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第141話 共鳴
【異世界・転移した学園/体育館・午後】
雨音の中で、レアの白い刃が何度も走った。
一本。
二本。
三本。
「〈光刃・第四級〉――展開」
ダミエの結界が、きしむ。
透明な板が斜めに裂け、床へ青白い数列が散る。
リオが横へ流れ、光壁を重ねても、全部は捌ききれない。
「〈光壁・第二級〉――『弾け』!」
「〈風圧・第二級〉――『逸らせ』!」
白い刃が逸れる。
だが、逸らした先のロッカーが真っ二つになる。
体育館の奥で、まだ逃げ遅れていた生徒が悲鳴を上げる。
「走れ!」
ハレルが叫ぶ。
「先生の声について行って!」
サキも最後尾の生徒の背を押しながら、何度も振り返った。
レアの赤い点が、スマホの画面で濃く脈打っている。
ダミエの結界線は保っている。
でも、余裕はまったくない。
レアは、逃げていく生徒たちを見送ってから、ゆっくりとリオへ視線を戻した。
片方の黒い目の縁から、また細い影が溢れている。
「逃げたね」
声は楽しそうだった。
でも、楽しさの奥に苛立ちがある。
次の瞬間、床を蹴る。
一直線。
以前より速い。
白い光刃を握ったまま、リオの喉元へ踏み込む。
「リオ!」
ハレルの叫びと同時に、ダミエが前へ出る。
「〈層界・第三級〉――『囲う』」
立方の結界がレアの周囲に重なる。
だが、白い刃がそれを内側から裂いた。
刃の軌道に沿って、プログラムの数列まで走る。
リオは受けずに流れた。
片腕を振る。
「〈風圧・第三級〉――『押し返せ』!」
空気の塊が、レアの踏み込みを半歩だけ鈍らせる。
そこへさらに、別の魔術を重ねる。
「〈光矢・第二級〉――『貫け』!」
細い白光が、レアの右目側――影がこぼれる側へ走る。
レアは首をひねって避ける。
頬をかすめた光で、青白い数列が一瞬だけ強く乱れた。
「っ……!」
初めて、レアの顔が大きく歪む。
ダミエがそれを見逃さない。
「右側、弱い」
低い声。
それだけで、リオには十分だった。
「分かってる!」
今度は足元へ魔力を流す。
床に淡い円を一つだけ描く。
「〈封圧・第二級〉――『重くなれ』!」
重さの魔術。
レアの足元の空間が一瞬だけ沈み、動きが鈍る。
そこへダミエの結界線が横から差し込まれる。
「〈封界・第三級〉――『そこに留まれ』」
レアの膝がわずかに止まる。
その隙にリオは、光の鎖ではなく、
今度は足元の影ごと凍らせるような光を撃ち込んだ。
「〈縛光・第二級〉――『絡め取れ』!」
白い帯が、レアの影へ巻きつく。
影そのものを縛るつもりの術だ。
だが、レアは笑った。
「惜しい」
片方の黒い目から溢れた影が、その縛光を逆に侵食する。
拘束は保たない。
次の瞬間、レアの刃がリオの肩口を斜めに裂いた。
「――っ!」
血が飛ぶ。
リオがたたらを踏む。
ダミエの壁が間に合わず、二枚まとめて割れた。
レアは、そこを逃さない。
壊れた余裕のまま、一直線に踏み込む。
「やっぱり、前よりいい顔してる」
「壊しがい、ある」
リオが歯を食いしばる。
もう一度、風圧を撃つ。
だが、間に合わない。
ハレルの胸元の主鍵が、強く熱を持った。
熱い、というより、呼ばれた。
そんな感覚だった。
(今だ)
理屈は分からない。
でも、足が先に動いた。
「リオ!」
ハレルは走った。
ダミエの結界の切れ目を抜け、
レアの刃の間を掠めるようにして、リオの背中へ飛び込む。
「ハレル!?」
リオが振り向く暇もない。
ハレルは、その背中に手を当てた。
次の瞬間――
胸元の主鍵と、リオの腕輪の副鍵が、同時に光った。
白でも青でもない。
両方が重なったような、鋭い発光。
体育館の空気が、一拍だけ止まる。
リオの体の奥へ、何かが流れ込む。
魔力ではない。
もっと“繋がる”感じ。
一本だった術式の回路が、急に複線になるような感覚。
リオの目が見開かれる。
「……これ、は」
レアも止まった。
片方の黒い目が、その光を見て、初めてはっきり警戒した。
「それ……!」
ハレルの手を通して、主鍵の熱が副鍵へ流れる。
リオの腕輪が、今まで見たことのない輝き方をした。
魔術の詠唱が、自然と変わる。
いつもの感覚より深く、広く、遠くまで届く。
リオは、半ば反射でその魔術を撃った。
「〈拘圧・第四級〉――『止まれ』!」
空気そのものが掴みに行く。
風圧でも鎖でもない。
見えない拘束が、レアの全身を正面から圧し潰すようにかかる。
レアの身体中を走っていたプログラムの数列が、一気に強く発光した。
頬。
首筋。
腕。
制服の下。
右目の周囲。
全身の文字列が暴れるように走り回る。
「……っ、あ、あああっ!」
レアが初めて、はっきり苦鳴を上げた。
白い光刃が不規則に明滅する。
右目の黒い側から、影が一気に溢れる。
だが、その影まで数列に巻き込まれて、身体の周囲をぐるぐると走り出した。
「何、これ……やめ……!」
