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「hope1、そのまま前進してください。足を止めることは許されません」冷徹な、しかしどこか微かな震えを含んだ女性の声が、泥濘(でいねい)の戦場に響く。
無線機の向こう側からは、絶え間ない銃声と、肉を裂かれた者たちの悲鳴、そして――それらすべてを塗りつぶすような、「奇妙な音」が聞こえていた。
――ギチギチ、ギギィ……。ガシュンッ
それは、金属が高速で組み変わるような硬質な音と、濡れた肉が蠢くような生理的な音が混ざり合った、この世の物とは思えない不気味な残響だった。
「……了解しました、大佐」
返ってきたのは、感情の削ぎ落とされた男の声。
直後、彼の右腕は、弾丸を浴びて砕け散った肉片を自ら飲み込むようにして、重厚な三連装機関銃へと変貌を遂げた。
19xx年。
かつて栄華を極めた軍事国家ノストルは、崩壊の淵に立たされていた。
急激な資源枯渇による経済破綻、そして困窮した国民による大規模な暴動。追い詰められた指導部は、この内憂を外へと逸らすべく、隣国アトラスへの宣戦布告という暴挙に出た。
しかし、現実は非情だった。
最新鋭の科学力を誇るアトラスの圧倒的な戦力に対し、旧式装備のノストル軍は各地で蹂躙される。かつての侵略側は、いまや自国領土を蹂躙される「防衛戦」を強いられていた。
帝国上層部・秘密会議室
「ライハン。現状を報告せよ」
重苦しい沈黙を破ったのは、中央に座す統帥の低い声だった。
幹部のライハンは、脂汗の滲む手で資料を広げる。
「……はい。アストロ戦線において、我が方の死者数はアトラス側の数倍に達しております。資源不足により、もはや前線を維持する弾薬すら底を突きそうになり……ただ、肉の壁を築いて耐えるしかない状況でございます」
統帥の鋭い視線が、影の中に佇む技術顧問、アタナンへと向けられた。
「……例の件はどうなっている」
アタナンは冷ややかな微笑を浮かべ、手元のバイタルデータを指し示した。
「着実に進んでおります。一ヶ月……いえ、あと二週間いただければ、作戦を実行できるでしょう。アトラスの鉄塊どもを蹂躙する『真の希望』が完成します」
「そうか。ならばその日まで、一兵卒に至るまで盾として使い潰せ。ライハン、聞こえたな」
「……承知いたしました」
一週間後――。
ノストル軍、軍事司令部施設。
そこは、戦場へ送る「死の宣告」を管理する、帝国の心臓部だった。
その中心で、一際冷徹なオーラを放つ女性がいた。
エリス大佐。
彼女は席に深く腰掛け、眉一つ動かさずに、防衛線が次々と瓦解していく戦況モニターを見つめていた。
「エリス大佐、少しいいかな」
背後から声をかけたのは、ライハンだった。
二人は喧騒を離れ、重厚な防音扉に守られた別室へと移動した。
「……君は今の現状をどう見ている。正直な意見を聞きたい」
エリスは一瞬沈黙し、窓の外に広がる灰色の空を見つめた。
「極めて、絶望的です。このままでは帝都は火の海に包まれるでしょう」
「私も同意見だ。だが……現状を打破する唯一の『秘策』が、戦場へ向かおうとしている。それが投入されれば、戦場の女神は再び我が軍に微笑むはずだ」
エリスは眉をひそめた。
「……それは、何なのですか?」
「人間兵器だ」
ライハンは彼女の瞳を真っ直ぐに見据え、言葉を継いだ。
「名前の通り、人間を改造し、究極の殺戮機械へと仕立て上げた存在だ。アストロ戦線の崩壊を止めるため、それを投入することが決定した。……そして、エリス。君にはその兵器――『hope1』の運用者(ハンドラー)になってもらう」
「……私が……運用者に?」
エリスの顔に、隠しきれない困惑と嫌悪が浮かぶ。
冷静さを武器にしてきた彼女にとって、それはあまりにも理解を絶する任務だった。人間を改造し、その命を部品のように扱う。その「化け物」の引き金を、自分が握るということ。
ライハンは部屋を出際、ドアノブに手をかけて言った。
「彼が何であるかは重要じゃない。……だが、これだけは覚えておいてくれ。これは救国のためだ。例え、それが人としての道を外れるものであってもな」
取り残されたエリスは、自分の指先が微かに震えていることに気づいた。
これから自分が指揮するのは、誇り高き兵士ではない。死を拒絶し、肉を機械に変えて戦う「絶望の化身」なのだから。