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陽光が水溜りを反射し眩しい。
雨上がりの濡れた石畳の上にはすでに多くの死体が横たわり、血が水に混ざってぬるりと光っている。
その中心に立つアマリリスは、片膝をわずかに曲げ、銃を構えたまま獲物を狙う獣のように呼吸を整えていた。胸の奥が焼けるように痛い。脇腹からは温かい液体が流れ出し、冷たい雨と混ざって肌を伝う。
だが、その痛みがむしろ意識を研ぎ澄ませていた。対する並行のチーターは、肩に刀を乗せたまま薄く笑っている。もう片方の手には拳銃。その眼は退屈そうでありながら、底知れない殺意が隠されていた。
「さあ、次はどう避ける?」
そう吐き捨てた瞬間、チーターの姿が三つに裂けた。いや、裂けたように見えるだけだ。アマリリスは目を疑った。ひとつは正面から刀を振り下ろす。ひとつは右側へ跳びながら拳銃を撃つ。ひとつは背後を回り込もうと駆ける。
どれもが実際に起きている動作であり、幻影ではない。耳をつんざく銃声と同時に、刃の風圧が顔を掠めた。反射でナイフを構え、刀を受け流す。
金属の衝突音が火花を散らすが、その瞬間に横から弾丸が肩を撃ち抜いた。熱と衝撃が一気に神経を焼き、膝が崩れかける。痛みを噛み殺し、振り返るが、すでに背後から冷たい殺気が迫っている。
振り向いた時には、チーターの影が刃を振り上げていた。咄嗟に地面へ身を投げ出す。刃が髪の毛をかすめ、石畳を深く裂いた。アマリリスは転がりながら銃を放ち、正面の影を撃つ。
しかし弾丸は確かに当たったはずなのに、別の動作をする影が残っている。血は出ていない。一瞬で理解した。どれかが「分岐した未来」そのものだ。
チーターはある瞬間を「起点」として複数の結果を同時に呼び出す。だから、避けても撃たれる。撃っても別の刃が迫る。回避の選択そのものが罠に変わる。
アマリリスの呼吸が荒くなる。銃を構え直すが、利き腕の肩が焼けるように痛み、照準が定まらない。
「理解してきたか?俺の能力を。」
チーターは愉快そうに嗤い、さらに動きを加速させた。今度は五つ。刀を正面から叩きつける。横から銃弾。背後から蹴り。
左からは死体を投げつけ、右からは銃剣突き。すべてが同時だ。世界が押し潰すように迫り、アマリリスの体は悲鳴を上げる。死体を投げられた瞬間、視界が遮られた。
咄嗟にナイフを投げ、肉を裂いて血飛沫を散らす。それを無理矢理切り裂いて飛び出すが、その隙に銃弾が脇腹を抉った。焼け付くような痛みで視界が赤く染まり、呼吸が乱れる。だが止まれない。
止まれば終わりだ。体を捻り、弾丸を雨粒の間に滑らせるように避け、刀の軌道を掠める。ナイフを振るうが空を切る。能力の理解は出来たもののどれが実体か判別できない。
「……っくそ……。」
舌打ちと同時に、左足に鋭い痛みが走る。斬られた。血が噴き出し、体勢が崩れる。片膝が石畳に沈み、雨水が跳ね上がる。冷たさと熱さが同時に皮膚を刺し、手の感覚が痺れていく。チーターは笑っていた。死体を踏み潰し、わざと血を撒き散らしながら歩む。
「これが俺の遊び方だ。お前らの命も、過去も、すべては笑い話になる。」
その言葉にアマリリスの殺気が濃くなった。怒りが骨の髄から滲み出し、目が赤く燃えるように鋭さを帯びる。
だが、それでも身体は限界に近づいていた。視界が揺らぎ、呼吸のたびに肺が焼ける。銃を構えても照準がぶれる。刀と銃の雨が押し寄せ、ついに左腕を斬り裂かれる。血が噴き出し、銃を持つ手が震えた。刃が胸へと迫る。このままでは終わる。
反射的に銃を引き金にかけるが、分岐の罠がすでに完成している。刃、銃弾、蹴撃のすべてが同時に殺到する。避けられない。受け止められない。死が目前に迫る。
「……まだだ…!」
アマリリスは叫び、体を強引に捻じ込む。しかし間に合わない。チーターの刃が胸を裂こうと迫った、その瞬間。
パンッ!
