
その瞳を彩る、一組の眼鏡。
それらが揃えば。
四季凪アキラの完成である。
実際に目の前で見る四季凪アキラは、ゲームの画面越しで見るよりもずっと存在感があった。
静かで。
落ち着いていて。
それでいて、決して近寄りがたいわけではない。
攻略対象。
そう呼ばれるだけの理由が、確かにある。
思わずその姿に見とれていると。
幸運なことに。
四季凪アキラは、僕の隣の席へと歩いてきた。
そして。
何の迷いもなく、そこへ腰を下ろす。
「…………」
(……え?)
(隣?)
(マジで?)
(やっぱり、風楽奏斗と四季凪アキラは仲良くなるしかないってことか!?)
これは絶好のチャンスだ。
むしろ。
ここで話しかけずに、いつ話しかける。
僕は小さく息を吸い。
そして、勇気を振り絞った。
「ねぇ」
「……はい?」
「僕、同じ風紀委員の風楽奏斗っていうんだ」
四季凪アキラが、こちらを見る。
近い。
攻略対象が近い。
(落ち着け、僕)
「もしよかったら、君の名前を教えてもらってもいいかな?」
「はい、もちろんです」
四季凪アキラは、柔らかく微笑んだ。
「私の名前は、四季凪アキラです」
(知ってる!!!)
……とは、もちろん言えない。
「風楽さん、ですか」
「うん」
「これからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくね」
よし。
会話できた。
第一歩、成功。
「……あ、でも」
「はい?」
「同い年なんだし、『奏斗』でいいよ」
「奏斗……」
四季凪アキラが、僕の名前を小さく口にする。
(攻略対象に名前呼ばれた……)
なんだろう。
別に恋愛感情があるわけじゃないのに、ちょっと嬉しい。
これが推し活というものか。
「あと、敬語じゃなくてもいいし」
「そうですか……」
四季凪アキラは、少しだけ困ったように眉を下げた。
「では、奏斗と呼ばせていただきますね」
「うん!」
「……敬語、ではない……ですか」
「え?」
「慣れませんが……頑張らせていただきます」
「いやいや!!」
思わず、慌ててしまう。
「無理してまでタメ口にしなくていいよ!」
「ですが」
「僕が勝手に言っただけだから! ごめんね!?」
「……あ」
四季凪アキラが、一瞬だけ目を丸くする。
そして。
「ありがとうございます」
ふっと。
小さく笑った。
「はは」
「……」
目と目が合う。
なぜだろう。
なんだか僕まで笑えてきた。
「……はは」
「ふふっ」
二人して。
周囲に配慮しながら、小さく笑う。
なんだこれ。
普通に楽しいな。
ゲームの中で、風楽奏斗と四季凪アキラが仲良くなるのも納得である。
「そういえば、奏斗って何組なんですか?」
「僕?」
「はい。ちなみに私は四組です」
「あ、僕は一年一組だよ」
「一年一組……」
四季凪アキラが、少し考えるように呟く。
「それがどうかしたの?」
「いえ。ただ、気になっただけです」
「気になった?」
「私はまだ、誰が何年何組なのか、あまり把握できていないので」
「あー」
「せっかく風紀委員会に入ったので、少しずつ覚えていこうと思いまして」
なるほど。
真面目だ。
流石、四季凪アキラ。
攻略対象の中でも、特に委員会活動に真剣なタイプだった気がする。
「……奏斗はすごいですね」
「え?」
「私が何年生なのかも、何組なのかも。一言も言っていなかったのに」
「…………」
あ。
(……確かに)
(四季凪アキラ視点の僕、ちょっと詳しすぎたかも……)
やばい。
普通。
初対面の人間の学年とクラスを知っているわけがない。
しかも、名前まで知っている。
下手したら怖い。
(どうする)
(どうする僕)
「えぇ……」
とりあえず。
「だって、噂で聞いたことあったんだもん」
「噂?」
「うん」
「……どんな噂ですか?」
「えーっと……」
僕は少しだけ考える。
そして。
「『四組に黒髪のイケメンがいる』って」
「…………」
一瞬。
四季凪アキラが黙る。
そして、少しだけ困ったように笑った。
「そうですか」
「うん」
「……それは、ありがとうございます」
「どういたしまして?」
なぜかお礼を言われた。
僕が噂を広めたわけじゃないんだけど。
「でも」
四季凪アキラは、ほんの少しだけ首を傾げる。
「奏斗のことも、聞いたことがありますよ」
「え?」
「奏斗と渡会さんとの関係についての噂です」
「……は?」
一瞬。
思考が停止した。
「え、なんで雲雀が出てくるの……?」
「え?」
四季凪アキラが、不思議そうに首を傾げる。
けれど。
その口元は、どこか楽しそうに見えた。
「奏斗、聞いたことないんですか?」
「何を?」
「『一年一組の風楽と、一年三組の渡会が付き合っている』という噂です」
「…………は?」
もう一度。
思考が停止した。
「え?」
「聞いたことありません?」
「ないけど!?」
「そうですか」
四季凪アキラは、何事もなかったかのように続ける。
……いや。
さっきより少しだけ、楽しそうじゃない?
