テラーノベル
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第142話 繋がる鍵
【異世界・転移した学園/体育館・午後】
結界の中で、レアはまだ苦しんでいた。
全身を走る青白い数列が、脈みたいに明滅している。
片方の黒い目からあふれる影が、透明な壁へぶつかって散り、また集まる。
だが、ダミエの封鎖は保っていた。
「……まだ押さえられる」
ダミエが低く言う。
両手は前へ。
大きすぎる制服の袖の奥で、指先だけがわずかに震えていた。
余裕があるわけではない。
それでも、崩していない。
リオは荒い息を整えながら、まだレアへ術圧を向けていた。
肩口の傷から血が流れている。
だが、さっきまでとは違う。
腕輪の副鍵が、まだ淡く光を残していた。
「今の……」
リオがようやく口を開く。
「お前、何した」
ハレルは自分の手を見た。
主鍵の熱はもう落ち着きかけている。
だが、完全には消えていない。
「分からない」
正直に言う。
「でも、リオの術に何か流れた」
サキがスマホを見ながら、小さく息を呑んだ。
「画面、変わった」
二人がそちらを見る。
さっきまで乱れていた地図の数列が、少しだけ整っていた。
レアの赤い点は結界の中に固定されたまま。
その周りの文字列の渦が、前よりも“読める形”に近づいている。
《LOCAL NODE》
《RELAY》
《NOISE DOWN》
《PATH TRACE》
「……英語、増えた」
サキの声が掠れる。
ノノの声がイヤーカフ越しに飛んできた。
『学園、今の反応見えた!』
『主鍵と副鍵が噛み合った瞬間、雑音が一気に減った!』
ハレルが顔を上げる。
「減った?」
『うん』
ノノの声は速い。
『まだ一瞬だけ。でも、現実側から来てる情報の形が前より揃ってる』
『座標の線が一本、ちゃんと通りかけた』
ダミエはレアから目を離さず、低く言った。
「……通る」
「なら、向こうにも届く」
それは、小さい変化だった。
でも、意味は大きい。
ハレルは結界の中のレアを見る。
レアは苦しみながらも、まだ笑おうとしていた。
不安定なまま、こちらを睨む。
「それ……嫌」
「すごく嫌」
「だから、壊したい」
言葉の端に、壊れたノイズが混じる。
以前の余裕はない。
だが、危険さは増している。
リオが低く言った。
「ダミエ、どれくらい持つ」
「長くは無理」
ダミエの返事は短い。
「今は閉じてる。……でも、影が内側から継ぎ目を探してる」
レアの右目側から漏れる影は、今も結界の壁を這っていた。
数で押すのではなく、弱いところを探っている。
以前より明らかに“いやらしい”。
ハレルは教頭たちの方を見た。
先生たちが生徒を奥へ寄せ、点呼を続けている。
まだ全員は落ち着いていない。
だが、崩れてもいない。
「先生」
ハレルが言った。
「体育館の一番奥、窓から離れた方へもう一段寄せてください」
「顔で判断しないで、声と名前で確認を続けて」
教頭は頷く。
「分かった」
サキもすぐに走った。
「前から順番に座って! 先生が名前を呼ぶから返事して!」
体育館の中に、また名前を呼ぶ声が増える。
悲鳴ではない。
確認の声。
それだけで、人の側の輪郭が少しはっきりする。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館入口付近】
リオは一度だけ深く息を吸った。
腕輪の副鍵は、もう強くは光っていない。
だが、さっきの“繋がった感覚”が身体の奥にまだ残っている。
術の通り道が、前より広い。
そんな感覚だ。
「……もう一回、できるかもしれない」
リオが小さく言う。
ハレルがそちらを向く。
「今のやつ?」
「完全に同じかは分からない」
リオはレアから目を離さない。
「でも、ただ鎖を飛ばすだけより、もっと通る感じがある」
ダミエが低く返した。
「……試すなら、箱を崩す前」
レアは、結界の中で肩を震わせた。
笑っているのか、苦しんでいるのか分からない。
「相談してる」
「いいね。そういうの」
「でも、遅いと壊れるよ」
次の瞬間、結界の一角に細いひびが走る。
ダミエの目が細くなる。
「……来る」
リオは腕輪に指を添えた。
ハレルの主鍵も、また少しだけ熱を持つ。
まだ、次は撃たない。
だが、次に何かをするなら、それはもう“自分だけの魔術”では足りない。
三人とも、それを分かっていた。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した駅周辺/ホーム・夕方前】
駅では、雨の中でようやく獣影の勢いが鈍り始めていた。
巨大狼影は二体が崩れ、猪に近い塊も光癒と爆風の連携で押し返した。
馬や牛ともつかない四足影は、まだ森の縁にいる。
だが、さっきまでみたいに正面から踏み込んではこない。
ヴェルニが濡れた髪をかき上げる。
「……やっと引いたか」
アデルは光壁を保ったまま、ホームの中を見た。
外の獣は下がった。
だが、中の“人の形の影”はまだいる。
柱の陰。
車両の窓。
売店の奥。
普通の声で喋る影が、見え隠れしている。
駅員が息を切らしながら言った。
「外は……なんとか」
アデルは即座に返す。
「中は終わっていない」
ヴェルニが支柱の破片を蹴り飛ばす。
「サロゲートは砕いたのに、空気が全然軽くならねえな」
アデルは短く言う。
「片鱗が残った可能性が高い」
「だから、終わっていない」
その時、ノノの声が通信へ入った。
『駅、聞こえる? 学園、レアを封じた』