乾いた銃声が響いた。火花が散り、チーターの刃が弾かれる。アマリリスは目を見開き、息を荒げたまま振り返る。スコープを覗き込み、サイレンサー付きライフルを構える男。口元に薄く笑みを浮かべ、冷静な瞳を光らせていた。
「……ほんとに無茶するやつだな。これが噂の狩人って奴か?」
エルクス・M・コープ。
その声と同時に、別の銃声が広場を震わせる。特殊弾が地面を抉り、水飛沫と火花を散らした。カザキ・キヨミが銃を構え、水溜りを蹴って走り込む。
「本当にこの目で見ることになるなんてね。」
そして水たまりを蹴り上げ、ナイフを両手に構えた小柄な影が飛び込んできた。
「やああぁっ!!」
フエノ・ミア。
三人の影が雨の広場に揃い、アマリリスの前に立った。
「あー。お前らが俗にいう不正者狩りってやつか。ははっ。嬉しいぜ、自ら死にに来るなんてなぁ!!」
並行のチーターが興奮する中アマリリスは不正者狩り3匹を見て困惑の表情を浮かべる。
「不正者狩り…。」
「武器だけ把握してくれれば今はいいさ。細かい事はこいつを倒してからだ。」
アマリリスは取り敢えず必要な情報を視界に入れる。そして先ほどの攻撃から推察する。身長差、運動神経、使う武器……。
アマリリスは完全に理解し再び構える。荒い呼吸の中でアマリリスは、わずかに目を細め、再びナイフを握り直す。
「……分かった。」
互いの殺気がさらに濃く広がり、戦場は一気に熱を帯びる。広場を焼く陽射しの下、アマリリスと並行のチーターの間に一瞬の沈黙が落ちた。その沈黙を裂いたのは、エルクスの冷静な狙撃だった。
肩を確実に貫通したにもかかわらず並行のチーターは笑っていた。歪んだ声が二重に重なり、不気味な反響を広げる。
「狙撃か……だが1匹じゃないな。」
次の瞬間、彼は地面を蹴った。残像が二つ、三つと広がり、銃を構えるものと刀を振りかぶるものが同時に迫る。
アマリリスは即座に銃口を上げたが、その刹那、横から鋭いナイフが閃光のように飛んだ。ミアの放った刃がチーターの分身の一つを裂き、空間に火花のような歪みを生じさせる。
「今!」
キヨミの声が響く。特殊弾を装填した拳銃から、炸裂弾が放たれ、チーターの足元を撃ち抜いた。衝撃で瓦礫が跳ね上がり、チーターの動きが一瞬鈍る。
その隙を逃さず、アマリリスが発砲。跳弾を計算し、並行の分岐した二つの動きを同時に牽制する。しかし奴は狂った笑みを崩さない。
「分岐は無限だ!止められるか?いや!!出来るわけがない!!」
声と共に、彼の身体が再びぶれた。刀で斬りつける個体、銃を乱射する個体、そして逃げ惑う民衆に無慈悲な攻撃を繰り返す個体の「結果」が一度に押し寄せる。
アマリリスは刃をかいくぐりながら弾丸を放ち続けるが、頬や腕に切創が増えていく。視界の端では、ミアが転がり込みながら次々とナイフを投げ、分岐した一体の足を縫い止めた。
すかさずキヨミの拳銃が炸裂し、拘束された足を粉砕する。エルクスは遠距離から正確に頭部を狙撃するが、その直後、別の結果を纏ったチーターが拳銃を構え反撃してくる。
「……クソ、動きが多すぎる!」
エルクスが舌打ちを漏らしながらも即座に位置を変える。アマリリスの眼は鋭く光り続けていた。
刃を避け、弾丸を回避しつつ、彼は奴の能力の根を探している。並行が分岐する瞬間、必ずわずかな硬直がある。
そのわずか一拍の揺らぎを、アマリリスはじっと狙い澄ましていた。刀が風を裂き、銃弾が弾け、血と汗が飛び散る中、狩人と不正者狩りの息が徐々に重なっていく。