「ちなみに、先ほど奏斗が一年一組だと確認したかった理由も、その噂です」
「なんでそんな理由で僕のクラス把握されてんの!?」
「さあ?」
「さあじゃないよ!?」
「まだまだありますよ」
「え?」
「『風楽と渡会は幼馴染で、距離感がバグっている説』」
「幼馴染じゃない」
「『渡会が風楽に片思いしている説』」
「ないない」
「『風楽は自分が可愛いことを分かっていて、渡会を揶揄っている説』」
「ないないない!!」
「『実はもう付き合っているけど、周囲には隠している説』」
「増えてる増えてる!!」
「『風楽は鈍感すぎて、渡会の好意に気づいていない説』」
「ちょちょちょ、ストップストップ!!」
「どうしました?」
「どうしましたじゃないよ!」
僕は思わず、頭を抱えた。
「なんでそんな噂があるの……」
「さあ……」
四季凪アキラは少しだけ考える。
その視線が。
ほんの一瞬だけ、僕の顔をじっと見つめた。
「二人の絡みを見た人たちが、そうとしか思えなかったとか?」
「僕と雲雀だよ?」
「はい」
「ないないない……」
僕は、力強く首を横に振った。
「絶対にない」
「……そうですか」
「うん?」
その返事だけ。
なぜだか、少しだけ柔らかく聞こえた。
「……何?」
「いえ」
四季凪アキラは、ふっと微笑む。
「それなら、よかったです」
「?」
何が?
僕が首を傾げると。
四季凪アキラは、まるで何でもないことのように続けた。
「いえ。奏斗が面白いなと思っただけですよ」
「……そう?」
「はい」
四季凪アキラは、柔らかく微笑んだ。
「見ているだけでも、元気をもらえそうです」
「……あ、ありがとう?」
褒められている。
……よな?
多分。
僕はよく分からないまま、とりあえず笑い返した。
すると。
四季凪アキラは、そんな僕の顔を見て。
ほんの少しだけ。
嬉しそうに目を細めた。
もちろん。
その理由を、僕が知るはずもなかった。
けれど。
(さっきの噂)
(雲雀が僕に片思い……?)
「…………」
ありえない。
ありえないだろ。
だって雲雀は。
『VLT学園』の攻略対象で。
恋塚ネネと結ばれる可能性のある男なのだから。
それなのに。
僕みたいなモブに片思い?
いやいや。
さすがに設定を飛び越えすぎている。
「…………」
(……うん)
(やっぱり、ただの噂だな)
僕は一人。
そう結論づけた。
なお。
その結論を聞いたら、雲雀本人は間違いなく泣く。
「はい。そろそろ委員会を始めます」
四季凪アキラと話していたら、いつの間にかそんな時間になっていた。
……早いな。
さっきまで四季凪アキラの噂について盛り上がっていたというのに。
「まずは、委員長である僕から自己紹介を──」
委員長による自己紹介が始まる。
名前。
クラス。
そして最後に一言。
ごく一般的な自己紹介だ。
「…………」
(僕の自己紹介、どうしよう)
少しばかり悩む。
……いや。
悩むほどのことでもないか。
前の人を参考にすればいい。
ということで。
「じゃあ次。一年の……一年一組さんからお願いします」
「……え?」
一瞬。
自分のことだと気づくまで時間がかかった。
「……僕?」
「はい。お願いします」
「はい」
いきなり僕かよ!!
……別にいいけどね!!
