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透明な放課後。
教室には、夕日が差し込んでいた。
光の中、隣の席にシャークんが座っている。
俺は、ゆっくりとシャークんを見た。
少し乱れた前髪、薄く笑う口元、机に置かれたノート。
(……俺は、“シャークん”を選んだ)
⸻
記憶は、まだ完全には戻っていない。
だけど、俺の中にあるのは確かな感覚だった。
他の5人の顔は、もう思い出せない。
きんときの声も、broooockの癖も、スマイルの笑い方も、きりやんの瞳の奥も。
全部、霧の奥に消えていった。
だけど、シャークんだけは――そこにいる。
⸻
シャークんは、ノートを開きながら話しかけてくる。
「夢、見てたみたいだったよ。寝言で“ごめん”って、何度も言ってた」
「……そう、だったんだ」
「なにか、思い出した?」
俺は少しだけ笑って首を振る。
「ううん。全部は……思い出せない。でも、ひとつだけ確かに覚えてる」
「なに?」
俺は窓の外に目をやる。
空は静かで、遠くに鳥の群れが飛んでいた。
その景色は、なぜか涙が出るほど、懐かしかった。
「……俺、あの時、“選ばなかった”んだ」
シャークんが、静かに息をのむ。
「だから、誰も救えなかった。
後悔ばかりが残って、記憶の中で、みんなが少しずつ消えていった」
「……うん」
「でも今度は、ちゃんと選んだ。
ちゃんと、自分の意思で」
俺はシャークんの顔を見る。
「俺は、シャークんを――残したいって思ったの。
だから、お前はここにいるんだよ」
⸻
シャークんは何も言わなかった。
ただ、少しだけ目を伏せて、唇を震わせた。
「ありがとう」
その一言は、きっと記憶よりも強い。
⸻
放課後のチャイムが鳴った。
もう誰もいない教室。
夕日が、少しだけ角度を変えて差し込む。
俺とシャークんは立ち上がる。
廊下には、誰の足音もない。
だけど、二人分の影が、確かに並んでいる。
⸻
ふと、階段の踊り場で、俺は足を止めた。
記憶の中で、誰かが泣いていた場所。
誰かが、手を伸ばしていた場所。
けれど、もう思い出せない。
俺は静かに呟いた。
「……さようなら。俺の知らない、だれか」
⸻
空は、何事もなかったように澄んでいた。
透明な放課後。
その世界には、もう“6人”はいない。
だけど、たったふたりの足音が、
今日という時間を、確かに歩いていた。
⸻
―おわり―