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会議場の中には貴族家の当主達がすでに指定の椅子へ座り、なかなか現れない一人の公爵を待っていた。予定を過ぎた頃、重厚な扉が開き、王の一段下の椅子へゾルダーク公爵が歩いて近づく。
「お前が最後だぞ。遅刻だよゾルダーク公爵」
高い位置からハンクを見下ろすドイルはその理由を知っているが苦言を言わない訳にはいかない。ハンクは無表情のまま首を傾げ椅子に座る。
あの子とは途中で別れていれば間に合ったのに、騎士まで付けてよ。マイラでさえ背後に置いてないのに、まぁ身重だし、あんなこと書かれたらな…許可は出したけど。
「待たせたな!始めようか」
俺が待たせたわけじゃないのによ。
しかし、見に行きたいなぁ、騎士を背後に置くなんて見たことないよ。あの子は聡いし度胸があるから心配しなくてもいいのにな。心配なんて感情なかったろうに、人間らしくなったよ。老公爵はどういう教育したんだよ、謎だな。あの人の考えはわからん……なんの音だ…おいおい、皆が怖がってるぞ!その太い指で机を叩くなよ。割れるだろう!音がなかなか大きいぞハンク。あぁ皆が早口になっていく…始まって半時しか経ってない、まだまだ報告は残ってるのに。どこかで休憩入れるか…
「おい、ハンク!落ち着け、いつもより顔が険しくなってる」
休憩を告げた途端立ち上がり、場から出ていくハンクを追いかけた。足が速い!長いからな!
悔しい思いをしながら後を付いていくと、いきなり立ち止まるから黒い背中にぶつかってしまう。
「いきなり止まるなよ!あぶない…」
ハンクが窓から外を見ている。ここから見れるのか!見たい!直ぐ様、外を見る。
遠いが見えるなぁ…真っ黒の赤毛の騎士が庭園に目立つよ、本気の背後じゃないか。笑いだしそうになるのを我慢する。
「何事もなさそうだ、よかったな」
「ああ」
俺は涙が出そうだった、ハンクが笑ったのを初めて見たからだ。嘘だろ…俺は感動するのか…凄いな、胸が熱いよ、ここまでとはな。あの子はハンクの笑顔を見てるだろうな。愛想笑いも知らない男がな。恋ってのは人をここまで変えるか。
「休憩終わるぞ」
「ああ、ドイル。何かあったら俺が手を下す」
え…手を下すって何かあったらだよな。思惑だけでは手を下したら駄目だぞ。
「うん。何か起こったらな、それからな」
振り向くハンクの顔にもう笑みはない、幻かな…
何も起きませんように。面倒はごめんだ。
マイラ王女の意識をアビゲイル様から遠ざけることに成功し、令嬢達は流行の劇や役者、歌手など楽しい話題に移っていた。私はその話題にはついていけないので、微笑みながら聞き役に徹する。お腹が大きくなってハンクの許可が取れたら劇を観に行きたい。お願いしてみよう。
「皆様、花を近くで見ません?こちらの庭園にはあまり入れませんから、マイラ王女様、よろしいですか?」
座っているのに飽きたのか、一番年齢の低いジャニス様に、駄目よと言いづらい、と理解していなそうね。マイラ王女は微笑んで頷いている。私とマイラ王女以外は立ち上がり花の方へ向かい出す。私が合図しないからダントルは微動だにしない。
「キャスリン様、ごめんなさいね。まだこの国には慣れなくて、細かい所は任せきりなの。レディントは駄目ね。貴女への敵意を私に悟らせてるわ」
マイラ王女は小声で私に謝罪をするが、他国から来たのだから仕方がない。レディント辺境伯令嬢とは長い道程を共にしてきたのだから側に置くのは当然なのだ。
「久しぶりに女性の集まりに来ましたの、楽しんでいますわ。これが令嬢達の会話ですもの、気になさらないで。他国からいらして信用できる者を探すのは困難なことです。マイラ王女様の心許せる相手がきっといます。ゆっくり精査されたらよろしいですわ」
私にはジュノとダントルがいた。マイラ王女には誰もいない、寂しいはずよ。
「殿下に相談して焦らずじっくり精査するわ」
私は頷き微笑む。ハンクが心配するほど危険ではなかったわね。ハロルドから聞いた時は驚いたけど、おかしなことはされてないわ。
「お姉様!蜂よ!」
高い声が辺りに響く。その声に令嬢達は服を持ち上げ走り出す。その動きがよく見える私は、マイラ王女の手を握り、動くことを止めた。私から離れて巻き込まれ怪我でもしたら、ダントルが罰を受ける可能性が出る。蜂は刺激しなければ襲わない。王宮の庭園に巣などあるはずがない。ハインス姉妹がこちらに手を伸ばし助けを求めて近づいてくる。騎士に助けを求めているように見えるだろう。あら、指輪をしているわね、あれが危険なの?ダントルに合図して向かってくる二人に長い足を引っ掛け転がせる。姉妹は重なり倒れ込んだ。
「きゃー!痛い!お姉様!私に…」
下敷きになったジャニス様は顔色を悪くする。ウィルマ様はダントルに向かい声を張り上げる。