僕はゆっくりと席から立ち上がる。
そして。
「一年一組の、風楽奏斗です」
一度だけ、周囲を見渡した。
知らない顔。
知らない顔。
そして。
攻略対象。
……ではなく。
今はちゃんと自己紹介をしよう。
「一年間、よろしくお願いします」
「はい、ありがとうございます。では次、二組お願いします」
「…………」
終わった。
僕はゆっくりと席に座る。
「……ふぅ」
ほっと息を吐いた。
人前に立つのが苦手というわけではない。
けれど。
緊張するものは緊張する。
こればかりは仕方がない。
すると。
「お疲れ様です」
隣から、小さな声が聞こえた。
「ん?」
四季凪アキラが、こちらを見ていた。
「緊張していましたか?」
「……ちょっとだけ」
「ふふ」
四季凪アキラが、小さく笑う。
「でも、ちゃんとできていましたよ」
「本当?」
「はい」
迷いのない返事だった。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
それだけの会話。
なのに。
なぜだか四季凪アキラは、僕が席に座ったあともしばらく柔らかな表情を浮かべていた。
……まあ。
攻略対象は基本的に優しいからな。
うん。
きっとそういうことだ。
そうして。
順番に自己紹介が進んでいく。
他のクラスの風紀委員。
恋塚。
四季凪。
そして。
全員の自己紹介が終わったところで、ようやく本題へ入った。
委員会の仕事内容。
活動日。
校内での役割。
注意事項。
そして。
来週行われる生活指導週間について。
「…………」
(情報量が多い)
(多すぎる)
(あぁ、無理)
(頭パンクしちゃう……)
僕は机の上に置かれた資料を見つめる。
ゲームの中なんだから、そこまで作り込まなくてもいいじゃんか……
もっとこう。
『イベントが始まりました!』
みたいな感じでいいじゃん。
なぜ普通に資料が配られ。
普通に活動内容を説明され。
普通に担当まで決められているんだ。
(リアルすぎるんだよ……!!)
そう心の中で叫んでいるうちに。
委員会の説明は、いつの間にか終わっていた。
「では、今日はこれで終わります」
(……終わった?)
(やっと?)
長かった。
体感時間は三時間。
実際には、一時間も経っていないと思う。
「それでは、解散で──」
「……あ」
顧問の先生が、何かを思い出したように口を開いた。
嫌な予感がする。
ものすごくする。
「一年生は少し残ってください」
「…………」
はい。
予感的中。
現在。
絶賛居残り中である。
「…………」
一年生だけが残された教室。
もちろん。
ほとんどが初対面だ。
今いる一年生は。
恋塚。
四季凪。
そして、二組の谷口。
……以上。
つまり。
一年生の風紀委員は、全部で四人。
とはいえ。
谷口とも、まともに話したことはない。
つまり。
ほぼ全員初対面。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
気まずい。
ものすごく気まずい。
誰も。
何を話せばいいのか分からない。
この空気。
嫌いじゃない。
……いや。
嘘。
普通に嫌いだ。
(誰か……)
(誰か喋ってくれ……)
そんな空気を破ったのは。
一人の少女だった。
「……あの!」
恋塚が勢いよく立ち上がる。
そして。
なぜか。
「私は三組の恋塚ネネって言います!」
「…………」
「これからよろしくね!」
「…………」
(いや)
(さっき自己紹介したけど……?)
僕は心の中で首を傾げた。
すると。
「……恋塚さん」
四季凪アキラが、静かに口を開いた。
「先ほど自己紹介をしたので、私たちはもう名前を存じていますよ」
「…………」
的確なツッコミ。
……いや。
アドバイスか。
僕は心の中で、全力で同意した。
(そうだよな)
(さっきやったもんな)
しかし。
恋塚は。
「あっ」
一瞬。
固まった。
そして。
みるみるうちに頬を赤くする。
「えっ、あっ……そっか」
「はい」
「そうだよね……あはは」
恋塚は、困ったように笑った。
「私、いつも突っ走っちゃうからさ……」
「そうなんですね」
「うぅ……恥ずかしい」
「…………」
なんだろう。
ゲームをしていた時は。
『少し天然なところも可愛いな』
くらいに思っていた。
けれど。
実際に目の前で見ると。
……普通に面白いな。
僕は少しだけ笑いそうになる。
けれど。
ここで一つ。
気づいた。
(……あ)
(今がチャンスじゃない?)
