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ジェラールについて行くと、不思議なことに廊下では誰ともすれ違うことなく、ある部屋へと着いた。
促されるまま、中へ入る。
そこはとても品の良い、落ち着いた部屋だった。
「ここは、私個人の部屋だ。呼ばない限り、他の者は誰も入っては来れない。そこに座れ」
普通、侍女が王子と向かい合って座るなど、あり得ないが――ジェラールは、遠回しに大丈夫だから座れと言っている様だ。
言われた通りにリリーが座ると、ジェラールも正面にドカッと腰を下ろし、リリーをジッと観察した。
「リリーか。上手く化けたな、リーゼロッテ」
「何のことでしょうか？ 殿下」
「ハッ、隠す必要は無い。私は、2年後のお前を知っているのだ。それを更に歳を重ねたら今の姿になるのだろう。その瞳は、ずっと変わっていないな」
（やはり、この人もループしていたのね……）
リーゼロッテであることは、否定しても無駄なようだ。
ループはバレても、まさかリーゼロッテが転生者であるとは思いもしないだろう。ジェラールの意図が解らない今、余計なことは言うべきではない。言葉は慎重に選ばなければと思う。
「お前と最初に会ったのは、拝謁の儀だ。憶えているだろう？」
「……残念ながら」
本当に、記憶に無かった。
リーゼロッテの素の反応に、ジェラールは少しばかりガッカリしたようだ。
「ま、まあ、あれは誰しも緊張するから、憶えていなくとも仕方ない。では、ダンスパーティーではどうだ？ あれ程、其方に視線を送ったのだ。気づいただろう？」
「ダンスパーティーですか？ 視線……それも、ちょっと……」
ルイスと聖女の動向が気になって、それどころではなかったのだ。
そもそも、下の者から声を掛けるなど出来ないのだから、ダンスを申し込まれた訳でもあるまいし、視線に気づけとは無理がある。
（……いったい、何なのだろう？）
明らかに、ジェラールは肩を落としていた。
「ダンスを申し込もうにも、其方はさっさと会場を抜け出していたからな……」
「あっ」
（そうだった。聖女の跡をつけ、ダンスパーティーを抜け出したんだわ）
「はぁぁぁ。もう、いい。これを見よ」
カチッと小さな音をさせ、ジェラールがテーブルの上に置いたのは、平たく小さな赤黒い魔石のような物だった。
「……これは？ 触っても？」
「構わない」
四角いそれを摘み上げ、透かして見ると、赤い魔石に幾何学的な黒い紋様がびっしりとあった。
驚いてジェラールを見ると、頷いた。
「そうだ、特殊な術式が組み込まれている。どう見ても、白魔法ではない」
つまりは、黒魔法ないしは黒魔術。
「なぜ聖職者である筈の教会の者が？ この紋様は何を意味しているのですか？」
「人を操る魔法の術が描かれている。其れを体内に入れられると、遠方からでも操られてしまうのだ。……魔力を大して持たない輩でも、それが有れば一度に何人も操れる」
（……黒魔法の入った、マイクロチップ的な物？ もし、軍事目的で量産されたら？）
背中に冷たいものが流れ、血の気が引く。
「理解したようだな。その原料は魔石だが、もっと大量に代用できる物がある。例えば、魔力を含んだ――水晶とかな」
「魔石よりも、水晶の方が希少……あっ！」
「そういうことだ」
聖遺跡と称して、あの魔玻璃を手に入れようとしている人間の目的――。
「それは、教会の人間ですか？」
「多分だがな」
「では、教会の人間は……アニエス様にこれを埋め込もうと？」
「ああ。前もって、教会の人間がやってくる時には目を光らせていた。離宮で聖女以外の魔力が使われた場合に反応する魔術具を設置してな。感知したから急いで行ったが。まさか、私にも壊せない結界が張られているとは。……まあ、結果的には良かったが」
ジェラールは、チラッとリーゼロッテを見る。
（ああ、そうか。だから、あのタイミングで離宮へやって来たのね）
そこまでの会話で、目の前の人物に対して、今迄とは違う疑問を持った。
何故、無節操な馬鹿王子と噂された人物が、ここまで先読みする能力があるのか。
一度のループで、これ程の事を調べあげることができ―― 人柄まで変わるとは考え難い。
リーゼロッテの視線に気づくと、ジェラールは不適に笑った。
「やっと私に興味を持ったみたいだな。私は、1度目の時から何も変わっていないぞ。……女にうつつを抜かす駄目な王子は、便利な隠れ蓑だった」
「では、なぜ……殿下は私を？」
「教会と聖女のやり取りを調べていて、何となしに目をやれば、会場で聖女をつけ回している女がいるではないか。つい目が離せなくなってしまったが……気づきもしなかったとはな。流石に、少々凹んだぞ」
一目惚れ説が消えて、リーゼロッテは胸を撫で下ろした。
「それで、その女にも興味が出て、色々と調べてみたのだ。まさか、かの辺境伯令嬢だったとはな。今回は……本気で、落としてみたくなった」
熱のこもった視線がリーゼロッテに絡みつく。
面倒な予感がしたので、それには気づかないフリをする。
「はあ、そこまでは理解しました。では、なぜあの場所に殿下はいらっしゃったのでしょうか？ そして――このループした理由もぜひ、お聞かせください」
まだまだ、疑問だらけだった。
「はあぁぁぁぁぁ……」
大きな溜息を吐いたジェラールは、更に話を進めた。
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