「貴方!私達に足をかけたわね!騎士のくせに助けるのが使命でしょう!」
ダントルは無反応を通す。私は机を叩いて音を出し意識を私に向けさせる。
「ウィルマ様、蜂はどこへ?」
顔を赤くしたウィルマ様はジャニス様を横目で確認して、目を泳がせる。
「どこかに行きましたわ!夫人の騎士が私と妹に足をかけたのよ!見ましたでしょう!お父様に抗議をお願いするわ!転んだのよ!ジャニスまで傷ついたわ!」
ジャニス様は立ち上がれないようで、膝を抱え座り込んでいる。どこか痛んでいるようには見えない。ただ震えているだけ。
「ウィルマ様、この騎士は私を守るためにいますのよ。貴女がこちらに走り込んで私に傷が付けばお義父様に叱られますの。もし子に何かあったら命で償うのです。ハインス公爵様は責任を取れますの?」
事実、私は今この国で一番大切な妊婦なのよ。何かあったらどうするのかしら。
「怪我をされましたの?ジャニス様は立ち上がれないようですわよ。医師を呼びましょう」
騒ぎを聞きつけた近衛が走ってくる。
「ハインス公爵令嬢が怪我をしているようなの、医師を呼んでくださる?」
駆けつけた近衛は頷き、手を上げ合図を送っている。放心していたウィルマ様が騒ぎ出す。
「医師など必要ないわ!ジャニス!立ちなさい!早く!」
慌てようが怪しいわ。ここまで黙して成り行きを見ていたマイラ王女が諭す。
「ウィルマ様、落ち着きなさい。医師に見せて、蜂がいたのなら刺されたかも知れないでしょう?ジャニス様の心配をしなさいな」
本当に私より年下なのかしら?さすが王女ね。落ち着いているわ。
「お姉様…っ助けて」
ジャニス様は泣きはじめてしまった。ウィルマ様が倒れ込んだ時にどこか痛めたのかしら。可哀想に、姉の体重を受け止めたのね。
「ウィルマ様、抗議なら頂きますとハインス公爵様に伝えてくださいな」
私は微笑みを崩さない。私には触れさせないわ。ハロルドに聞いておいてよかった。落ち着いていると周りがよく見えるものね。
「マイラ王女様!お怪我はございませんか?小公爵夫人!手を離しなさいな!」
ノエル様に言われて気がついた。あら、まだ握っていたわね。触れていた手を離しマイラ王女に謝罪する。
「申し訳ありません。驚いてつい握りしめてしまいましたわ。私も蜂は怖いですもの」
マイラ王女は首を横に振り、私の手を握る。
「私も大きな声に驚いたわ。キャスリン様の手に安心しましたのよ。ノエル様、大きな声を出さないでくださる?」
ノエル様は俯いてしまった。マイラ王女の一言で辺境に帰されるなんて、毎日気は抜けないわよね。マイラ王女の手を上から触れ話す。
「ノエル様は心配してますのよ。マイラ王女様の身は尊いのですから」
王都が気に入ったのなら楽しんだらいい。いずれは辺境に戻らなくてはならないのだから。婚姻してしまえば、出ることは難しい。
もうこうなっては茶会はお開きね。ローズ様もアビゲイル様も遠巻きに見ているし、関わりたくないわよね。
「キャスリン様!」
聞き覚えのある声が走ってくるわ。何故ここにいるのかしら?
「ライアン様、なぜ王宮に?」
「怪我はないですか?傷でも付けたら閣下に…」
私の奥に目をやり状況を把握したようだ。
「父が近衛の副隊長なんです。たまたま父の所に顔を出せば、医師が必要だと近衛が駆け込んできたので急ぎましたよ、無事ですね?」
私は微笑み答える。
「ええ、蜂に驚かれたウィルマ様とジャニス様が私の近くで転ばれたの。ジャニス様が下敷きになったんです。震えていますの、診てくださる?」
ライアン様は頷き、姉妹に近づくがウィルマ様は止めているようだ。
「妹は驚いただけです。蜂にも刺されていませんわ」
ジャニス様の側から離れない。ジャニス様も俯きながら頷いている。
「擦り傷でも放って置くと後で悔やむことになりますよ?僕は医師のライアン・アルノです。嫁入り前の身なのですから、傷は残したくないでしょう?私が嫌なのでしたらハインス公爵様を呼びましょう、公爵家の侍医なら見せられますよね?」
ウィルマ様は頷いている。
「ハインス公爵様がいらっしゃるまで、念のため王宮の医務室へ行きましょう。転んだことに驚いて、今はわからなくても、痛みは後から気づいたりしますよ。蜂に刺されていたら適切な処置も必要です」
ジャニス様は泣き出してしまった。痛みがやってきたのかもしれないわ。
「刺さったかもしれない、痛かったもの!」
ウィルマ様はジャニス様を抱きしめ、慰めている。仲がいいのね。私からはウィルマ様の後ろ姿しか見えないが、妹の背中をさすって落ち着かせている。こう見ると姉妹も可愛いわね。
「医務室へ行きましょう。歩けますか?騎士に運んでもらいますか?」
ライアン様の問いに首を横に縦に振っている。
ジャニス様は立てず、近衛が近づき抱き上げる。顔に手をあて泣いているわ。かわいそうに痛むのかしら。ウィルマ様はジャニス様に付き添い王宮へ向かっていく。