恋塚と仲良くなる。
四季凪アキラと仲良くなる。
そして。
風紀委員会の一年生メンバーとも仲良くなる。
せっかくなら。
今やってしまおう。
「僕は、風楽奏斗っていうんだ」
「え?」
恋塚が、こちらを見る。
「一年一組」
「……あ!」
「これからよろしくね」
「…………!」
恋塚の表情が、ぱっと明るくなる。
「はい!」
そして。
「よろしくお願いします!」
「うん」
……よし。
成功。
すると。
「……では」
四季凪アキラが、こちらへ視線を向ける。
「改めて、私もよろしくお願いします」
「おう」
「おう?」
「あ」
「ふふっ」
「……今のなし」
「分かりました」
「いや、忘れて」
「それは難しいですね」
「ちょっと」
四季凪アキラが、楽しそうに笑っている。
……なんだ。
さっきから、ちょっと笑いの沸点が低くないか?
まあ。
僕が面白いらしいからな。
きっとそれだけだろう。
そんな。
どうでもいい会話。
だけど。
そのどうでもいい会話が。
少しずつ。
僕らの間にあった距離を縮めていく。
恋塚が笑う。
谷口が、それを見て小さく笑う。
そして。
四季凪アキラも、柔らかく微笑んだ。
「……!」
僕は、その光景を見た。
そして。
「…………ふふ」
思わず。
頬が緩む。
(見てる)
(見てるぞ……!!)
四季凪アキラ。
恋塚ネネ。
普通に。
楽しそうに。
二人が会話している。
(きた……)
(これだよ……!!)
僕が待っていた。
四季凪アキラ×恋塚ネネ。
その始まりとも言える光景。
「…………ふふふ」
「……奏斗」
隣から。
四季凪アキラが、僕を呼んだ。
「ん?」
「何か、いいことでもありましたか?」
「…………」
危ない。
危うく、
『今、目の前で尊いカップルの原石を見つけました!』
と言うところだった。
「いや?」
「そうですか?」
四季凪アキラは、少しだけ首を傾げる。
「ずっと嬉しそうなので」
「…………ふふ」
「ほら」
「ごめん」
すると。
[……奏斗]
今度は反対側から。
谷口が、若干引いたような声を出した。
「ん?」
[さっきからキモいんだけど……]
「…………」
[いや、なんか……ずっとニコニコしてない?]
「…………ふふ」
[ほら]
「ごめん」
でも。
止められない。
だって。
目の前には。
尊いものがある。
ゲームの中で。
何度も。
何度も見た。
けれど。
画面越しではなく。
今は。
目の前にある。
「…………」
(最高だ)
(今日の僕は)
(何を言われても許せる)
谷口からキモいと言われようが。
引かれようが。
そんなこと、どうでもいい。
だって今の僕は。
人生で一番機嫌がいい。
「……ふふ」
[……まだ笑ってる]
谷口の声を聞きながら。
僕は再び、目の前の二人へ視線を向けた。
恋塚が何かを話している。
四季凪アキラが、それに相槌を打つ。
二人が笑う。
その姿を見ながら。
僕は心の中で、そっと拳を握った。
(よし)
(このまま行け)
(四季凪アキラ)
(恋塚ネネ)
(そのまま仲良くなれ)
(そしていつか……)
(四季凪アキラ×恋塚ネネを爆誕させるんだ……!!)
「……奏斗」
「ん?」
[やっぱキモい]
「はいはい、僕はキモいキモい」
[……今のが一番無理だわ]
「なんでだよ」
「ふふっ」
そのやり取りを聞いて。
四季凪アキラが、また小さく笑った。
「……奏斗は、本当に面白いですね」
「褒めてる?」
「もちろんです」
「ならいいか」
「はい」
そう答えた四季凪アキラは。
なぜだか。
少しだけ嬉しそうに笑っていた。
もちろん。
その理由を僕が考えることはなかった。
僕の視線は。
今日という記念すべき日に始まったであろう。
四季凪アキラと恋塚ネネの関係に。
完全に釘付けだったからである。
その後。
一年生は、顧問の先生の善意によって仕事一覧表を貰った。
ありがたい。
これで少なくとも。
さっき説明された情報の半分くらいを忘れていても、なんとかなる。
そして。
ようやく本当に解散となった僕は。
教室で待ちくたびれていた雲雀のもとへ向かい。
いつものように。
二人で寮へと帰ったのだった。
そして、現在。
今の僕は。
まだ朝の空気が校内に残る早朝から、生徒指導週間の一環である身だしなみチェックをしている。
……しているのだが。
(思ってたより、めちゃくちゃ大変なんだけど……)
正直。
想定していたよりも、遥かに大変だった。
数え始めたらキリがない。
例えば。
ピアスを始めとした、耳の装飾品。
そもそも校則では、耳に穴を開けること自体が禁止されている。
他にも。
女子生徒のスカートの長さ。
シャツのボタンを第二ボタン以降まで開けていないか。
カラコンをつけていないか。
靴下を指定通りに履いているか。
その他諸々。
……多い。
とにかく多い。
(これを全員分……?)
