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ゾルダークの馬車は王都の道を走るための物でもハンクが乗るため余裕のある大きさの馬車を特別に作らせている。ソーマが私のために緩衝材をいくつも中に敷き詰め、揺れを感じないようにしてくれた。座面も柔らかく負担がない。
贈られたドレスを着込み、髪は流れ落ちないよう、左右を編み込み後ろで纏め、残りは下ろすのみにした。夜会ではないし、茶会ならば気負う必要はない。宝飾品の必要性も感じず着けてはいない。ハンクの手をとり馬車へ乗り込む。カイランは心配そうに見送っていたけど、私は久しぶりの外出に心浮き立つ。ハロルドが付き添うようで御者台に上がっていた。時間に余裕をもち出発し、馬車はゆっくり進む。
「似合うぞ」
「ありがとうございます。とても気に入りましたわ」
私はドレスに触れ撫でる。絹は触り心地がいい。ハンクは座面に置いてある箱に手を伸ばし、私へ渡す。箱を開けてみると中には透明なダイヤモンドで作られた小ぶりの耳飾りと、揃いで作られた首飾りが入っていた。とても上質に見える宝石は輝き煌めいて、目を奪われる。まさか、今日のために作ったのではないわよね。
「ありがとうございます。美しいです」
ちゃんと考えてくれてることが嬉しい。
「持ってろ」
ハンクは箱から耳飾りを取り出し、揺れる馬車の中で慎重に着けてくれる。邸にいるときに渡してくれたらよかったのに、落としてしまっては大変よ。首飾りも着けてくれるようで、体の向きを変え項を晒す。ハンクは項に吸い付き痕をつけ、留め具を嵌めている。大きい宝石ではないから華美には見えない。ハンクは私を持ち上げ膝の上に乗せる。そうするだろうとは思っていた。髪の先を指に巻き付け遊ぶのはいつものこと。
「触れさせるな」
無害そうな令嬢でも警戒する必要があるかしらね。
「騎士が後ろに立つのでしょう?心配しすぎです。子は守りますわ」
太い腕に力が入る。膨らんだ腹に手をあて、黙ってしまった。そんなに危険な茶会なの?令嬢だけよ、ダントルのほうが危険人物に見えるわ。王宮にはなんて伝えたのかしら。厚い胸に頭を預け目を瞑る。久しぶりの外出に浮き立っていたけど、ここから離れたくないわね。ハンクも軽く正装している。無駄な装飾品は着けず、黒いシャツに青いベスト、その上に薄手の黒いコートを羽織っている。
「迎えに行くから動かなくていい」
王宮には沢山の貴族が出入りする。元貴族現平民でも能力があれば採用される。貴族に婿入り、嫁入りできない令息、令嬢は平民になるが、教育は受けるため有能な者が多い。働き口を王宮にする者は生家が後ろだてになり採用が決まる。不正でも行おうものなら生家が罰せられるため真面目に働く者が多い。平民の中の貴族の血がかなり多いのは、昔から爵位を増やさない制度をとっているシャルマイノス王国特有のもの。中には専門で何かを学び、医師、教師、貴族家の執事など働き口も様々、他国に比べて識字率は高く、それは国力にも繋がる。そのおかげで治安もいい。
王宮で働く者は侍女から従者、使用人まで貴族か元貴族。生家のしがらみに縛られる者もいるかもしれない。それがディーターを妬む家の者なら…心配は尽きない。
そんなことを考えていたらどこにも行けないわね。
「茶会が早く終わりましたら、その場にある花を愛でていますわ」
動いて欲しくないのなら動かない。
ああ、と頷き満足している。
「起きているな」
腹の子が動いてハンクの手を叩いている。ハンクはよく下腹に触れる。カイランを見て、ハンクには父性がないと思っていた。私の子を大切にしてくれるなら嬉しい。
半時の道程を下腹に負担をかけぬよう遅く走らせたため、予定より少し遅れて着いたようだ。馬車の周りには馬に跨がり警戒中の護衛騎士達が囲み、ダントルだけ馬を預け、直立不動で待機している。ハンクが先に降り私へ手を伸ばす。ハンクの手を借りながら段差を降りる。すでに王宮の正門は通り、建物の入り口まで馬車で乗り入れている。太い腕に手を添え、ハンクは茶会の会場近くまで付き添うようだ。
「貴族院の方はまだですの?」
小声で聞いてみる。王宮にいてもハンクは目立つ。
「いい」
いい、とは…始まっているけどなのか、まだだから気にするな、かどちらなのかしら。ここで問答しても、悪目立ちするだけね。王宮では微笑みは絶やせないのよ。
親と共に王宮に来ただろう令息令嬢がそこかしこにいるならば、当主はすでに会議場にいるのではないかしら。陛下より王のように歩くハンクを皆が横目で見ているのが視界に入る。茶会は、開かれている庭園の先にある招待された者だけが入れる庭園に用意されている。
令嬢達の集まりが見える、私が最後のようね。令嬢と話すのは久しぶりで緊張するわ。
ハンクは立ち止まり私を見下ろす。
「待っていろ」
念を押してるわね、私は微笑み頷く。腕から手を離し一人で歩いていく。私を待っているだろうけど急いだりはしないわ。後ろからはダントルの騎士靴の音が聞こえる。
令嬢達は私に気づき、耳元で囁き合う。円卓なのね、マイラ王女の隣が空いている、ならば私の場所はそこね。
「お待たせして申し訳ありません」
どれだけ待たせたかわからないが、私が最後なのは確かなので、マイラ王女に向け謝罪をしておく。
「ゾルダーク小公爵夫人、よくいらしてくださったわ。待っていたのよ」
