テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
2件

本当に毎回文章が上手くて好みだし、途中途中の絵も物語りの雰囲気にあっていて素敵だしなにより人の心情を書くのが難しいはずなのにわかりやすく表現しているところが面白くつい見入ってしまいます!文章ごちゃごちゃしててすいません🙇
⚠︎VTA要素あり
途中挿絵が挟まりますが、保存・スクショ等禁止です。
=====
「──で? お前はいつあの服着て出かけんの?」
「………………」
イッテツは問いには答えず、右手に紫煙を燻らせながら歪な笑みを張り付けている。それを軽く小突いたあと、リトは少しだけ声を穏やかに撫でつけてから続けた。
「いや、お前がそれでいいなら……普段着じゃなくて俺らと遠出するときだけ着たい、とかだったら別にいいんだけどさ。マジで強制みたいになっちゃってたんならそれはそれで謝るし」
「う゛……急に子供あやすみたいな言い方するなよ、俺が駄々こねてるみたいじゃん」
実際、それに近い状況ではあるが。
またしても毒を飲み込んだリトはそのまま唇を閉じ、次の言葉を待つ。イッテツは短くなった煙草を物惜しげにひと吸いしてから、携帯灰皿へと押し込んだ。
「煙たいだろうから場所移すね」と逃げようとするイッテツをリトは片手で制する。彼の纏う煙の匂いにも、いい加減慣れたものだった。
「……リトくんだって人のこと言えなくない? 俺の影に隠れてるけど、社会人にしては出不精な方だろ、きみ」
「そーね。だからこそ、よっしゃ出かけるぞ! ってときは普通に身なりは整えてるね」
「ッく、この社会人の鑑め……!」
「え、これ褒められてんの俺?」
苦し紛れによく分からない罵倒をされたところで、事態は好転も逆転もしない。そもそもそういう話ではないということは、さすがにイッテツも分かっているのだろう。
今議題に挙げるべきは外出の頻度ではなく、先日購入したばかりの服たちがすでに箪笥の肥やしになりかけている、という現状についてだ。
──実を言ってしまうと、リトはこのことについてさほど深く言及する気は無かった。イッテツとはある程度長い付き合いではあるものの、そこまでプライベートに深入りできるほどの仲でもないし、その上で多少強引に誘った自覚はあったから。
実際、誘ったのは自分だからと財布を出したリトの申し出を断って自腹を切ったのはイッテツ自身なのだし、最悪このまま日の目を見ないとしてもそれを咎めることはできない。イッテツがこれ以上話を続けたがらないのであれば、素直に引き下がろう。リトがそう考えた矢先、イッテツは意を決したように口を開いた。
「あ、のさぁリトくん」
「うん」
「……海、行かない?」
「…………うん?」
困惑に首を傾げるリトを追い、イッテツも首を横へ倒す。ちょうどその瞬間、2人の持つ通信機から任務終了を通達する音声が流れた。
§ § §
心地よい揺れに身を任せながら、イッテツはふわりと立ち昇った眠気を振り払う。
見られてはいないだろうかと慌てて周囲を確認するが、こちらを見ているのは真横に座っているリト1人だけだった。視線に気付いたイッテツが途端に背筋をピンと伸ばすのを見たリトは、とうとう堪えきれずに吹き出した。
「おっまえ挙動不審すぎ……」
「……笑うなよ。しょうがないだろ、こんなあったかいとこいたら……てかリトくんは眠くなんないの?」
「や、俺にはちょっとあっつくてさ。今日すげえ天気良いし」
「あー……」
屋外を出歩くことを想定してはいるものの、今日はひと足先の春の陽気が到来しているため上着は持ってきていない。代わりに柔らかく身を包む外と車内の温度差は、午睡を誘うのに最適だとすら思えた。……それにしたってリトは薄着すぎるが、とイッテツは思う。