登校してくる生徒の数は、決して少なくない。
その大人数の中から校則違反を見つけるだけでも大変なのに。
見つけた後は、ちゃんと本人に声をかけなければならない。
(これがまた、地味に勇気いるんだよな……)
知らない相手に。
「すみません、それ校則違反です」
なんて。
簡単に言えるものではない。
相手が素直に聞いてくれる人ならいい。
けれど、中には。
『は?』
みたいな顔をする人もいる。
……怖い。
普通に怖い。
「…………」
僕は周囲を見回した。
異常なし。
多分。
その時。
「だから、ちゃんと直してってば!」
少し離れた場所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……ん?」
僕はそちらへ視線を向ける。
あの声。
間違いない。
恋塚ネネだ。
(……恋塚さん?)
どうやら。
誰かを注意しているらしい。
けれど相手は、なかなか服装を整える気配がない。
「…………」
(あれは)
(ちょっと大変そうだな……)
僕は少しだけ同情した。
風紀委員になって、まだ数日。
そんな状態で、言うことを聞いてくれない相手を注意する。
……精神的に、なかなかキツい。
(助けに行った方がいいかな)
そう思い。
一歩を踏み出そうとした。
「もう……!」
恋塚が、困ったように息を吐く。
そして。
こちらに気づいた。
「あっ!」
「ん?」
「奏斗くん! ちょうどよかった!」
嫌な予感がした。
「奏斗くんからも、何か言ってよ!!」
……どうやら。
ヒロインは僕をご希望らしい。
「……はい」
僕は素直に返事をした。
そして。
少しだけ急ぎ足で、恋塚の元へ向かう。
そこにいたのは。
恋塚。
そして。
「…………」
「ん?」
見覚えしかない人物。
「……雲雀?」
僕は思わず足を止めた。
「何してんの……?」
そこにいたのは。
渡会雲雀だった。
「…………」
(ふむ)
(渡会雲雀×恋塚ネネか……)
久しぶりに。
この組み合わせを直視した。
……うん。
尊い。
やっぱり。
攻略対象とヒロインが一緒にいる光景はいい。
僕は心の中で、そっと頷いた。
しかし。
「いや、俺、別に校則違反してないし!!」
雲雀が、勢いよくこちらを振り返った。
「見てよ、奏斗!!」
「ん?」
「俺、無罪!!」
「いや!」
恋塚が即座に反論する。
「どう考えたって、そのネクタイはダメでしょ!?」
「え?」
ネクタイ?
僕は、雲雀の胸元へ視線を向けた。
そして。
「…………」
「あ」
なるほど。
そういうことか。
雲雀が指差した……というより。
恋塚が問題視していたのは。
雲雀のネクタイだった。
ネクタイ。
……なのだが。
普通に結ばれていない。
雲雀は。
そのネクタイを。
なぜかリボンのような形にしていた。
「…………」
多少形は崩れている。
けれど。
間違いなくネクタイでリボンを作っている。
「どう?」
「どう? じゃないよ」
「え」
「あー……なるほどね」
僕は一度。
深く頷いた。
「確かに、雲雀が悪いよ」
「え”ぇー!?」
雲雀が、ものすごく驚いた顔をする。
「奏斗まで俺をいじめるんだ!?」
「いじめてないよ」
「いじめてる!」
「でも」
僕は、雲雀のネクタイを見る。
「雲雀の言いたいことも分かる」
「ほんま!?」
「うん」
一瞬で。
雲雀の表情が明るくなった。
……分かりやすいな。
「確かに雲雀の言う通り、『ネクタイはこの結び方をしてください』みたいな校則はないよ?」
「ほら!!」
「でも」
「……でも?」
「ここ見て」
僕は、手に持っていた校則表を開く。
そして。
該当する部分を指差した。
「『ネクタイは本来の用途に沿って、正しく着用してください』って書いてあるでしょ?」
「…………」
雲雀が。
校則表を見る。
もう一度。
自分のネクタイを見る。
「……あー」
そして。
納得したように呟いた。
「そういうことね」
「そういうこと」
「はい」
恋塚も、満足そうに頷く。
「だから雲雀」
「うん」
「ネクタイを元に戻しなさい」
「…………」
「雲雀?」
「…………」
嫌な沈黙。
「……えー」
「ん?」
「でも俺」
雲雀が、とても言いにくそうに口を開く。
「ネクタイの結び方、分からんよ?」
「…………」
「…………」
僕と恋塚は同時に固まった。
そして。
同時に絶望した。
「……嘘だと言って、渡会くん……」
「嘘でしょ……雲雀……」
「何だよ、二人して!?」
恋塚と僕が同時に絶望する中。
当の本人だけが、なぜ僕たちがこんな顔をしているのか分からないらしい。
「……恋塚さん」
「ん?」
「恋塚さんって、ネクタイ結べる?」
一縷の望みをかけて尋ねる。
しかし。
「……私、ネクタイ結べない」
「…………」
「……はああぁぁぁぁ……」
「ため息でか」
雲雀から冷静なツッコミが入った。
「もー……」
僕は頭を掻いた。
「しょうがないなぁ……」
「ん?」
「この僕が、雲雀くんのネクタイを直したげる」
「えっ」
なぜか。
雲雀が固まった。
そして。
みるみるうちに顔が赤くなっていく。
「……?」
何だ?