アマリリスは広場の中心に立ち、灼けるような陽射しに汗が滴る中、複数に分岐した並行のチーターの動きを目で追った。刀の軌道が幾重にも重なり、銃口が同時に複数の方向を向く。
民衆の叫びが風に乗って飛び、瓦礫や紙屑が太陽光に反射しちらつく。アマリリスは呼吸を一定に保ちながら、並行のチーターが作り出す無数の「分岐」を一瞬の判断で整理する。
右に跳ぶか左に滑るか、刀を縦に振るか横に払うか、銃弾を撃つか逃げるか。分岐の数だけ世界が重なる。
「来いよ……どの結果からでも、俺は逃さないぞ…!」
アマリリスは低くつぶやき、刃を握り直す。最初の斬撃が迫る。刀身が陽光を反射して光の帯となり、空気を切る音が鋭く耳を刺す。
アマリリスは体を低く反転させ、刃をかすめる軌道を計算しつつ発砲。弾丸は分岐のひとつに命中し、血の飛沫が太陽に照らされる。
「……ふん、なかなか面白い。」
とチーターが声を漏らす。同時に、別の分岐体が跳躍し、アマリリスの横腹を狙う刃を振るう。彼は反射的に前方に踏み込み、刃をかわすが、背中に跳ねた砂利が鋭く食い込み痛みを伴う。
民衆を蹴散らし、瓦礫を飛ばし、並行のチーターは狂気じみた笑みを浮かべる。
「お前は……どの結果を狙う?どの世界を生き抜く?」
声が跳ね返り、現実と分岐の間で微妙に揺れる。アマリリスは冷静に刃の軌道を見極め、次の瞬間、跳躍して銃を構える。
「分岐の中心を狙う……!」
弾丸が高速で飛び、別の分岐の肩に命中するが、瞬時に体をねじり回避される。刃は空気を切り裂き、足元のアスファルトに深い傷を刻む。痛みと恐怖が、瞬間的にアマリリスの神経を研ぎ澄ます。
その間にも、ミアは小さな身を活かして並行のチーターの分岐のひとつの隙間に入り込み、ナイフを投げる。
「これで少しでも動きを止める……!」
刃が肩にかすり、血が飛び散る。キヨミは特殊弾の拳銃を握り、跳び回るチーターを追いながら弱点を突く。
「まだまだ……止めさせない!」
エルクスは離れた位置からスコープ越しに狙撃し、分岐の中心を狙う。弾丸が一瞬で分裂する並行のチーターの一つに命中し、赤い飛沫が太陽の光に反射する。
アマリリスは汗を拭う暇もなく次々と飛んでくる刃や銃弾を避け、跳ね返りの血や砂利に足を取られそうになりながらも、刀の軌道と弾道を同時に計算する。
奴は少しずつ口を開く。
「面白い……お前の反応……もっと……見せてくれよ!」
分岐の一つが跳躍し、アマリリスの横顔をかすめる刃を振るう。アマリリスは瞬時に身を反転させ、刃の先端が頬をかすめた瞬間、微かに皮膚が裂ける感触を覚える。痛みが全身に広がるが、集中力は乱れない。
民衆の悲鳴と銃声、刃音、瓦礫の砕ける音、そしてチーターの声が入り乱れる中、アマリリスは一点を見据え、刃の軌道と銃弾の速度を脳内で計算し続ける。
「分岐は無限……だが、無限の中にも必ず軌道がある。」
刀を振りつつ、分岐体の一つに蹴りを入れ、体勢を崩させる。しかし別の分岐がすぐに頭上から襲いかかる。アマリリスは後方に飛び、飛び散る瓦礫の破片をかわしながら次の攻撃を準備する。
チーターは次第に言葉を増やす。
「どうしてこんなに……冷静でいられるんだ?普通なら恐怖に支配されるはずだろうが!」
奴の声は広場全体に響き、分岐のひとつひとつから同時に聞こえる。その声は疑問から怒りに変わっていく。