じとりと睨まれたリトはその意図を察して苦笑いを浮かべる。仕方ないだろう。この時期の電車は暖房が効いていて、元より体温の高いリトにはどうにも暑くてしょうがないのだ。
「つうか、なんでそんなに視線気にするのに電車移動選んだんだよ」
「それは……ほんとは昨日、ウェンくんが『車出そうか?』って言ってくれてたんだけどさ? ほら、きみと2人で出かける機会ってのもそうそう無いわけだし、たまにはいっかなって……」
「え、ウェンにはもう言ってあんの?」
「え? うん。そのときはマナくんもいたから彼も知ってるよ」
他のメンバーには知らせていたのに、どうして同行者である自分には当日まで黙っていたんだ。イッテツの考えていることはいつまで経ってもよく分からない。
平日の昼間ということもあり、車内は健康な成人男性2人が並んで座れる程度には空いている。がたん、と小さな揺れが起きたことでイッテツの意識はようやく本調子を取り戻し始めた。
右奥を見れば、小さな子供を連れた男性と女性が一緒に外の景色を眺めている。左を見れば、旅行客と思わしき若い女性が2人、トランクを片手に歓談している。その奥からもいくつかの話し声が聞こえてくるため、全くもってガラ空きというわけでもなさそうだ。
そうなると必然、自分の格好は果たしてその景色に溶け込めているか、ということが気になってきて。
「……やっぱ俺浮いてない? なんか彩度高くない? 1人だけ」
「んなことないって。そもそも誰も見てないし……そうやってキョロキョロしてると逆に目立つんじゃね?」
「い、いや、だってさぁ……」
右の人差し指を弄りながら、イッテツはやはり落ち着かない様子で身を縮こめている。贔屓目を抜きにしてもそんなに目立つ格好をしているとは思えないが、どうせ言ったところで聞かないだろう。リトは背もたれから体を浮かせて、改めてイッテツの服装を吟味してみる。
上は例の『I♡me』と書かれたニットトレーナーで相変わらず人目を引くが、下に着込んだ深い色合いのネルシャツのおかげで『ユニーク』の範囲に収まっている。更にダメージ加工の入ったデニムの短パンが子供のような無邪気さを演出しており、個性的な柄のソックスや底の厚いスニーカーといった扱いの難しそうなアイテムも色味を合わせることで上手く着こなしていると思う。防寒具代わりのヘッドホンや胸元のピンバッジ、腰からぶら下げたぬいぐるみマスコットなど小物の使い方も秀逸だ。
マナの言う通り、やはりイッテツは組み合わせ自体のセンスはある。この服装も癖の強いアイテムばかりで全体的に『らしさ』全開ではありつつも、遊び心と茶目っ気たっぷりな雰囲気に仕上がっていると言えるだろう。
「俺はめちゃくちゃ良いと思うけどなあ……それに、テツがひとりで浮かないようにわざわざ、俺も似たような系統の服選んできたんだし」
「……いや、なんか良いことみたいに言ってるけど、全然それも懸念材料だからね? 何? そのクソデカい『U』。そんでsexyって。きみデカいんだからただでさえ目立つのにさ」
「『I♡me』に言われたくねえわ。……これね、自分でデザインしたワッペンをネットでそのまま注文できんの。すごくね?」
「いやすごいけども……」
意気揚々とワッペンを見せびらかすリトを軽くあしらうイッテツだが、集合したときは全力で褒めちぎっていたのを忘れたのだろうか。
スニーカーのソール部分やトレーナーの色合いなど全体的にどこか猫っぽい雰囲気のイッテツに合わせるべく、今回リトはイナズマのマークを印象的なモチーフとして扱い、ポップな雰囲気に近づけるようにコーディネートしてみたつもりだ。ワッペンの付いたスタジャンはマストとして、いつも通りにオーバーなサイズではありつつも白Tシャツを合わせることで清潔感を意識し、くすんだターコイズのカーディガンを腰に巻いて全体の雰囲気をまとめてある。