どうした?
まあ、知ったこっちゃない。
(ワンチャン)
(恋塚さんが雲雀のネクタイを結ぶイベントがあると思ったのに……)
僕は心の中で涙を流した。
渡会雲雀×恋塚ネネ。
僕にください。
「……ほら」
そう言って。
僕は雲雀のネクタイへ手を伸ばした。
「……っ」
「ん?」
雲雀が、変な声を出した。
「どうしたの?」
「……いや」
「?」
本当に分からない。
僕は首を傾げながら。
雲雀のネクタイをほどく。
そして。
きちんと元の形へ整える。
実は。
僕は人にネクタイを結んであげるのが初めてだ。
……のだが。
こういう時のために。
ゲーム知識とは別に、動画などで見た記憶がある。
なんとなく手を動かしてみたら。
意外と上手くいった。
「……よし」
最後に形を整える。
「はい」
僕は満足そうに頷いた。
「雲雀、できたよ」
「…………」
「……雲雀?」
返事がない。
「おーい」
「…………」
顔を見る。
すると。
「……あれ?」
なんか。
さっきより赤くない?
「雲雀?」
「…………」
「大丈夫?」
返事がない雲雀の顔は、まるで茹でタコのように真っ赤だった。
「……平気?」
心配になって。
僕は雲雀の額へ手を伸ばす。
「……っ!?」
「うわ」
触れた瞬間。
雲雀の顔が。
さらに赤くなった。
もう一段階ギアを上げた。
「……え?」
何これ。
熱?
いや、体調悪いのか?
「……これ」
僕は、少し真面目に考える。
「保健室レベルかもな……」
「…………」
「雲雀、歩ける?」
「……おん」
「いや、元気ないな」
普通に心配になる。
すると。
「奏斗、どうしたんです?」
聞き慣れた声がした。
振り返る。
「あ」
「アキラ」
いつの間にか。
アキラが近くまで来ていた。
「あ、アキラ……」
僕は雲雀を指差す。
「雲雀が……なんか体調悪いっぽくて」
「なるほど」
「保健室レベルかも……」
「ふむ」
アキラは雲雀を見る。
赤い。
どう見ても赤い。
そして。
一瞬だけ。
僕と雲雀の距離へ視線を落とした。
何かを考えるように。
少しだけ目を細める。
……まあ。
体調を確認しているんだろう。
そして。
「……ですが」
「うん」
「大人数で保健室へ行くのは、委員会活動としてあまりよろしくないですね」
「確かに」
「なので」
アキラは、すぐに答えを出した。
「私と奏斗は、ここで引き続き生徒指導をしましょう」
「うん」
「恋塚さんには、渡会さんをお願いします」
「分かった!」
恋塚が。
元気よく返事をする。
「じゃあ渡会くん、行こう!」
「……おん」
……本当に大丈夫か?
雲雀。
いつもなら。
『おう!』
とか言っている人間が。
今は。
『……おん』
である。
「雲雀」
「ん?」
「体調悪いなら、早退しなよ?」
「……おん」
「本当に大丈夫?」
「……おん」
「…………」
どうやら。
元気に返事をすることすらままならないらしい。
「じゃあ行こ!」
「……うん」
恋塚が雲雀の腕を引く。
そして。
二人は並んで校舎の中へと入っていった。
「…………」
僕はその背中を見送る。
(……女子生徒が普通、男子生徒を保健室まで送るか?)
