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1.刺客
レゼ襲来から約1ヶ月半。
あの1件以来大きな悪魔被害はぱったりと止み、多忙な公安職員にもようやく余裕がでてきた。嵐の前の静けさというものなのかはわからないが、皆それぞれに仕事を片付け、のんびりお茶を飲みながら備え付けのテレビを観て談笑していた。
同じ頃に4課に異動してきた元2課隊員・星野もかなり場慣れしたようで、黙々と、かつ目にも止まらぬ速さで自身の仕事を片付けては何事もなかったかのようにに缶コーヒーを飲んでいるのが度々目につく。
「星野さんすごいなぁ…」
「星野さんが来てから仕事効率がかなり上がった気がするよ」
星野の作成した資料やその他報告書の、そのあまりの正確さと無駄のなさに4課隊員一同尊敬の目を向けていた。星野がそれに対してなにか応えることはなかったが。
だがやはり、仕事内容の違う他の課から来たのにも関わらず、凄まじい適応能力で仕事をこなすその姿を当然気に入らないと思う者もいる。
そう、他でもない院瀬見である。
「なぁリヅ、育毛剤って経費で落ちるか?」
「落ちん」
「嫌いな同僚に対するストレスが原因でも?」
「アホなこと言うてへんではよ仕事せぇ」
院瀬見はドデカいため息をつき、ゆっくり思いきり伸びをして椅子に寄りかかった。その姿をリヅは呆れた目で見る。
「そら先輩が大変なんはわかりますけど、1番えらい目に遭っとんのは星野先輩の方なんちゃうの?」
4課とは別でデビルハンターを務めてきた星野は、先の戦いで同じ2課の同僚を全員失った。悲しみの表情すら出さずにいる彼女だが、実際に抱えている思いがどれほどのものなのかは計り知れないし、それを周りの人間が知る由もない。
彼女は今、どんな気持ちで4課にいるのだろうか。
「…アイツは1ミリも大変そうに見えねぇけどな。なんならこっちを手伝ってほしいぐらいだわ」
「いや、えらい目っちゅうんはそういうわけやのォて…」
「あのマキマさんは有給使って江ノ島に行くらしいぜ〜?大層なもんだよな、私らは残ってる仕事があるってのによ」
「えのしま…?」
2人が話していたところに、給湯室にいたイサナが淹れたお茶を3人分持って出てきた。服が所々濡れているので恐らく何度かこぼしたのだろう。
「神奈川のな。早川たちも誘おうとしてるみたいだけど」
「江ノ島…私も行きたかった…」
「お前はまず雑用の仕事をこなせるようになってからだな」
院瀬見はそう言って綺麗なタオルを投げてよこす。
「お茶淹れるの難しいんだもん…」
「さっきお茶っ葉も入れようとしてひっくり返してただろ」
眉を下げてしょんぼりするイサナにツッコミを入れる傍ら、院瀬見はふと考えた。
確かにここ最近は働き詰めで、どこかに遠出するなどろくにできていなかった。1ヶ月半も経ったので怪我こそ治ったものの、リヅとイサナはまだ心なしか疲れた表情をしている。そういえば院瀬見自身もめちゃくちゃに肩が凝っている。
ゴリゴリになった肩を回し、院瀬見は顔を上げた。
「せっかくだし、今度温泉にでも行くか?たまには息抜きも必要だろ」
「ホンマに!?」
先ほどの疲れた顔から一変、リヅはぱっと明るい顔を向けた。イサナはよくわかっていないらしく、「おんせん…?」と首を傾げている。
「嬉しいけど急にどないしたん?そんな優しい性格やなかったやんな?」
「一言余計だわ、私にだって情はあんだよ」
単に私が行きたいだけってのもあるけど、と小声で付け加えつつ、デスクを軽く片付けながら言う。
「伊香保だか草津だか行ってちょっと休めばまたその後からも頑張れんだろ。今度3人で予定立て─」
「? どないしたん?」
ふと目に入ったニュースの報道を観て、院瀬見は無意識に言葉を消した。
そして。
「…なぁ、あれって…」
「なんや、爆弾の悪魔まだニュースやってんねんな…流石にあれは被害デカかったししゃーない─」
「違う」
「え、」
「アイツ…テレビ映ったらマズいんじゃねぇか…?」
凝視した画面に映りこんでいたのは、存在を隠すために報道規制をされているはずのデンジの姿だった。
2.みられちゃった
バン!
