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「ちょっと、火星さん……なんだか、視界がグルグルと斜めに回ります……っ」
「おいおい、しっかりしろ地球! ここは空間の歪みが酷いんだ、三半規管をやられるなよ!」
木星の頼もしい背中を離れ、アリスと火星(三月ウサギ)がたどり着いたのは、冷たいメタンのガスが霧のように漂う、美しいシアンブルーの領域でした。
そこには、絵本に出てくるような優雅なお茶会の席が用意されていたのですが……何かが決定的に、狂っていました。テーブルも、椅子も、並べられたティーカップやスコーンも、すべてが斜め九十八度に『横倒し』の状態で固定されていたのです。
「あら、ごきげんよう、アリス様。よくぞわたくしの傾いたお茶会(マッド・ティーパーティー)へおいでくださいました」
霧の向こうから、鈴を転がすようなお上品な声が響きました。
現れたのは、シアンブルーの美しい髪に華麗なドレスをまとった令嬢――天王星(マッドハッター)でした。しかし彼女は、なぜか首を真横に直角に傾けたまま、地べたをゴロゴロと横回転で転がりながら近づいてきたのです。
「まぁ、皆様どうしてそんなに縦にお立ちになっていらっしゃいますの? 首が疲れてしまいませんこと? 奇妙な方々ですわね、おーほほほ」
「えっ……あ、あの、縦なのは、私たちの方でしょうか……?」
アリスが真横を向いた天王星の顔を見ようと、自分も首をひん曲げながら困惑していると、火星が「おい天王星、会話の通じねえお前が一番奇妙なんだよ!」とツッコミを入れます。アリスは気を取り直し、丁寧なお辞儀をして尋ねました。
「天王星さん、ごきげんよう。あの、私たちは元の『軌道』へ戻る方法を探しているのですが、何かご存知ありませんか?」
「まぁ、戻るですって? それはとても簡単でしてよ。昨日のわたくしのティーカップの中に、明日のスコーンがぷかぷかと泳いでいまして。それをスプーンで掬って、一昨日の方向へ投げればよろしいのですわ」
優雅に微笑みながらお嬢様口調で語られる言葉は、何一つとして意味を成していませんでした。思考の軸まで完全に横倒し(いかれている)の彼女には、アリスの敬語の質問など届くはずもありません。
「ええっと……スコーンが、泳ぐ……ですか? それを、一昨日の方向へ……?」
純粋すぎるアリスは、その狂ったアドバイスを百パーセント真に受けてしまい、頭を抱えて大混乱に陥ってしまいました。
「あはは! 天王星、また壁に頭くっつけて喋ってるー! 変なのー! 生きてて恥ずかしくないのー?」
突然、カオスなお茶会の空間に、まばゆく美しい光の環(リング)がパッと浮かび上がりました。
リングの真ん中からひょっこりと現れたのは、ダボダボのテールコートを着た、生意気盛りのちっちゃな幼女――土星(チェシャ猫)でした。
土星は物理法則を無視してフワフワと宙に浮きながらアリスに近づくと、その小さな人差し指で、アリスの鼻をツンと突き刺しました。
「あ、君がアリスか! なんだ、メソメソ泣いてんのか? 君ホントに泣き虫だね! 中身がガスでスカスカのアタシより、心の中身が弱虫じゃん!」
「うぅっ……!?」
幼児ならではの、悪意のない容赦のない直球毒舌が、混乱していたアリスの心に深く突き刺さります。
「お、おっしゃる通りです……私は、自分の軌道すら守れない弱虫で……ドレスも涙で水浸しで……。でも、土星さん、目上の人に向かって『お前』と言うのは感心しません……お口が悪いですよ……(ぐすぐす、ポロポロ)」
「うるさーい! アタシは思ったことをすぐ言っただけだもんねー! お前なんか弱虫惑星だー! べーっ!」
アリスが本格的に泣き出すと、彼女の涙(海面上昇)のせいで、周囲のメタンの霧が急激に結露し、大雨のようにザーザーと降り始めました。
「おい、ちびっ子猫! アリスをいじめるな!」
「あはは、ばーか! バイバーイ!」
火星が怒鳴り声を上げますが、土星は無邪気に笑いながら、フワリとその身体を消していきました。姿が消えたあとの暗闇に、彼女の美しい光の環(リング)と、生意気な笑い声だけがニヤリと浮かび、それもやがてパッと掻き消えます。
「まぁ、空から涙の紅茶が降ってきましたわ。優雅ですこと」
天王星は横倒しのまま、大雨の中で嬉しそうに空のカップを掲げて微笑んでいます。
土星に煽られて大泣きし、天王星に錯乱され、完全に疲れ果ててその場にへたり込んでしまったアリス。
「……おやおや。随分と派手に泣かされたものだね、お嬢さん」
降り注ぐ冷たい雨の向こう、太陽の光が一切届かない暗闇の深淵から、低く冷ややかな声が響きました。
凍てつくような冷気をまとい、すべてをはぐらかすようなミステリアスな瞳を持ったウサギ耳の影が、ゆっくりと姿を現そうとしていました。
(第4話・完)
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涼翔./Suzuka
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