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(取り敢えず、第二王子は放置しよう)
リーゼロッテがそう決めてから、変わりのない日々を過ごしていた。
パリ──ンッ――!!
調べ物のため、屋敷に完備された図書室に居たリーゼロッテは、音とは違う響きにハッと顔を上げた。
(……結界が割れた!?)
急いで部屋へ戻ると、クローゼットからメイド服を取り出す。
『テオ! 来て! 薔薇の結界が壊れたわ』
『何が起こった?』
『分からない……。だけど、アニエス様に何かあったのよ!』
テオがやって来ると、すぐに離宮へ転移する。
久しぶりのリリー姿で、離宮の庭から回り込むと、窓の枠に隠れるようそっと中を覗いた。
どうやら、部屋には結界が張られ、外に音が漏れないようになってるようだ。
(あれはっ……!!)
部屋の中では、ブリジットが両手を広げてアニエスを背に庇い、相手を威嚇するかのように見据えている。
ブリジットの手前にいるのは2人の男。後ろ姿しか見えないが、服装からあの男だと想像がついた。
ブリジットの背後で、アニエスは倒れた従僕ロビンに、真っ青な顔で必死で声をかけているようだ。
アニエスの正面の壁の床には、あの薔薇の飾りが粉々になっていた。
確かに、アニエスはリリーを呼んだのだ。
『……行くわよ』
『承知した』
多分だが。結界の中もまた、外の音は聞こえないのだろう。
ちょうどブリジット達の正面にある窓を開けて、リーゼロッテは枠に飛び乗った。ブリジットの視界に入ると、口元に指を立てて声を出さないように合図する。
魔道具で張った結界だろうか。窓を開けても入れないように、内側に張られていた。
(ショボい結界だわ)
結界に触れ、リーゼロッテの魔力を少しだけ流すと、パチンと弾けた。
「――えっ!?」
一人の男が結界が壊れたことに気づく。
直ぐ様、リーゼロッテは自分たちも入った状態で、離宮全体に結界を張り直した。これで音だけではなく、リーゼロッテやテオが魔力を使っても、王宮の方には影響はでない。
しかも今の時間帯、離宮には他の使用人が居ないのだろう。男達は、人が手薄な時を狙いやって来たのだ。
(私にとっても好都合だわ)
リリー姿のリーゼロッテは、アニエスに微笑みかけ通る声で挨拶をした。
「アニエス様、お久しぶりでございます」
背後にからの突然の声に男達は驚く。
「だ、誰だっ!」
「どうやって、中へ!? ……ヒッ、お前はっ!!」
男達の言葉を無視して、リリーは優雅な足取りで脇を素通りする。
「……リリー? 本当に……来てくれたのね……」
大きな瞳にいっぱいの涙を溜めたアニエスは、怪我をしたロビンに癒しを施しながら、震える声で言った。
「はい、もう大丈夫ですよ。あちらのお部屋で、ロビンを治してあげてください。ブリジット、アニエス様とロビンを」
「はいっ! リリー様」
アニエスがブリジットに連れられて、部屋から出て行ったのを確認すると、男達の方を振り返る。
「テオ、ありがとう」
テオの威圧で、動けなくなっていた男達にリーゼロッテは近付き声をかけた。
「さて、あなた方は教会の人間ですね? 右の方は、以前も此処でお会いしましたね?」
「「――――!!」」
「……私は質問しているのだけど?」
今度はリーゼロッテが威圧すると、男達はもう立ってはいられない。そして目の前で、どんどん大きくなっていくテオ……いや、フェンリルの姿に恐怖で失神してしまう。
「あら……。訊く前に気を失っちゃった」
仕方ないので、逃げられないよう魔力を込めた紐で、グルグルに縛り上げておく。
そして、リーゼロッテが張った結界を解いた。
(うーん。このまま、離宮に置くわけいかないし、あとで屋敷の地下牢で取り調べしようかしら……。この世界で、カツ丼……は無理よね)
そんなアホな事を考えていたら、もの凄い勢いで扉が開かれた。
サッと手の平サイズまで小さくなったテオは、リリーのエプロンのポケットに潜り込む。
「これは一体どういうことだっ!!」
開けるや否や怒鳴り込んで来たのは、放置すると決めたばかりの王子ジェラールだった。護衛も一緒だ。
(……よりにもよって、何でジェラール殿下が?)
ジェラールと側近は縛られた男達を見て唖然とし、次いでリリーを見て目を見開いた。
「お前は、誰だ? ……まさか、其方はリーゼ」
「侍女のリリーと申します」
被せ気味に挨拶したリーゼロッテの目が、余計な事を言うなと語っている。ジェラールは、ゴクリと唾を呑むと話を合わせた。
「聖女の侍女か……。リリーといったな、この状況を説明しろ」
「はい。私が使いより戻りましたところ、その者達が聖女様を襲い、従僕のロビンが身を挺してお護りいたしました。そして、倒れた者たちを私が縛り上げた次第です」
「して、その従僕は?」
「そちらの部屋で、聖女様が怪我の治療を」
ふぅ……と、ジェラールは息を吐くと立ち上がり、縛られた男の胸元から何かを抜き取った。
「……やはりか。この者達を牢へ入れておけ!」
「しかし、殿下。教会の者では?」
「何を言っている。教会の者が聖女を襲うわけがないだろう? 教会に訊けば、其奴らは見知らぬ不届きな輩だと答える筈だ」
ジェラールは、この男達を蜥蜴の尻尾だと言っている。簡単に切り捨てられる存在なのだろう。
「かしこまりました」
とアントワーヌは、騎士達に連れて行くように命じ、一緒に部屋を出て行った。
「リリーよ。其方には、まだ訊きたい事がある。ついて来い」
心配そうに様子を伺っていたブリジットに、大丈夫だと頷いて見せると、ジェラールの後をついて王宮へと向かった。