扉が勢いよく開かれる音がして3人は振り向く。振り向いた先には見慣れた同僚や、どこの課の隊員かすらわからない人たちが大勢おり、部屋に入ったかと思えば、慌ただしそうにデスクからメモ帳やペンケースなど色々なものを持ち出して去っていき、扉を閉めた。
「動き始めたな…」
「え?」
院瀬見の感じていた嫌な予感は的中してしまった。
「デンジは前例の少ない悪魔の心臓を持った人間。当然その価値を知っている奴なら是が非でも自分のものにしようとするはず。つまり─」
「デンジの心臓を狙った刺客が現れる…」
事の重さを理解したリヅとイサナは生唾を飲み込んだ。
「これからどうなるの…?」
「…恐らく世界中から刺客が来る…すぐには終われねぇはずだ…」
事態は大きく動いていくこととなる。
3.襲撃に備えて
「早川」
大勢の隊員が慌ただしく動いていたとき、その人混みの中に岸辺、マキマなどと一緒にアキがいたのを院瀬見は見逃さなかった。どこからか帰ってきたアキを無理やり呼び止め、肩口を掴んだ。
「後にしてくれ、忙しい」
「悪いが無理だ。今何が起こってるか教えろ。私にだって把握しておく必要はあるはずだ」
「……」
忙しいのは口実ではなく事実なのだろうが、話の詳細を聞くために院瀬見はアキを喫煙所に連れ込んだ。
「クァンシ…?」
「ソ連からの刺客だったレゼに続いて、今度は中国から刺客が来ようとしてる。マキマさんから聞いた話だと、そいつは仲間の強力な悪魔を数人連れているらしい」
白い煙をくゆらせながらアキは答える。いつにも増して「嫌な予感」の強かった院瀬見は真剣な表情をしている。斜に構えている普段の余裕は到底なかった。
「そいつを倒したところで刺客はいくらでも湧いてくるんじゃねぇのか?」
「いや、その中国とドイツの刺客を捌けば残りがいたとしても様子見してくると俺は思ってる」
「…中国はわかった。ドイツはどうなんだ」
「…岸辺隊長の話だと、警戒すべきは中国よりもドイツの刺客らしい」
「どんな奴なんだ」
アキは一度言葉を止め、そして続けた。
「ドイツのサンタクロース」
「は?」
「どうやらそいつは何体もの悪魔を従えているらしい。寿命が尽きて死んだという噂もあるようだがまだなんとも言えない」
「警戒すべきは…か。中国の刺客よりもそのサンタクロースとやらの方が強いんだな?」
「多分、戦うとなれば前回よりも更に犠牲者が出るはずだ」
「…そらそうか」
緊張な面持ちのまま、2人は喫煙所内を白い煙で埋めていく。そして再びアキがゆっくりと口を開いた。
「…なんにせよ、来年には銃の悪魔と戦うことになるらしい」
「─!」
院瀬見は目を丸くした。いずれそうなる時が来るとは思っていたが、そんなに早いとは。
「…お互いこんなところで死んでられねぇってわけだな」
「…あぁ」
アキは銃の悪魔に家族を殺されている。院瀬見はその事実を知っているからこそ、敵討ちに協力しようと思っているのだ。
狭い喫煙所内。煙でお互いの顔が霞むようになり、ようやく2人はタバコの火を消した。外に出てからもなお話を続ける。
「…今回の仕事、俺は宮城公安や民間からの応援の人たちと一緒にデンジの護衛を任されている」
「民間から借りてきたのか?人手不足も笑えたもんじゃねーな」
「まぁな。お前の仕事は定まってないから、応援が入り次第頼んだぜ」
「命令待ちってことだろ。わかってるよ」
いつでも動けるようにできる限りのことは終わらせておく必要がある。院瀬見は大きく深呼吸をし、アキと共に本部へ戻って行った。