マイラ王女は笑顔で私を迎える。王宮の夜会以来ね、敵意は感じないわ。他の令嬢には目を向けず、ダントルが引く椅子へ座る。
「お招きありがとうございます。安定期に入りまして、お目にかかることができましたわ」
「懐妊おめでとうございます」
「ありがとうございます」
他の令嬢は、さすが高位貴族の方達、微笑みは消していない。この中でマイラ王女の次に階級が上なのは私なのよね、私から話しかけないと始まらないわね。
「皆様もお待たせしまして」
謝ることはしない。ハインス姉妹はマイラ王女の隣ね、これでは王女が邪魔で手は出せないわ。危険はないとみていいのかしら。私の隣にはアビゲイル様がいるのね。階級を考えるならコンラド侯爵令嬢のはずだけど、レディント辺境伯令嬢の口は微笑んでいるのに目は笑んでないわ、惜しいわね。
「まだ新婚なのに懐妊とは素晴らしいですわ」
どちらが姉かわからないけど、髪色が濃いほうが姉のウィルマ様よね。
「ウィルマ様、ありがとうございます」
訂正されないのなら正解ね。隣で頷いている赤茶が妹のジャニス様ね。
「ゾルダーク小公爵様は優しそうで、夫人が羨ましいですわ」
アビゲイル様の隣に座るコンラド侯爵令嬢のローズ様が話しかける。アビゲイル様は真っ赤な唇が艶々して弧を描いているわね。
「ええ、優しくして頂いております」
「公爵家ではどう過ごされてますの?」
ローズ様はそんなことに興味があるのかしら。
「婚姻して早くに身籠りましたから、大人しくしておりますわ」
「小公爵夫人、なぜ騎士がここにおりますの?なんだか怖いわ」
誰かしらそう言うとは思っていたけれど、ジャニス様にはダントルが目に入るものね、気になるわよね。
「お義父様が側から離すな、と命じられまして。気になりますわよね、我慢してくださいな」
閣下の命令なら我慢するでしょう。真っ黒で存在感があるけど。
「ゾルダークで大切にされてますのね、羨ましいわ」
なんて、妖艶な声なの。カイランはやられるかもしれないわ。
「有り難いことですわ。アビゲイル様」
「小公爵様はまだお若いですから、お辛いですわね」
声を落として囁いているが、皆に聞こえているわよ。
「辛い?ですか、夫は若いですが辛そうには見えませんわ」
何を言われているのかわからない顔をして返してみる。ハインス姉妹は意味を理解しているようね、私より年下なのに…これが耳年増ね、多分。アビゲイル様は笑い出した。面白いことは言っていないわよ。
「小公爵夫人はお若いから男性のことがわからないのね。可愛らしいわ」
「ありがとうございます」
他の令嬢まで笑い出す。私と年齢が変わらないのに、男性のことを理解してるなんて。閨教育をしっかり受けたのかしら。微笑みを崩さず話す。
「皆様は男性のことをよくご存じなのね。素晴らしいですわ。ウィルマ様もジャニス様も私よりお若いのに、勉強熱心でいらっしゃるのね。ハインス公爵家の教育を教えていただきたいわ。お義父様にお願いしてみます」
笑わなくなったわね。ハンクからハインス公爵に男性のことを聞かれたら姉妹は怒られるでしょうね。
「私も男性のことはよく知らないのよ。アビゲイル様教えてくださる?なぜ小公爵は辛いのかしら?」
マイラ王女の質問に答えないわけにはいかないでしょうね。
「若い男性は特に欲求がありますのよ、夫人に相手をしてもらわないと辛くなるそうですの」
「知らなかったわ、笑っていた皆さんはよくご存じね。勉強不足だわ、殿下にお聞きしなくては」
マイラ王女は敵ではないわね。少し苛ついているし、彼女達の思惑に気づいているのかしら。
「アビゲイル様はどこでお聞きに?旦那様かしら?」
離縁していることはまだ知らない?でも夫人を使ってない、知っているのね。
「ノエル様はいつまで王宮に滞在しますの?」
ローズ様、無理があるわ。王女の問いを答えさせないなんて、マイラ王女が微笑みを消したわよ。
「私はマイラ様が望むまで滞在を許されております」
それは気に入られたのね。
「あら、ノエル様はレディント辺境伯領に婚約者がいますよね」
話題が変わり喜ぶ姉妹が笑顔で聞いている。
「ええ、戻るまで待ってくれてますの。急ぐ必要もございませんし」
「あらっ婚約してどのくらい?私ったら引き留めてしまったのね。ごめんなさいね」
マイラ王女に教えていなかったなんて。
「二年ほどです。お互い若いですから時期はいつでも…」
「いいえ、若い男性には欲求がありますのよ、妻になって満たしてあげなくては。そうですよね、アビゲイル様」
ノエル様は王都に憧れているとハロルドが言っていたわ。戻りたくないのかしら。マイラ王女の独壇場ね、アビゲイル様は頷くだけだわ。ローズ様の顔色が悪くなって…黙ってしまったわ。
「マイラ王女様、街へはお出掛けになりまして?」
話題を変えてみよう。ローズ様が泣いてしまうわ。
「ええ、何度か。殿下が案内してくれましたわ」
「まぁ何処へいらしたんですの?」
マイラ王女は笑顔に戻り教えてくれる。
「劇の鑑賞へ行きましたのよ。歌も聴きに劇場へ連れて行ってもらいましたわ」
羨ましいわ。そういえばカイランとは行っていないわね、そういうところよね。アンダル様とリリアン様とは行ってそうね。
「素晴らしいですわ。王太子殿下はマイラ王女様を大切にしていらっしゃるのね」
羨ましいわ。安定期に入ったのだから私も久しぶりに観に行きたいわ。