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あれから、約2年の月日が流れた。

外は蒸し暑い熱波に包まれており、蝉の声が滞りなく響いている。

住宅街の中の一軒では、7月にもかかわらずクーラーがついており、風音にも負けないほどの声量が、外にも聞こえてくるほどだ。

あの日からずっと、仁と瑠衣はそこに住んでいた。

「おい仁‼︎もう朝の8時だぞ。そろそろ起きろよ」

「……今日は休みだろ。もう少し寝かせろ」

「ダメだ‼︎ってか、今日は水族館に行く約束してただろ」

いつも起きるのが遅い仁を起こすのも、毎日やっていればそれなりに慣れてしまう。それが2年も続くことに、瑠衣も正直自分でも驚いていた。

暑いからと布団を被らず、ベッドの上で寝ぼけてながら呻き声をあげるその姿は、普段の探偵としての仁と同一人物なのかを疑ってしまう。

「そんな約束してたか?」

「はぁ!?お前、本当いい加減にしろよ?」

「冗談に決まってるだろ。他の奴らならともかく、俺がお前との約束を忘れるはずないからな」

「……ちっ、寝ぼけすぎなんだよ。仁は」

付き合い始めてから、仁は瑠衣に対して少しだけ素直になった。普段から煽り口調なのは全然変わっていないが、寝起きの時はほぼ毎日と言っていいほど、こうして口説いているに等しい。

そして、それに毎回頬と耳を真っ赤にして顔を逸らしてしまう瑠衣も、付き合ってからずっと変わっていない。

「今日は9時に家を出るからな。それまでにちゃんと準備しておけよな」

んっ、と返事なのか寝言なのかわからないことを確認し、瑠衣は部屋を出てリビングへと向かう。

なぜ料理も家事もろくにしないあの男が、あんなにもモテるのかが全くの謎である。


「見ろよ仁‼︎この魚、めっちゃ面白い模様してるぜ?」

「本当だな。まるでお前みたいだ」

「それ絶対褒めてないよな?貶してるよな⁉︎」

今の時刻は午前10時ごろ。2人は宣言通り水族館に来ていた。

目の前にはオレンジ色と黒色の、印象的な模様の魚が水の中を漂っている。瑠衣が見ている魚がエネルギッシュで泳ぐ速度も速い。確かにそういうところは、瑠衣にそっくりである。

水の中を泳いでいる魚達は、自分の居場所を自分の泳ぎ方で、そして自由に水の中を楽しんでいる。そういう感じがして、瑠衣は水族館に行くことが結構好きだった。自分の現状を表しているようで。

「あっ‼︎あのキーホルダー、期間限定のじゃん‼︎買いに行ってもいいか?」

「分かった。ここで待ってる」

瑠衣はふと、目に入った1つのキーホルダーに吸い寄せられた。

それは青色とオレンジ色の二つのイルカのキーホルダーだった。仁はこういうのに鈍感なので知らないだろうが、このイルカシリーズは、二つ合わせるとハート型になるのだ。

キラキラと太陽の光が差し込み、反射しているキーホルダー。どこか特別で、まるで海の中にある宝物のようだった。

「おばちゃん‼︎これちょうだい‼︎」

「はいよ。おや、これ買うのかい?ふふっ、瑠衣くんも隅におけないね〜彼女さんと一緒かい?」

「へっ?いやいや‼︎か、彼女じゃ……仁と来ただけ‼︎」

「そうかい?本当、2人は仲がいいねぇ。私もそういう友達が欲しいわい」

受付のおばさんからお釣りを受け取り、さっき仁と別れた場所へと向かう。

「ははっ、本当は俺の方が彼女側なんだけどな……まぁ当たり前の反応か」


「えっと……確かこの辺だったよな?あいつどこに行ったんだ?」

さっき仁と別れた場所につき、あたりを見渡す。

男女カップルに女子グループ4人組、どちらも高校生くらいだ。あとはスーツを着たサラリーマンに怪しげな格好をした、魔女のようなおばあさん。その中にどこにも恋人はいなかった。

「ったく、勝手にどっか行くなよな〜俺が探すハメになるんだから」

「ですから‼︎私たちと一緒にまわりましょうって‼︎1人ならいいでしょう?」

探すため歩き出そうとした時、女性の声が響く。

その声のあまりの迫力に、周囲の人々が一瞬止まってしまう。瑠衣もその1人だった。

その人達の視線の先には3人の女性、そして青髪の見慣れた青年の姿があった。

「仁くんが1人でここにいるなんて激レアだもん!!絶対私たちと一緒に行った方が楽しいって‼︎」

「……いや、連れがいる」

「えぇ〜?でもさでもさ、どうせ大したことないんでしょ?私たち以上に仁くんに似合う彼女なんかいるわけないんだし」

その言葉に、瑠衣の胸がチクチクと痛み出す。

記録者として意味がない、いなくてもいい。周りの人間と比較される言葉は、今まで数多く浴びせられてきた。それが悪意のあるものの、ないものでも、本人にとってはどれも一緒だ。

__仁に似合わない彼女

そのような言葉が、今まで避けていた現実を実感させる。させられてしまう。

「お前らな、いい加減に……」

「仁‼︎すまんすまん‼︎待ったか?」

この感情を悟られないよう、必死に笑顔を作って仁の元へ駆け寄る。

一緒に来ていたのが彼女ではなく、仁が大事にしている記録者。それを知った女性達はバツが悪いような顔をしながら、居心地が悪いようにその場を後にする。

「お前、ま〜た逆ナンされてたのか?本当モテるよな〜お前って」

「……あぁ」

瑠衣があの場にいたことに、話を聞いたことに気がついているのだろうか。

何かを言いたげに、でも言えない。伸ばした手が届くことがないように。

「それじゃあ行こうぜ‼︎次イルカショーだろ?」

張り詰めたその笑顔に、引き攣ったこの感情に、君は気づいているのだろうか。

__この感情も含めて、全部忘れられたらいいのに

その願いに、どこかの星が、淡く激しく……輝いてしまった。

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