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街でレイドリックとエリーゼを見かけてから数日後、マリアンヌはレイドリックを呼び出した。
事の真相を確かめるために。
「レイ、急に呼び出してごめんなさい」
「……いや、別に構わないよ」
歯切れ悪くそう言ったレイドリックは、少し落ち着きがないように見える。
今日は雨天だから、もしかしてくせっ毛を気にしてそんな言い方になったのかもしれないし、いつもみたいに人払いしたテラスじゃなくて応接室だから、落ち着かないのかも。
そういう理由だったらいいのにという願望を持つマリアンヌは、レイドリックよりもソワソワしている。仕方がない。これから聞きたくないことを、聞かなければならないから。
話し出す勇気がなくて、部屋の隅に置いてあるワゴンの前で、お茶をゆっくりと淹れて時間を稼ぐ。
チラリとソファの方に視線を向けると、レイドリックはぼんやりと窓を見つめていた。
午後になってから雨脚は更に強まり、途切れることなく叩きつける雨粒が、窓に映る景色を歪ませる。
陰鬱な空気に耐えられず、マリアンヌはお菓子を勧めてみた。けれどレイドリックから、素っ気なく「今はいいや」と拒絶され、心が折れそうになる。
でも、ずっとこんな気持ちのまま過ごすことを考えれば、聞くしかない。
それにこれまでの日々を思い返せば、杞憂だったと笑って終わりにできるはず。
そう思っているのだが、もたもたしてしまったせいで、結局、レイドリックから切り出されてしまった。
「で、何?何か用だった?」
不機嫌な口調で問われ、マリアンヌは慌てて二人分のティーカップを持って席に着く。
「私、この前……10日くらい前なんだけど、街に行ったの」
「ふぅーん、で?」
「えっと、その時に二人を見かけたの」
「……どこで?」
「ロワゾー・ブリュっていう、チョコレート専門店のはす向かいにある宝石屋さんで」
「……」
レイドリックの表情は、相変わらず不機嫌だ。
でもそこに焦りやバツの悪さはなく、ただイライラした感じで、膝を揺すっている。
その仕草に気圧されてしまい、マリアンヌは身を縮めてしまう。ティーカップを持ち上げることすら憚れる。
しばらくしてレイドリックは「ああ」と短い声を上げ、すぐに口を開いた。
「エリーに頼まれたんだ」
「エリーに?」
「そう。一人で宝石屋に行くのが恥ずかしいから付いてきてくれって」
「どうして?」
聞いたままの感想を口に出したら、レイドリックは急にムッとした顔をする。
「いやだからさぁ、エリーは男爵家だろ?こう言っちゃアレだけど、末端貴族でそんなに裕福じゃないからさ、専任の侍女とかいないんだよ」
「……そうなんだ」
3人に爵位の差があることは知っていたけれど、彼女に侍女がいないことは初耳だった。
自分の生活の違いと、長い付き合いの親友の現状を今ごろ知ってしまい、軽いショックを受けてしまう。
「来月の夜会に着ていくドレスに合わせたブローチが欲しかったらしいよ。でも、女一人で宝石屋に入るなんて恥ずかしくてできないから、僕が呼ばれたってわけ」
「そう」
レイドリックの説明を受け入れることに専念しているマリアンヌは、俯きながら短い返事をすることしかできない。
その姿をレイドリックはどう受け止めたのかわからないが、厳しい声でマリアンヌの名を呼んだ。
弾かれたようにマリアンヌは顔を上げる。目の前にいるレイドリックは、見たこともないほど怖い顔をしていた。
「っていうか、こそこそ隠れて見てるのって、どうかと思うよ」
「……ご、ごめんなさい」
咄嗟に謝ったけれど、レイドリックは誤解している。
決して、こそこそしていたわけじゃない。二人の姿を見たのは本当に偶然だった。でも、それを伝えたくても喉がつかえて声が出ない。
呼吸もうまくできていないから、きっと自分は、ひどく青ざめているはずだ。
それなのにレイドリックは気にする様子もなく、言葉を続ける。
「あのさぁ、エリーと僕の仲を疑うのはいいけどさ、エリーの立場だってわかってやれよ。そりゃあ君は、格上だから考えもしなかったかもしれないけどさ」
「ごめんなさい」
「でも、君だって子供じゃないんだから、ちょっと考えればわかるんじゃない?」
「……」
「相手の立場になって物事を考えることができないなんて、人としてどうなの?」
「……」
「それとも、一々、僕たちが会う時は、君に許可を貰わないといけないわけ?」
矢継ぎ早に問われ、マリアンヌは何も言い返せない。
ただレイドリックの「僕たち」という言葉の中に、自分だけが入っていない事に気付いて、泣きたくなるほど胸が痛んだ。