コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
透明な放課後。
 
 
 教室には、夕日が差し込んでいた。
 光の中、隣の席にシャークんが座っている。
俺は、ゆっくりとシャークんを見た。
 少し乱れた前髪、薄く笑う口元、机に置かれたノート。
 (……俺は、“シャークん”を選んだ)
 ⸻
 記憶は、まだ完全には戻っていない。
 だけど、俺の中にあるのは確かな感覚だった。
 他の5人の顔は、もう思い出せない。
 きんときの声も、broooockの癖も、スマイルの笑い方も、きりやんの瞳の奥も。
 全部、霧の奥に消えていった。
 だけど、シャークんだけは――そこにいる。
 ⸻
 シャークんは、ノートを開きながら話しかけてくる。
 「夢、見てたみたいだったよ。寝言で“ごめん”って、何度も言ってた」
 「……そう、だったんだ」
 「なにか、思い出した?」
 俺は少しだけ笑って首を振る。
 「ううん。全部は……思い出せない。でも、ひとつだけ確かに覚えてる」
 「なに?」
 俺は窓の外に目をやる。
 空は静かで、遠くに鳥の群れが飛んでいた。
 
 その景色は、なぜか涙が出るほど、懐かしかった。
 「……俺、あの時、“選ばなかった”んだ」
 シャークんが、静かに息をのむ。
 「だから、誰も救えなかった。
後悔ばかりが残って、記憶の中で、みんなが少しずつ消えていった」
 「……うん」
 「でも今度は、ちゃんと選んだ。
ちゃんと、自分の意思で」
 俺はシャークんの顔を見る。
 「俺は、シャークんを――残したいって思ったの。
だから、お前はここにいるんだよ」
 ⸻
 シャークんは何も言わなかった。
 ただ、少しだけ目を伏せて、唇を震わせた。
 
 
 「ありがとう」
 その一言は、きっと記憶よりも強い。
 ⸻
 放課後のチャイムが鳴った。
 もう誰もいない教室。
夕日が、少しだけ角度を変えて差し込む。
 俺とシャークんは立ち上がる。
 廊下には、誰の足音もない。
 だけど、二人分の影が、確かに並んでいる。
 ⸻
 ふと、階段の踊り場で、俺は足を止めた。
 記憶の中で、誰かが泣いていた場所。
 誰かが、手を伸ばしていた場所。
 けれど、もう思い出せない。
 俺は静かに呟いた。
 「……さようなら。俺の知らない、だれか」
 ⸻
 空は、何事もなかったように澄んでいた。
 透明な放課後。
 
 その世界には、もう“6人”はいない。
 だけど、たったふたりの足音が、
 
 
 
 
 今日という時間を、確かに歩いていた。
 ⸻
 ―おわり―