リトとイッテツが『ヒーロー』として認識され始めていることを活かしたモチーフゴリ押しコーデではあるが、もし知らずとも男2人で出歩くならこれくらいズラしておいた方が不審がられずに済む──と思う。送られてきた画像を頼りに意識してお互いの補色を選んでいった結果、気付けば普段着る服よりも彩度が大分高くなっていたのは事実だ。
──だとしても、この突き抜けるような晴天だ。きっと自分たちの色など、あの青の前では霞んでしまうことだろう。
いよいよ見えてきた海を眺めては待ちきれないと言わんばかりのリトに、イッテツは短いため息を吐く。
「きみは良いよなぁ。こんな時でも楽しそうで……」
「こんな時って。だって今から海行くんだよ!? 暗い顔してどうすんだよ!」
「そりゃ俺だってね、何一つ不安なく楽しめるんだったらそうしたいところですよ。まったく……」
そうして背を丸めて再びため息を吐く姿と、その胸に刻まれた『I♡me』の文字はどうもちぐはぐなように思える。しかし、その互い違いの個性こそがイッテツらしさなのだと、リトはよく理解していた。
ああ、何だか懐かしいな。そのあまりにおどおどした様子を見て、リトは珍しく感慨に浸ってしまう。
そういえば、出会った頃もそうだった。今とは少し雰囲気が違うけど、この世界の中の全てに怯えているような大袈裟な表情も、周囲を気にしすぎて却って目立つぎこちない動きも、そしてふらふらと彷徨ったまま、一向に交わらない視線も──、
「……え、なんで見てんの?」
ふいに困惑したような視線を向けられ、咄嗟に返事ができなかった。真っ直ぐこちらを見つめる瞳は然して逸らされることもなく、リトの答えを待っているようだ。
──何だか、野良猫に懐いてもらえたような。そんな例えが脳裏をよぎって、やっぱりリトは口をつぐんだ。
「何ニヤニヤしてるんだよ……」
「……いいや? 別に」
§ § §
「海だァーーーっっ!!」
「うっ……るせえなお前!!」
真横からつんざいた大声に耳を塞ぎながら、リトは思わずにやけてしまった。だって、大海を目の前にしたイッテツがあまりにもはしゃいだ笑顔を浮かべていたものだから。
「え、言わない? まず海来たら。やるでしょこれ」
「やらねえよ。それもなんかのミーム?」
「いやミーム……広義ではそうかも。世界的なミームみたいな感じ」
「お前適当言ってるだろ」
「うん」
清々しく言って退ける後頭部にチョップを食らわせる。性懲りも無く呻くイッテツ越しに見る冬の海は案外と澄んでいて、同じく透き通るほど青い空は雲ひとつ無い晴天だった。
遥か海の上を滑ってよく冷えた潮風が心地いい。電車で過剰に温められた体にはそれが一等沁みて、ついぼうっとしてしまう。
「なぁに黄昏れてんの」と演技ぶった調子で問われ、海を見つめたまま曖昧に返事をする。
「……俺たち、よくここまで来たよなあって」
「なに? 電車降りてからここまで来る途中で3回道に迷ったの、まだ根に持ってる? 言っとくけど、俺が方向音痴だって知ってて先頭歩かせたきみにだって非はあるんだからな」
「や、そうじゃなくて──……」
というか、迷ったのはお前が地図も見ずに感覚で歩いたりするからだろ。そう文句を言うために開いた唇は言葉を紡ぐことなく、再びゆっくりと閉じられていく。
一歩先でこちらを見つめるイッテツの瞳が、まるで何もかもを知っているかのようにひどく凪いでいたものだから。
「──俺もそう思う。よく頑張ったよ、俺もきみも……もちろん、他のみんなも」
「…………」