ヴェルニが目を上げる。
「封じた、か。倒したわけじゃねえんだな」
『うん。ダミエとリオ、それからハレルの反応が重なった』
ノノの声が少しだけ速い。
『雑音が一瞬減った。向こうとこっちの座標が、ちゃんと繋がりかけた』
アデルの眉がわずかに動く。
「……道の条件か」
『たぶん』
『まだ断定はできない。でも、前より進んだ』
駅のホームの上で、アデルは一瞬だけ雨空を見た。
進んだ。
その実感が小さすぎて、逆に重い。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都イルダ/西区・夕方前】
イデールの班は、まだ通りごとに光を保っていた。
雨は弱まらない。
石畳の上を流れる水に、白い灯りが揺れる。
住民たちは、その揺れる光の筋に沿って動いていた。
「そこ、ふたりで動いてえ」
「北通り、灯りを切らさないでねえ」
おっとりした声。
だが、指示の間隔は狭い。
休む暇がない。
縛られた黒眼の兵士は、建物の軒下で監視されていた。
その指先がまた動く。
首元の影が、今度はさっきよりはっきり濃くなる。
「……隊長」
兵士が、誰にも届かないほど小さく呟いた。
イデールの班員が振り向く。
「今、喋った?」
だがその時には、もう兵士の口元は止まっていた。
代わりに、濡れた鎧の継ぎ目を青白い数列が一瞬だけ走る。
駅で砕かれたものが、完全には消えていない。
その感触だけが、街のどこかで増していた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・湾岸東区/対策本部車両】
城ヶ峰は地図を見ていた。
日下部はノートパソコンで、地下中枢の記録と湾岸一帯の配線図を重ねている。
木崎から送られてくる一般記録も、別窓で開いたままだ。
「中継管理棟」
城ヶ峰が低く言う。
「旧技術検証棟と違って、基盤塔そのものではない。
だから先に叩く価値がある」
日下部が頷く。
「輪の外周に伸びる信号の束が、そこを経由してる」
「ここを止めれば、少なくとも輪の“伝達”は鈍る。
向こうとの雑音も減る可能性がある」
木崎の声が回線越しに入る。
『位置も絞れた。
一般人の静止画で銀髪が写ってる若い警官、その出現動線が中継管理棟のラインと妙に近い』
『人の流れと情報の流れ、両方をそこで束ねてる可能性が高い』
城ヶ峰は短く頷いた。
「突入班を組む」
「目標は中継管理棟の機能停止。
破壊じゃなく、まず止める」
一拍置いて、日下部が画面を見つめたまま言った。
「……今、少しだけ安定した」
「何がだ」
城ヶ峰が聞く。
「向こうから来るノイズ」
日下部の声が掠れる。
「さっきまで途切れ途切れだったのに、一本だけ線になりかけた。
学園側で何か起きてる」
木崎がすぐ反応する。
『主鍵と副鍵の反応かもしれねえな』
日下部は画面の端に出た短い文字列を拡大した。
断片的だが、今までより読める。
《NODE LINK / WEAK》
《RELAY POSSIBLE》
城ヶ峰の目が細くなる。
「……なら、中継管理棟を止めれば、その線を太くできる可能性がある」
それが、ようやく具体的な形になった。
クロスゲート関係施設のひとつを止める。
輪の杭へ流れる伝達を鈍らせる。
異世界と現実の情報を、安定して通す。
城ヶ峰は端末を取った。
「突入準備を始める。
陽動班、記録班、制圧班を分ける」
短い命令。
しかし、今までの防戦ではなく、明確に奪い返しに行くための声だった。
◆ ◆ ◆
【現実世界・都内/路上】
木崎は濡れた歩道の端で、カメラのモニターを確認していた。
若い警官。
黒眼の定着体。
巨大な四足影。
全部が、同じ街の別々の角にいる。
だが、今見ているのはそこではない。
城ヶ峰から共有された中継管理棟の位置。
そこへ近い導線に、“若い警官”の出現地点が重なる。
「……やっぱり、そこか」
木崎は息を吐き、レンズを拭う。
その建物を外から撮れる位置を頭の中で組み直す。
突入班が動くなら、自分は外側から“顔”と“流れ”を押さえる。
スマホが震えた。
城ヶ峰から短い文字。
――《動く》
木崎はそれだけ見て、カメラを構え直した。
記録する。
外から見える動線を拾う。
今回ばかりは、それがただの取材ではなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/体育館・夕方前】
レアはまだ結界の中にいる。
だが、苦しみ方が少し変わってきていた。
さっきまで暴走していた数列が、今は身体のどこを走るかを探すように揺れている。
ダミエが低く言う。
「……安定させようとしてる」
その言葉が、逆に怖い。
リオは肩の傷を押さえながら、レアを見つめた。
「また来るな」
「来る」
ダミエは短く頷いた。
ハレルは、自分の主鍵を見た。
さっきの熱は落ちた。
だが、死んではいない。
使い方はまだ分からない。
それでも、“ただ持っているだけ”ではなくなった。
サキのスマホが、小さく震えた。
今度は文字列ではなく、短い表示が一つだけ出る。
《RELAY / WEAK LINK》
サキが息を呑む。
「……お兄ちゃん。これ」
ハレルが画面を見る。
ダミエも、リオも見る。
弱い。
でも、リンクしている。
体育館の外では雨。
中では結界。
現実側では、次に止めるべき施設へ人が動き始めている。
そして、こちらもただ待っているだけではなくなった。
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