リオは自分でも驚くほど強く、術を維持できていた。
ハレルの手が背にある。
主鍵と副鍵が、まだ繋がっている。
「ダミエ!」
叫ぶより先に、ダミエは動いていた。
「〈層界・第四級〉――『完全封鎖』」
透明な結界が、今度は“箱”ではなく“棺”みたいに閉じる。
上下左右、前後。
何枚も、何枚も重なって、レアの全身を包む。
レアの身体を走る数列が、結界の内側でさらに激しく明滅する。
片方の黒い目から溢れた影が、壁にぶつかって散る。
白い刃も、一枚目、二枚目、三枚目の結界に阻まれ、内側で弾けるだけだ。
「う、ぁ……っ!」
レアは結界の中でもがく。
壊れた笑みはもうない。
身体の中と外を、何かが逆流しているような苦しみ方だった。
ダミエは両手を前に出したまま、低く言う。
「……今」
「押さえるなら、今」
リオは息を切らしながら術を維持し、
ハレルは背中に手を当てたまま、その熱の流れに歯を食いしばっていた。
サキが、少し離れた場所からその光景を見ていた。
スマホの画面では、レアの赤い点の周囲に数列が渦を巻き、
封じ込められた箱の中で激しく明滅している。
教頭も、先生たちも、生徒たちも、声を失っていた。
ただ、レアが“止まった”ことだけは分かる。
雨音だけが、体育館の屋根を叩き続ける。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/対策本部車両】
城ヶ峰は、地下中枢から持ち帰った記録を広げていた。
日下部が画面に、湾岸東区旧技術検証棟の表示と、各地の起動点を重ねる。
「これです」
日下部の指が止まる。
「同型の基盤塔に繋がる補助施設。
正式名称は潰れてますけど、位置と配線から見て……中継管理棟」
画面には、湾岸沿いの別施設が表示されていた。
旧技術検証棟より小さい。
だが、輪の外周に伸びる細線が、そこを経由して各起動点へ分岐している。
「アンカーそのものじゃない」
日下部が続ける。
「でも、情報の流れをまとめてる。
ここを止めれば、少なくとも“輪の伝達”は鈍るはずです」
木崎からも回線が入る。
『こっちでも写ってる。
若い警官が現れてた地点、全部このラインの近くを使ってる。
人の流れだけじゃなく、情報の流れもまとめてんだろ』
城ヶ峰は短く頷いた。
「まず一つ、止めるならそこだ」
「中継管理棟。そこを押さえる」
日下部がさらに画面を切り替える。
「もうひとつ。
中継管理棟を止めれば、“補助層”側との通信雑音が減る可能性があります」
「まだ推測ですけど、向こうへの情報送信が安定するかもしれない」
城ヶ峰は、地図上の中継管理棟を見つめた。
「次はここだ」
短い言葉。
だが、初めて“壊すべき場所”が、明確な形になった。
木崎が低く言う。
『匠の言ってた“順番”にも合う。
いきなり杭を抜くんじゃなく、先に流れを鈍らせる』
「そういうことだ」
城ヶ峰が返す。
「準備を始める。突入班を組む」
車内の空気が、守るだけのものから、
奪い返しに行く側のものへ変わり始めていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・夕方前】
イデールの班は、まだ街の光を繋いでいた。
雨は弱まらない。
猫影も、人型の影も、暗がりへ寄ってくる。
縛られた兵士の中で、サロゲートの片鱗もまだ死んでいない。
だが、今はそれでも保っている。
通りごとに灯りを残し、住民をひとりにしない。
そのやり方だけで、街はまだ崩れきっていない。
イデールは小さく息を吐いた。
「……長いわねえ」
それでも、手は止めなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・午後】
結界の中で、レアはまだ苦しんでいた。
全身を走る数列が強く明滅し、右目の黒い影が結界の内側を叩く。
だが、ダミエの封鎖は崩れない。
ハレルは、ようやくリオの背中から手を離した。
主鍵の熱がまだ残っている。
リオの腕輪の副鍵も、淡く光を引いていた。
リオが振り返る。
驚きと、理解しきれない興奮が混ざった顔。
「今の……」
「分からない」
ハレルは正直に言う。
「でも、繋がった」
サキが、スマホの画面を見ながら息を呑む。
レアの赤い点は、まだ消えていない。
だが、その周囲の乱れた数列が、
さっきよりもはっきり“箱”の中へ閉じ込められている。
ダミエが低く言った。
「……止めた」
その声は、少しだけ息が上がっていた。
一人では無理だった。
だが今は、止まっている。
ハレルは、結界の中のレアを見た。
そして、自分の胸元の主鍵と、リオの腕輪を見た。
主鍵。
副鍵。
順番。
道。
さっきの一瞬で、それらがただの言葉ではなく、
“使えるもの”に変わり始めたのが分かった。
雨はまだ止まない。
でも、こちらも止まってはいなかった。
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海の紅月くらげさん