一瞬。
そんな疑問が頭をよぎった。
けれど。
「…………」
ここは。
『VLT学園』の世界。
乙女ゲームの世界である。
きっと。
都合のいいイベント補正というものがあるのだろう。
「……うん」
「奏斗?」
「いや、何でもない」
(頑張れ)
(雲雀)
(恋塚さん)
(保健室イベントを有効活用するんだぞ)
僕は心の中で。
そっと二人を応援した。
「……さて」
隣に立つアキラが、周囲へ視線を戻す。
「私たちも仕事を続けましょうか」
「うん」
そうして。
僕とアキラは隣り合わせで、生徒指導を再開した。
しばらく。
言葉はない。
登校してくる生徒を確認し。
服装を確認し。
必要があれば声をかける。
そんな時間が続く。
そして。
不意に。
「……奏斗」
「ん?」
アキラが口を開いた。
「さっきのことなのですが」
「うん」
「実は私」
一度。
言葉を切る。
「すごく、胸が痛かったんです」
「胸が痛い?」
思わずオウム返しになった。
「はい」
アキラは、自分の胸元に手を当てる。
「奏斗と恋塚さんが話していると」
「うん」
「なぜか」
少しだけ。
困ったように眉を下げる。
「……ずきり、と痛むんです」
「…………」
「しかも」
「しかも?」
「渡会さんと話している時も、少し痛みました」
「…………」
「何なんでしょう」
「…………」
(はっ)
僕は気づいた。
これは。
これはまさか。
(四季凪アキラと)
(風楽奏斗の)
(恋バナ相談ではないのか……!?)
ついにきた。
体感。
ちょっと早い気もする。
けれど。
そんなものは関係ない。
ゲームの世界なのだから。
イベントの順番が前後することくらい。
普通にある。
(ぜひ僕でよければ!!!)
僕は心の中で拳を握った。
「アキラ」
「はい」
「それって……嫉妬じゃない?」
「……嫉妬?」
アキラが首を傾げる。
「嫉妬って分かる?」
「まあ……人並みには」
「うん」
僕は自信満々に頷いた。
「僕と恋塚さんが話してて、モヤっとしたんでしょ?」
「……モヤっと」
「そう」
「それが、嫉妬?」
「うん」
間違いない。
多分。
「つまり」
僕はさらに続ける。
「そういうことだよ」
「…………」
アキラが考え込む。
(来い)
(アキラ)
(自覚しろ)
(恋塚ネネへの恋心を……!!)
「……なるほど」
アキラがぽつりと呟いた。
「渡会さんと話している時にも痛んでいたのは」
「うんうん」
「それも……嫉妬なんですかね」
「うん!」
僕は即答した。
「僕はそう思うな」
「そうですか……」
アキラは、どこか複雑そうな顔をしている。
「じゃあ」
僕は満面の笑みで言った。
「アキラ」
「はい」
「君は今、恋してるんだと思う」
「…………恋」
「そう!」
「……恋、ですか」
「うん!」
「…………」
アキラはしばらく黙り込んだ。
その横顔は。
何かを考えているというより。
どこか。
答え合わせをしているようにも見えた。
そして。
「……実は」
「ん?」
「心当たりというか」
アキラが少しだけ言いにくそうに続ける。
「その」
「うん」
「知り合った時に」
「うん」
「渡会さんとの噂を思い出したんです」
「…………」
ん?
「それで」
「うん」
「少し、違和感を持ちました」
「…………」
「…………」
「……え?」
僕は一度固まった。
「えっ」
「はい?」
「噂あるの?」
「……え?」
今度はアキラが固まった。
「以前、お話しした時に話題に出しましたが」
「…………」
「…………」
「嘘だ……」
ど忘れしている。
僕という人間が。
盛大にど忘れしている。
どこの記憶を探っても。
渡会雲雀と恋塚ネネの話題が一切出てこない。
(……待って)
(なんの噂?)
(雲雀と恋塚さん?)
(そんな話、僕聞いてないぞ……?)