イッテツの言う『みんな』が誰のことを指しているのかはすぐに分かって、けれど何も言わなかった。あえて答え合わせなんてしなくても、リトだって全く同じことを考えていたから。
──本当に、随分と遠くまで来たものだ。ふいに浮かんだその言葉はありのままの意味でもあり、捻くれた比喩の意味でもあった。
しばらくの間波打ち際を眺めていたイッテツだったが、ついに長い沈黙に耐えかねて波の音に負けないよう大きく声を張り上げた。
「なんか、あれだね。勢いで来ちゃったけど、意外とすることないね。海って」
「お前何も考えずに誘ったのかよ」
「まぁね。定番だけど追いかけっこでもしてみる? うふ〜ん♡ アタシを捕まえてダーリン♡」
「いやちょっと見てらんねえわ」
「言いすぎじゃない??」
リトは肩透かしを食らって狼狽えるイッテツをひとしきり笑ったあと、「けどさ、」と続ける。
「……テツが呼ぶんなら、ハニーの方なんじゃねえの」
「…………え〜……なに、今日そういう感じ?」
「そういう感じって何だよ」
「え、なんていうか……ノスタルジックというか、懐古的というか……やめてよ、そういうシリアスなの俺苦手なんだって」
「でも最初振ってきたのお前じゃん」
「それを言われると弱いね、こっちは」
冷静ぶって苦笑いしていたリトだったが、臆面もなくガハハと豪快に笑うイッテツにつられて、そのうち声を上げて笑い出してしまう。
そもそもこんな愉快な奴と一緒にいてシリアスになれという方が無理な話だろう。……というのは、お互いが考えていそうではあるが。
でも、こんなにも青い空の下なのだ。たまにはこうして感慨に浸るのだって悪くはない。
穏やかな波を眺めるうちにどちらからともなく昔話がしたくなり、それは水面に映る影のように朧げな輪郭となって溢れ出す。
「──ねぇリトくん。僕らってもう出会って何年になるんだっけ?」
「いやもう結構経ってんじゃない? ざっくり数えて3年、半……とか」
「あ、もうそんなになるんだ。親友じゃん」
「いやそこまでは……」
「え片想い? 俺の」
ふざけて他人行儀なふりをしてみれば、焦ったように体裁を取り繕い始める。態度や接し方は始めより大分慣れてきたものの、揶揄うと良い反応をしてくれるのは昔から変わっていない。
そして当時を思い出して浮かぶのは、たった20名足らずが集められた教室の景色。
「テツはあれ覚えてる? お前が深夜急に連絡してきてさ、『僕もうだめかもしんない……みんなと一緒に卒業できないかも……』って泣き言言ってきたの」
「だははっ! あぁ、そんなことあったね。確か。いやもう『だめだ、誰かに無理矢理にでも褒めてもらわないと心を保てない!』ってなったんだよ、当時は」
豪快に笑い飛ばす姿はあの頃の怯えきった様子など見る影もなく、こいつも成長したなぁとまるで親のような気分になる。あれだけ自信なさげだったイッテツも今や何も言わずとももっと褒めてくれる仲間ができて、ようやく落ち着いて自分を評価できるようになってきた。
リトはこの学校を卒業できる自信がない、無差別にでも褒められないとやってられない、だから僕を褒めろもっと褒めろと散々せがまれたのを思い出す。それをあの手この手でどうにかあやしてやって、かと思えばイッテツはイッテツでリトが何をするにも過剰なくらいに褒めそやしてきたりして。
演技やダンスはともかくとして、イッテツは特にリトの歌を評価していた。あれだけ怪物揃いだった同期たちと並べられると何だか不相応な気がしなくもなかったが、それはそれとして確かな自信に繋がったのも事実だ。
何だかんだ、あの頃から持ちつ持たれつの関係ではあったのかもしれない。
「それでさ、ようやく進路──というかヒーローになる筋道が見えたと思ったら、きみが先にいるんだもんな」