アマリリスは息を整えつつ、頭の中で全分岐を整理する。攻撃のパターン、跳躍の軌道、銃弾の速度、刃の重み……全てを計算し、次の一手を選ぶ。
「……こんな絶望は…何度も体験しているからな…。」
アマリリスは斜め前方に踏み込み、刃を振るう。分岐体のひとつが跳ね、血の軌跡が陽光に輝く。さらに前方に踏み込み、銃を構え、弾丸を次々と放つ。しかし、別の分岐が横から突っ込み、足元をかすめる刃を振るう。
アマリリスは身をかがめ、背後に回転しながら刃をかわすが、膝に軽い裂傷を受ける。痛みを感じつつも、次の刃を避けるために呼吸を整え、再び銃口を構える。
「面白い反応をもっと見せろよ……!」
チーターの声が再び聞こえ、並行の分岐がさらに増える。アマリリスは一瞬息を止め、全ての分岐を視覚化するかのように目を走らせる。
刃の軌道、銃弾の速度、分岐の間の微妙な硬直……全てを同時に計算し、回避と攻撃の最適解を導き出す。民衆の悲鳴が耳を刺すが、心は乱れない。
エルクスの狙撃は分岐を押さえ、キヨミの特殊弾は衝撃で分岐の枝を断ち、ミアのナイフは物理的に枝を切断する。自分は中心を突き、最も現実に重い一点を封じる役割。理解しただけでは勝てないが、戦略は整った。
並行のチーターは刀を振り、拳銃を軽く傾け、無数の分岐を生成する。
「どれが本物か、わかるか?」
その声は微妙に遅れて耳に届き、意識を揺さぶる。アマリリスは答えず、仲間たちと目で合図を交わす。エルクスが息を吐き、低くつぶやく。
「撃て。」
四人の連携が瞬間的に動き出す。
エルクスがリッタースナイパーライフルを構え、分岐の肩を貫く精密狙撃を放つ。キヨミは特殊弾を連射し、脚部に衝撃波を生じさせ分岐の動きを乱す。ミアは跳躍しながらナイフを振るい、分岐を物理的に断ち切る。血が飛び散り、刃の軌跡が太陽光に反射する。チーターは笑い声を上げつつ、同時に複数の分岐を再生成する。
刀と拳銃が雨のように飛び、アマリリスに襲いかかる。アマリリスは刃を握り、瞬時に回避と反撃を繰り返す。踏み込み、跳躍、刃を振るう度に微かな分岐の揺れを感じ取り、中心を抑える位置を微調整する。
エルクスの狙撃が胸部を貫き、キヨミの特殊弾が脚部を裂き、ミアのナイフが肩を斬る。アマリリスは短い距離を詰め、刃を深く突き立てる。分岐は次々に消滅するが、並行は再生を試み、新たな枝を生む。
アマリリスは呼吸を整え、仲間たちの攻撃タイミングに合わせ刃を振るう。踏み込み、反転、跳躍し、分岐の核心を狙い続ける。血の飛沫が光に煌めき、刀とナイフ、銃弾が交錯する。並行は再び分岐を生成し、攻撃を変化させる。刀が空を裂き、拳銃の銃弾が複数方向に飛び交う。
だがアマリリスは刃を深く突き立て、中心を押さえる。エルクスのスナイパーが狙いを正確に定め、キヨミは特殊弾で枝の同期を崩し、ミアは跳躍からのナイフ連打で枝を粉砕する。4匹の攻撃が同時に、チーターの胸を突き刺した。
分岐は連鎖的に消滅し、路地は血と破片で赤く染まる。並行のチーターは膝をつき怒りを浮かべながら呟く。
その瞬間、切られた肉の裂け目から青白い粉が散り、路地に落ちる。アマリリスは膝をつき、荒い呼吸を整える。ミアは嗚咽を漏らし、キヨミは拳銃を落とし、エルクスはスコープをしまう。四人は路地に広がる死体と瓦礫、粉を見渡し、無言で肩を寄せる。
太陽は晴れ渡り無情に照らすが、街と人々の犠牲はあまりにも大きい。アマリリスは呟く。怒りでも嘆きでもなく、ただ絶望だけが胸に宿る。