僕は。
必死に記憶を掘り起こした。
しかし。
何度探しても出てこない。
「…………」
「奏斗?」
「アキラ」
「はい」
「ごめん」
「?」
「何の噂だっけ?」
「…………」
アキラが。
ゆっくりと眼鏡を押し上げた。
そして。
少しだけ。
何とも言えない顔をする。
「……ここまで鈍感だとは思っていませんでした」
「鈍感?」
僕は思わず首を傾げる。
「何が?」
「…………」
アキラは。
何とも言えない顔をした。
呆れているような。
困っているような。
けれど。
ほんの少しだけ。
諦めきれていないような顔。
「……これなら、たらいの気持ちも分かる気がしますね……」
「たらい?」
聞き慣れない名前に。
僕はさらに首を傾げた。
「あぁ、渡会のことですよ」
「え”っ」
思わず変な声が出た。
「そこ知り合いだったの?」
「言ってませんでした?」
アキラは少し不思議そうにこちらを見る。
「私は四組で、たらいは三組なので。体育の授業が合同になることがありまして、その時に意気投合しました」
「へぇ……」
(すごいな……)
(ゲーム補正……)
いや。
普通に仲良くなっただけなのだろうけれど。
攻略対象同士が。
僕の知らないところで自然に仲良くなっている。
なんだかゲームの裏側を見ているような。
不思議な気分だ。
「奏斗」
「ん?」
「たらいは」
アキラが。
少しだけ真剣な顔になる。
「自覚するのは私より少し遅かったですが」
「うん」
「私よりも先に、行動に移しています」
「……は、はぁ」
何の話なのか。
いまいち分からない。
けれど。
とりあえず返事をする。
すると。
アキラは僕の反応など気にする様子もなく続けた。
「だから私も」
「……?」
「選ばれるために、自分なりに頑張ります」
「…………」
「……まあ」
少しだけ。
視線を逸らす。
「多少、周りからの目線は気にするかもしれませんが」
「うん」
「そこは、目を瞑ってください」
「う、うん!」
勢いに押されて。
僕は頷いた。
……頷いたのだが。
「…………」
「…………」
最初は。
本当に何を言っているのか分からなかった。
けれど。
アキラの言葉を。
頭の中でもう一度整理する。
渡会雲雀。
自覚するのは遅かった。
でも。
アキラより先に行動している。
そして。
アキラも。
選ばれるために頑張る。
「…………」
「…………あ」
分かった。
ようやく。
全てが繋がった。
(これ)
(四季凪アキラと渡会雲雀が)
(恋塚ネネを取り合うってことだよね!?)
「…………」
「…………」
「…………っ」
やばい。
興奮してきた。
これは。
まずい。
顔が緩む。
口元がにやける。
(待って)
(待て待て待て)
僕は必死に表情を引き締めた。
今ここで興奮して倒れるわけにはいかない。
雲雀だけじゃない。
僕まで保健室送りになってしまう。
だが。
耐える。
絶対に耐える。
これから先。
僕には新たな楽しみができたのだから。
渡会雲雀。
四季凪アキラ。
そして。
恋塚ネネ。
攻略対象二人が。
ヒロインを巡って火花を散らす。
(最高じゃん……!!)
これからの学校生活が。
急に。
何倍も楽しみになった。
そんなことで保健室に運ばれて。
貴重な時間を失っている場合ではない。
「……奏斗?」
「ん?」
「なんだか、すごく嬉しそうですね」
「うん!」
僕は満面の笑みで頷いた。
「ちょっと、これからが楽しみになってきた!」
「…………」
アキラが。
一瞬だけ目を丸くした。
そして。
「……そうですか」
どこか。
安心したように。
小さく微笑む。
「それなら、よかったです」
「うん!」
……何がよかったのか。
僕には。
まだよく分からなかった。
続きます。
次回は頑張って更新早めにします💪💪
コメント
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コメント失礼します!最高の作品をまたもやありがとうございます!kntの鈍感さとモテ度が好きすぎました!!絵文字と顔文字もつけたかったのですが、容量の問題とスマホどテラーノベルをしていないため、Androidのタブレットでしてて無愛想に見えちゃうかもです…次回もお待ちしております!
お疲れ、たべ! 第6話読んだよ〜。 風紀委員会回、めっちゃ良かった! 奏斗くんが「アキラ×ネネ尊い…!」って完全にオタク目線で突っ走ってるの笑ったw しかもアキラが「胸が痛む」って言ったの、明らかに嫉妬じゃん!! 奏斗くんまだ気づいてないけど、あれ絶対奏斗くんのことだよな…? 雲雀のネクタイ直すシーンも甘かったし、次回の展開が気になりすぎる🔥 更新楽しみにしてる!!