いるまが立ち上がって
そっと机においてあった箱を取る。
ふと、
たばこの煙が白くゆらめくのを見て、
なつの体がびくりと動く。
「……いるま、たばこ、やめよ、?
体に悪いって、言ってたじゃん。」
「ここじゃ関係ないんだよ。」
いつもより低い声だった。
「ここは、俺たちだけの場所。
あいつらのこと、もう気にしなくていい。
LANも、こさめも、すちも……
邪魔ばっかだろ?」
なつの心臓が、どくんと跳ねた。
「“邪魔”ってそんなの
言わなかったじゃん…いるまは……。
みんなのこと、 好きだったくせに……」
いるまの指先が、なつの頬に触れる。
その手は優しいのに、
なつの背筋が、ひやりと冷たくなった。
「お前は、俺のことだけ見てればいい。
他のやつのこと、考えなくていいんだよ。」
「……ッ……いるま……!」
喉が詰まり、
涙が勝手に溢れた。
「やっぱり俺、
LANたち見捨てたくない…!
忘れたくない だって、あいつら……っ、
俺を助けようとしてくれてた……から」
なつの声が震える。
息が荒くなる。
「こさめが言ってたんだ……、
“その人はいるまくんじゃない”って。
…もしかして、」
「ほんとに……ちがう人なの?」
その言葉に、
“いるま”は、ふっと笑った。
「違う人? そんなわけないだろ。
俺は、ずっとお前の傍にいた。
お前が俺を求めたから、
ここにいるんだよ。
お前が“俺だけでいい”って思ったから、
俺ができたんだ。」
「……俺、が……?」
「そう。なつが望んだ“理想の恋人”だ。
本物なんかより、ずっとお前を愛してる。」
微笑みながら、
なつの唇に触れる。
甘くて、優しいのに――
底なしの恐怖が、
なつの中で音もなく広がっていく。
「………ちがう……っ」
その瞬間、風景がぐにゃりと歪んだ。
空の色が暗く、どろりと濁り始める。
まるで“世界そのもの”が
怒っているように。
なつの目の前で、
“いるま”の瞳が黒く染まっていった。
「……俺は、“お前の願い”だよ。」
「…違うッッ!!”…お前、誰なんだよ……ッ」
なつの声は震え、
足元の床がざらりと崩れ落ちる音がする。
“いるま”はゆっくりと笑った。
その笑顔は、あの日の彼そのものなのに、
目だけが、深い闇の底に沈んでいた。
「俺が誰かなんて、
今さらどうでもいいだろ
なつが、俺を作ったんだぞ?」
「……そんなの……俺は……っ」
「俺は、お前の“愛されたかった”が
形になったもの。
でも、愛してるよ。
たぶん本物より、ずっと深く。
お前が求めたままの姿で、
お前の前にいるんだから。」
いるまの声が、優しくなつの耳をなぞる。
指先が頬を撫で、涙を拭う。
「俺のいない現実で、
お前が壊れるのを見るのが嫌だった。」
なつの唇が震える。
胸が苦しい。
“愛してる”と“支配されてる”の境界が、
もうわからない。
「……でも、そんなの……俺……ッ」
「壊れるって? いいじゃん別に
俺の中で壊れれば、
もう苦しまなくて済む。」
微笑んだ“いるま”の手が、
なつの首の後ろにそっとまわされる。
「ここにいればいい。
お前が俺を愛してる限り、
俺もお前を消さない。」
その言葉は、甘く、優しく――
けれど、鎖のように重かった。
空の色が急に、鉄のように冷たくなる。
なつは、
息を荒げながらいるまの胸を押した。
「……俺、やっぱり帰りたい……ッ」
いるまの笑みが、わずかに凍りつく。
「は?」
「LANたちの……もとに帰りたい……っ、
だって……怖いんだもん……ッ」
なつの声はしゃくりあげながら、
必死に言葉をつなぐ。
「死ぬの……怖いよ……
ここにいたら、死んじゃうんでしょ……?」
その瞬間、夢の空が裂けた。
ノイズのような音が響き、
景色が溶けていく。
いるまは一歩、ゆっくりと近づいてくる。
表情が、笑っているのか怒っているのか
分からない。
「なつ。お前、俺が怖いの?」
「違う……ッ! 怖いのは、“ここ”が、
どんどんおかしくなってることだよ……!」
「俺のこと、もう信じないのか?」
なつは涙を拭いながら、首を横に振る。
「信じてるよ……でも……
本物のいるまなら、
俺を閉じ込めたりしない……」
静寂。
その言葉を聞いた瞬間、
“夢のいるま”の目から
一気に光、表情が 消える。
「……じゃあ、出てみろよ。」
「え……?」
「出てみろって言ってんだよ。」
声が低く、冷たい。
その瞬間、地面が砕け、
なつの足元が空へ吸い込まれていく。
「なつが外に出たいなら、勝手に出てけ。
でも――現実にはもう“居場所”
なんてねぇよ。」
なつは叫び声を上げ、
光の裂け目に飲み込まれながら、
最後まで泣き叫んでいた。
「怖いよ…、?…ねぇ」
いるまの声が、遠くから響く。
「なつ……。 俺がいない世界で、
生きていけんの?」
その問いが、心臓を刺すように残った。
空気が凍る。
いるまがゆっくりと歩み寄ってくる。
手に握られた“何か”が光を反射して、
なつの瞳が大きく揺れる。
「ねぇ…。、いるま。?なんでッ…
ねぇ怖いから置いて」と震える。
「ん、こわいね」
まるで子どもをあやすように静かだった。
なつは後ずさる。
足が床に貼りついたみたいで、
うまく動かない。涙が勝手に頬を伝う。
「お願い……やめて……」
「大丈夫。すぐに楽になるから」
いるまの微笑みは、
あの優しい彼のままで――
けれど、どこか空っぽだった。
なつの視界が揺れ、
音が遠のいていく。
血がドロドロ出てきて温かくて体が
冷めていくのを感じる。
「痛いねぇ…、ごめんね、
ほんとかわいい 大丈夫だよ
すぐ楽になるから」
「いりゅま いたいッッこわい…。」グズッ
そんな絶望が胸を刺した瞬間、
耳元でいるまが囁く。
「じゃあ、なつに質問。
ここは――夢? それとも現実?
どっちでしょ?」
「ぇ?」
その問いが、
なつの意識を真っ白に塗りつぶす。
痛みも、恐怖も、温度も、
全部が混ざって、溶けていく。
そして最後に残ったのは、
“いるま”の声だけだった。
「大好き。」
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