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コット村のギルドから借りている安部屋で目を覚ますと、ミアとカガリが俺の顔を覗き込んでいた。
「おかえり、お兄ちゃん」
「おかえりなさいませ、主」
今回は床に頭を打ちつけないようベッドの上からと万全を期していたにも関わらず、なぜかミアは膝枕をしてくれていた。
その気持ちはありがたいのだが、枕があるのになぜそれをどけてまで膝枕をしているのか……。
「どう? 上手くいった?」
「ああ。結末までは見ていないが大丈夫だろう。全て予定通りだ」
「よかった……」
ホッとした様子のミアから頭を撫でられる。
人から頭を撫でられるなんて、いつ以来だろうか……。少々照れくさいが、悪くはない。
アンデッド達の召喚にはバルザックにも協力してもらった。
それはダンジョンハートに溜めてあった魔力の半分を使うほどの大魔法。
異界の門を開き、アンデッド達を大量に呼び出せることの出来る死霊術の禁呪だ。
俺がロードに身を移し大軍を率いて来襲したのは、死者達の王であるという事を錯覚させるためだ。
圧倒的な力の差を見せつければ、むやみに手を出して来る者も減り、常識では推し量れない存在であれば、三百年前に魔法書を預かったと言っても、王女を人質に取ったペライスとかいう男がよみがえっても不自然ではなくなる。
もちろんペライスは、正真正銘の本物だ。
スタッグに着いた初日。ネスト邸でミアが寝静まった後、外出した時に遺体を回収しておいたのだ。翌日ヒルバークが調査に赴いた時、死体が無かったのはその為である。
当初の目的は、ペライスの魂から黒幕を聞き出せればと思ってのことだったのだが、無駄になってしまった。
まあ、最後の最後で役に立ってくれたので、良しとしよう。
問題はブラバ卿の今後である。裏での不始末が大勢の貴族達の前で明らかになったのだ。何かしらの処罰は下るだろう。
仮に不問となったとしてもあれだけ脅したのだ、しばらくは大人しくしているはず。
この先、常に命を狙われている恐怖に苛まれながら、生きねばならないのだから。
俺が手を出せるのはここまで。やれることはやった。
|転移魂《ソウルコンバート》の弊害か多少の疲れは感じていたが、それよりも曇っていた空に晴れ間が差したかのような、そんな清々しい気分であった。
派閥の証も返し、これからはまた平穏なコット村での生活に戻る。唯一の変化は、俺のプレートがプラチナになってしまった事くらいだが、村のギルドにプラチナプレートの冒険者が必要な依頼などあろうはずがない。
やはり俺には過ぎた物なのかもしれないとポケットのプレートを弄りながらも、小さなベッドでミアと共に眠りについた。
――――――――――
それから一週間後のことだ。
早朝、何者かがギルドの階段を駆け上り、そのままバタバタと廊下をも走る。
その騒音に起こされて、俺の寝覚めは最悪だった。
「なんなんだ、こんな時間に……」
目覚めてはいるがまだ眠い。
寝返りを打ちもう少し寝ようと思ったその時、部屋のドアノブをガチャガチャと回す音で俺とミアは飛び起きた。
「えっ!? 何!?」
扉の前まで行って押さえるべきか悩んだ。しかし鍵は持っていない様子。
ノックもなく、声を掛けてくる事もない。ただただ必死にドアノブを回そうとしていたのだ。
そのまま放っておけば諦めるんじゃないかと様子を見ていたのだが、カガリはなぜか後退り、部屋の隅へと移動した。
それを不審に思い、武器を取ろうとテーブルに手を伸ばした瞬間だった。
「【|解錠《アンチロック》】」
扉の鍵穴から漏れ出る光。
重なり合う金属の歯が噛み合い、カチリ――と錠が外れる音が聞こえると、バァン!と勢い良く扉が開く。
「――ッ!?」
そこに立っていたのはネストである。
「くじょぉぉぉぉ!」
俺の顔を確認すると勢いよくベッドにダイブ。人目を気にする様子もなく、抱き着いてきたのである。
「ネストさん!?」
寝起きドッキリも目じゃないほどに驚いた。
俺の胸に顔を埋めるネストは、声を震わせ泣いていたのだ。
とは言え、徐々に胸元が湿っていく感覚は不快である。
「ありがとう……。本当にありがとう九条。酷い事言ってごめんなさい……うぅぅぅ……」
とりあえず離れてくれ……と言えなかったのは、その表情を見て言葉を失ってしまったからだ。
隣のミアはお冠である。
「離れて! お兄ちゃんから離れてぇー!!」
一生懸命ネストを引き剥がそうとしているが、所詮は子供の力。ネストに敵うはずがない。
そんな様子を遠くから見つめるカガリは、我関せずといった表情で沈黙を貫いていた。
カガリが離れたのは、ネストの匂いを感じ取ったからなのだろうと今更ながらに納得する。
「ネストさん。取り敢えず落ち着いて下さい!」
すると、開けっぱなしの扉からノックが聞こえ、そこからはバイスとリリー、ヒルバークがこちらを覗き込んでいた。
「九条。入っていいか?」
「ごきげんよう九条」
家主の入室許可がなければ入れないとでも言いたげに、行儀よく廊下で佇んではいるのだが、最早今更感は否めない。
よくよく考えたら、ネストは不法侵入である。
「えーっと……。何もないですけど、どうぞ」
それに満面の笑みを見せたのはリリーだ。カガリを目指し一目散に駆けだすと、満面の笑みでモフモフの構え。
バイスは椅子に座り、テーブルに置いてあったリンゴを許可なく勝手に齧る。
ヒルバークは部屋に入ると扉を閉め、壁際に寄りかかりそのまま立っていた。
良く言えば賑やかだが、悪く言えばめちゃくちゃだ。
「よう九条。元気そうだな」
「元気そうだな――じゃないですよ。こんなとこまで何しに来たんですか……」
「なにって……決まってるだろ。好き放題やって勝手に消えちまいやがって……。礼くらい言わせろ」
勝手にリンゴを齧っている時点で、まるで説得力がないのだが……。
「わだじわ……ぐじょうに……あやばりに……」
「大丈夫ですって! 別に怒ってないですから!」
「ホントに……?」
涙目で、かつ上目遣いで言い寄って来るネストはやけに艶っぽく、ドキッとしてしまうくらいには魅力的。
それに気付いたミアは、俺とネストの間に無理矢理割って入ろうとする。
「はぁーなぁーれぇーてぇー!!」
「本当に怒ってません。なので落ち着いて話しましょう。とりあえず離れてくれないと動けないんですが……」
しばらく見つめ合っていた俺とネストだったが、状況を理解したのか名残惜しそうに俺から離れるとベッドから降りた。
ミアは息が上がっていて汗だくだ……。ギルドに出勤する前に風呂に入った方がいいんじゃないかと思うレベルである。
「この部屋に六人と一匹は狭すぎます。食堂で話しましょう。時間も早いですし、まだギルドも開いてません。誰にも聞かれないと思うので」