「いやそれはこっちの台詞なんだよ。しかもお前しばらく見ないうちに呪われて時止まってるしな?」
「それを言うならリトくんだって、なんかクソ強い属性攻撃出せるようになってたじゃん!? こんな可愛い相棒まで連れちゃってさぁ!! ずるくない!?」
イッテツがビシっと指を差した先では、キリンちゃんがきょとんとした顔でそれを見つめ返している。リトはキリンちゃんを庇うように大袈裟に肩をすくめた。
「キリンちゃんは俺が変身するために必要不可欠だから特別なんですぅ〜。俺が雷使えんのだってキリンちゃんのおかげなんだし、結局強いのはキリンちゃんの方なんだよな」
「……や、それは違くない? 確かにキリンちゃんのもたらしてくれる力は強いけど、それを行使するのがきみだからここまで使いこなせてるんだと思うけど」
「え、急に褒めてくんじゃん」
「事実だからね。……まぁでも、俺はリトくんならいつか街を救うヒーローになるんじゃないかと思ってたよ。マジで。だってきみより強くて優しい男を知らないからな」
あっけらかんと言い放つイッテツにリトは背中が痒くなる。どうしてこいつは恥ずかしげもなくこういうことが言えてしまうんだろうか。
自らを絶対的な正義と名乗るイッテツが、かつて不良を名乗っていたこと。かつて無意義な暴力を振るったリトの拳が、今は正義の下で振るうことができていること。
それらは循環する運命などではなく、ただあるがまま、ずっと変わってなどいないだけなのだ。
「同期チームに僕らを組み込んだの、ヒーロー組織もなかなか見る目があるよね」
「それもし本部に聞かれたらやばいんだからな」
「だろうね。だからこそきみにだけこうして聞かせてるんじゃない」
「んで、更にはさ、今じゃ俺ら夢の舞台にまで立てちゃってるんだよ? 先輩の力とはいえすごいことよ、これ」
「ミュージカルの歌だけだけどな」
「いやいや、十分でしょ。そこに音楽さえあれば」
「っはは、音楽さえあればな?」
ずっと昔から『ミュージカルの歌だけをひたすら歌ってみたい』と言ってはいたが、まさか本当に実現するとは思っていなかった。枕詞のように続けていた『絶対無理だけど』なんて言葉が、思っていたよりずっと早く成仏してしまったので当時は拍子抜けしたものだ。
「ありがたいことに、僕らけっこう演技力とか買われてた方だったじゃん。だからこういう形でリトくんの歌が注目してもらえるようになって、その隣に俺もいられてってのがね、本当に嬉しいんだよ」
「いやそれは……お前こそじゃん。言っとくけどテツの演るヴィランマジで迫力あるからね?」
「それを言うならきみのあれ、王子様とかもすごいじゃない。なんていうの? 儚い? 儚いんだけど力強くて、アンニュイな感じの歌声ね。あれ俺すっげぇ好き」
「いやいやいや、だったらお前の……」
語ろうとすればきりがない。
実力派の先輩方も交えて行う夢のような舞台で、いつも隣で馬鹿をやっている男はこんなにも才能に溢れた恐ろしい男なのかと毎度のことながら慄いている。それもこれも、どちらにも言えることだった。
「思えばさ、俺らが仲良くなったきっかけも確かミュージカルだったんだよな」
「あぁ、だね。だからリトくんに出会ったとき感動したんだよ、このご時世でミュージカルについてこんなにも熱く語れる人間がいたとは! って」
「いやマジでこっちの台詞。しかもああいう場でってなかなか無いじゃん? 演技とか、歌とかを習うとこで……俺マジでさ、自分が舞台に立つ側になる──なれるとか、思ってなかったの」
「へぇ……きみほどスポットライト映えする人もいないと思うけどね、俺は」
「……ほんとにそう思ってる?」
「ほんとだって、今回ばかりは」
「──で、今は2人で海になんか来れるくらい仲良くなっちゃって」
