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レオンが私の前を遮るように一歩踏み出し、剣を抜いた。刃が燭台の火を受けて、怒りの炎のように赤く光る。
「なぜ……なぜ、アレクを狙った」
声は低く、震えていた。それはもう、主従の忠義じゃなかった。幼い頃から共に過ごした、たった一人の友を奪われかけた怒りだった。ヴィンセントは興味深そうにレオンを見上げ、小さく首を傾げた。
「おや……君は王太子の影武者だったか。なるほど、よく似ている。まるで……先王陛下の若い頃のようだ」
その一言で、レオンの顔が凍りついた。「黙れ」剣先が小刻みに震え、レオンは歯を食いしばって一歩、また一歩と詰め寄る。ヴィンセントは微笑んだまま、腰の長剣をゆっくりと抜いた。銀の刃が、まるで月光のように冷たく輝く。
「私は大きな間違いを犯していたのかもしれない。王太子を殺すより、君を殺しておけば、すべてはもっと簡単だったのにね」
レオンの瞳に、殺意が燃えた。「うるさい……!」二人の剣が、同時に閃いた。乾いた音が玉座の間に響き渡った。火花が散り、鋼と鋼がぶつかり合う甲高い音が轟いた。私はミランジェットの髪を放し、レオンの背中に声を投げた。「レオン! 生きて帰るんだよ!」レオンは答えなかった。ただ、剣に込めた怒りと悲しみを、すべてヴィンセントに叩きつけるように、激しく、激しく、斬りかかっていった。
ガキンッ! ガギィィン!
剣が火花を散らし、二人の刃が絡み合うたび、玉座の間に鋼の悲鳴がこだました。「なぜだ! なぜアレクを狙った!!」レオンの叫びが、怒りで喉を裂く。ヴィンセントは剣を弾き返しながら、初めて、仮面の下から本当の顔を覗かせた。
「穢れた血は、いつか必ず滅ぶ!私が、この国を根絶やしにするのだ!!」
紫の瞳が、狂気で燃える。「何のためにだ!」レオンの剣が、ヴィンセントの肩を浅く斬る。血が黒い礼装に滲む。ヴィンセントは痛みすら感じないように、笑いながら叫んだ。
「私は排除された!母も! 兄弟たちも!王家に“穢れ”とされた血が、すべて焼き払われた!!」
その声は、もう人間のものじゃなかった。
「だから、今度は私が焼き払う!王家を、教会を、この国を、すべて灰にする!そして、私だけが残り、神の名の下に新王として君臨する!!」
レオンは剣を握りしめ、涙と怒りで顔を歪めた。
「おまえの復讐のために……アレクを、俺を、オランジェットを、何の罪もない人々を巻き込むのか!!」
「……穢れた血はいつか滅ぶ」
ヴィンセントは、静かに、静かに、狂ったように微笑んだ。
「どう言うことだ!」
「君こそが王太子、影武者のふりをした真の王太子だ」
レオンの顔色が変わった。レオンが王太子?それじゃ、この二人は従兄弟だ。
「義理も人情もないのかよ! やめろよ! 仲良くすればいいじゃねぇか!!」
私の叫びが玉座の間に突き刺さった瞬間、二人の剣が激しくぶつかり、火花が爆ぜた。レオン、いや、アレクシス王太子は、息を切らしながらも、剣を握る手に力を込めたまま、初めて私を振り返った。金色の瞳に、涙が光った。
「……違うんだ、オランジェット……こいつは……もう、昔のヴィンセントじゃない」
ヴィンセントは、静かに笑った。
「そうだ。俺はもう、七歳のあの日に死んだ。母上を抱いて泣いた、あの日のヴィンセントは、王家に殺された」
剣が再び閃く。
「だから俺は、この国ごと、焼き払ってやる!」
その悲痛な叫び声を切り裂くように、レオンが叫んだ。
「影武者として生きてきた俺は、もういない!今ここにいるのは、アレクシス・フォン・レーヴェンシュタイン!この国の王太子だ!!この国を滅ぼす者は許さない!」
剣が、激しく、激しく、まるで二人の過去を切り裂くようにぶつかり合う。私は、もう我慢できなかった。「ふざけんなよ!!」私は短剣を投げ捨て、二人の間に、真正面から飛び込んだ。プラチナブロンドの髪が床に舞い落ちる。
「家族だろうが従兄弟だろうが、血が繋がってんだろ!だったら、殺し合う前に話せよ!!」
私の声が、玉座の間に、初めて、静寂を呼んだ。二人の剣が、ぴたりと止まった。私は、涙と鼻水まみれで、二人を交互に睨みつけた。
「死ぬまで憎しみ合って、それで満足か?だったら、俺が先にぶん殴ってやる!!」
沈黙。
そして、レオンが、剣を下ろした。ヴィンセントも、ゆっくりと、剣先を床に落とした。私は、息を切らしながら、二人に向かって叫んだ。
「生きてるんだろ?だったら、生きて、向き合えよ!!」
玉座の間が、死んだように静まり返った。剣が床に落ちる音が、乾いた鐘のように響く。レオンが膝をつき、ヴィンセントが、初めて、紫の瞳を揺らした。私は二人の間に立ち、震える声で、でも確かに言った。
「憎しみは、もう十分だろ」
「けれど母上を失った痛みも、家族を殺された痛みも、俺の中に腐ったままだ」
ヴィンセントの頬に涙が伝う。でも、もう怒りじゃなかった。
「だから……もう、終わりにしよう……殺し合うのは、ここで終わりだ」
私はゆっくりと歩み寄り、レオンの手を取った。そして、もう片方の手を、ヴィンセントに差し出した。
「生きてる。お前たち、二人とも、まだ生きてる」
ヴィンセントは、私の手を見た。震える指が、まるで七歳の少年に戻ったように、小さく、小さく、伸びてきた。
「……俺は……もう、戻れない」
掠れた声で呟く。
「戻れる」
レオンが、初めて、従兄弟の名を呼んだ。
「ヴィンセント……悪かった……」
二人の手が、私の手の中で重なった。熱かった。震えていた。でも、確かに、生きていた。ヴィンセントの瞳から、大粒の涙が零れた。レオンが、静かに言った。
「俺たちが失ったものを、これから、取り戻していこう。二人で」
ヴィンセントは、初めて、幼い頃の笑顔を、ほんの少しだけ、取り戻した。私は二人の手を強く握りしめた。
「泣きたいだけ泣け。叫びたいだけ叫べ。でも、もう剣は置いてくれ」
玉座の間に、誰かの嗚咽が響いた。それがヴィンセントなのか、レオンなのか、もう、誰でもよかった。朝日が、東の大きな窓から差し込んできた。血と涙にまみれた大理石の床を、優しく、金色に染めていく。憎しみの連鎖は、ここで終わった。これから始まるのは、痛みを抱えたまま、それでも前を向く、三人の、新しい物語だった。私は二人を見上げて、涙と笑みを一緒にこぼしながら言った。
「……さぁ、帰ろう。みんな、待ってるよ」