「あまりにも……犠牲者が多すぎる…!!」
アスファルトに残る血の匂い、瓦礫や破片、倒れたイカタコたちの死体が散乱するバンカラ街の路地に、薄い風が吹き抜ける。太陽は高く晴れ渡り、無情な光が瓦礫に反射して赤黒い影を落とす。アマリリスはその中心に立ち、周囲の惨状を目にして全身に寒気が走る。血まみれの体、もがき苦しむ者の姿、無残に散らばった道具や武器の残骸。耳に残るのはまだかすかに動く者の呻き声だけで、笑い声も、声を上げる者もない。絶望だけが胸に宿る。その胸の内に、抑えきれない怒りと哀しみが渦巻き、全身の血液が重く流れるような感覚に襲われる。
「……あまりにも……犠牲者が多すぎる……!!」
アマリリスの声は、路地に響き渡り、瓦礫や倒れた建物の壁に反響して戻ってくる。
心臓の鼓動が頭を突き抜けるように響いた。周囲の瓦礫に反射する光は刺すように鋭く、血に濡れたアスファルトがそれを吸い込み、赤い影を広げる。
空には澄んだ青空が広がり、無情にも平穏を装う天候が、この惨劇の対比を際立たせていた。
アマリリスは目の前の惨状をただ見つめ、息を荒くしながらも戦闘時の感覚を忘れず、微かな動きを察知する。
倒れた死体の間を慎重に移動しながら、瓦礫の下に潜むかもしれない危険に備える。視界に入るのは、まだ動く者の影、跳ねる血の粒、遠くに揺れる旗や垂れ幕、そして路地の終わりに広がる瓦礫の山。
エルクス、キヨミ、ミアの三人だった。エルクスは肩にスナイパーライフルを背負い、長く伸びた影を路地に落とす。
笑みを浮かべているが、その目は真剣で、戦いの余韻を静かに受け止めていることが伝わる。キヨミは特殊弾の拳銃を手に持ち、立ち姿に鋭さを帯びており、ミアはナイフを複数握りしめ、背筋を伸ばして呼吸を整えていた。三人は戦場の中で生き延びた者として、しかし一切の油断を許さぬ覚悟で立っている。エルクスが声をかける。
「アマリリス…だったか…?お前はよくやってくれた…。だが、まだ終わりじゃない。ここで一匹で背負う必要はないんだよ。」
彼の声は柔らかく、しかし確固たる意志を感じさせる。キヨミが続ける。
「我々には拠点がある。安全で、必要な情報も揃っている。戦いに備えるには最適な場所だ。」
ミアも頷き、声を重ねる。
「食事もあるし、休める場所もある。無理する必要ないよ。」
彼女の言葉には、幼さと無邪気さが混ざっており、戦場の緊張感を一瞬だけ和らげる。アマリリスは一瞬、言葉を失う。目の前の三人は、戦闘の激しさをくぐり抜けた者としての威厳を持ちつつも、仲間としての温かみを失わずにいる。
その視線が、自分を守ろうとする意思と、戦いの中で失った何かを取り戻す可能性を示していることに気づく。アスファルトに広がる血の赤、瓦礫の灰色、瓦解した街のコントラストの中で、彼女の心にわずかな希望の光が差し込む。
「拠点…か…。」
アマリリスは低くつぶやき、血まみれの手で刃を鞘に戻す。背中に残る痛みや、呼吸の乱れ、手の震えを感じながらも、三人の存在が心を落ち着かせる。エルクスは笑みを浮かべたまま歩み寄り、
「さあ、ついてきな」
と言う。彼の言葉には強制もなく、ただ選択肢を示す柔らかさがあった。キヨミが隣で頷き、ミアも小さく手を振る。
アマリリスは一瞬、瓦礫と血の残る街を見回す。その瞳には絶望と覚悟が混ざり合い、戦い続ける意思が静かに宿っていた。