「しかも真冬にな」
「ね。別に入るわけでもないのに」
「お前が誘ったんだろ」
「いや着いてくる方も着いてくる方でしょ」
どこまでもふてぶてしいイッテツを軽く小突いたあとで、リトはその場で足を止めた。泳ぐには冷たすぎる気温だが、正午に近いからだろうか? 先ほどよりも青が深まったように見える水面はキラキラと輝いていて、その眩しさに目を細める。
こんなに綺麗な景色を見ているのがたった2人だけだなんてもったいない。人ひとり見当たらない貸し切り状態のビーチを見渡しながら、リトはそう思った。
「……なに、本当にひと泳ぎしたくなっちゃった?」
「いや、そうじゃねえけど……」
──何か、言いたいことがあるような気がする。イッテツに何か、この景色に相応しい言葉を聞かせてやりたいような気が。
けれど、いつまで海を眺めていても似合いの言葉は出てこなくて、思いつくのは『ここまで来れたのはお前のおかげ』だとか『一緒に歩んでくれたのがお前で良かった』だとか、どうにも大袈裟で仰々しい言い回しばかりで。
そんなに重たい言葉じゃなくていい。今更この関係を特別持ち上げようとも思えないし、この軽やかで心地良い感情を程よく表すことができれば、そしてあわよくば、それが今この瞬間に似合うようなものであれば尚のこと良い。
見つめすぎた水平線の境目が溶け出したところで、「ねぇ」とイッテツがリトを呼ぶ。
「別に、変な意味じゃないんだけどさ」
「うん」
「俺さぁ──きみと友達になれて、ほんっとに良かった、って思う」
「……、」
そうして自然と通った視線の先では、イッテツが眩しそうに目を細めていて。
──ああ、そうか。そういう奴だよな、お前は。リトはついため息混じりの笑みを溢して、そのまま声を上げて笑う。
そういえば、こんなときに最適な、小っ恥ずかしいことを平気で言えてしまうのがイッテツという男なんだった。こんな風に真上から照りつける強すぎる光に目を灼かれて、俺たちはここに立っていたんだったな。
「……いや笑いすぎじゃない? そんな変なこと言った? 俺」
「っはは、いや、……いや、俺もだよ。俺もおんなじこと考えてた」
「ほんとかなぁ」
「ほんとだって」
お互い、何もお互いが唯一の友達というわけじゃない。別のルーツで出会った他の友人だってたくさんいるし、親友と呼べるほど密接な人もいれば、戦友と呼べるほど苦楽を共にしてきた仲間もいる。
それでも、この出会いはきっとそれなりに稀有なものだと思うから。
イッテツがまず大きなくしゃみをして、続いてリトの腹の虫が大声で鳴いて。2人で顔を見合わせてしばらく笑ってから、「帰るか」と同時に呟いた。
「さすがに腹減ったな。キリンちゃんも寒そうだしどっか寄ってくか」
「いやそれがさ、さっきめちゃくちゃ雰囲気良い感じの喫茶店見つけたんだけど、よく見たら定休日の看板下がっててさぁ」
「へえ、良いじゃん。次はマナとウェンも誘ってまた来ようぜ」
「あ、じゃあそのときは手袋も着けてきてよ」
「……え、買ったのバレてんの?」
「そりゃ会計するの真横で見てたからね。見ながら思ったよ、あぁリトくん、俺の選んだものだから買ってくれたのかなって」
「まあ、……まあね。そんなとこ」
「照れるなよ、僕らの仲じゃないか」
帰り際、ざぁっとひときわ強い風が吹き、背後に見えた海面が名残惜しげに煌めいていた。
まだ年の始めだが、こいつさえいればそう退屈な1年にはならないだろうと心のどこかで思っている。わざわざ声に出さなくたって、きっとどうせお互い同じことを考えているのだろう。
それは信頼と呼ぶには曖昧で、予感と呼ぶには明確な──友情、なんて言葉がするんと浮かんで。一瞬はっとしたリトは、むず痒そうに笑った。